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「できたよ。お待たせ」
塚本の声に、私はテレビを消して立ち上がった。いそいそと対面キッチンの向こう側を覗き込み、感嘆の声を上げた。スライスしたバゲットとサラダの傍に、ポトフとローストビーフがあった。それを見て私は訊ねる。
「これ、塚本さんが作ったの?」
彼はエプロンを外しながら照れたように笑う。
「そんなに感心したように言われると、恥ずかしいな。だって、そんなに難しくないんだよ。ポトフは鍋に入れて煮込むだけだし、ローストビーフだってたいして手間がかかるわけじゃない。店で出すやつのようには行かないけどね」
「まぁ、ポトフは分かるけど……。ローストビーフは、自分で作ろうなんて思ったこと、私、ないわ」
「ローストビーフの方は、実は、今回初めて挑戦したんだ。だから、ごめん。味は保証できない。今から謝っておく」
「そんなことない。見た目がすでに綺麗だもの。美味しいに決まってる。ありがとう」
「全部遠野さんの口に合うといいんだけど……。とにかくそっちに運ぼう。悪いんだけど、手伝ってもらってもいい?」
「えぇ、もちろんよ」
私は早速塚本を手伝って、料理をテーブルに並べた。
「ところで何飲む?この前道の駅で買ったワインもあるけど」
「まだ飲んでなかったの?」
「この前言ったじゃないか。このワインは遠野さんと一緒に飲みたい、って」
そう言えば、と思い出したあの時の彼のまなざしも、今のように艶っぽかった。
「えぇと、それじゃあ、それはまた今度ということで。今日は買って来た紅茶を飲もうかしら。お茶も買って来たから、良かったら好きなのを飲んでね。塚本さんの好みが分からなくて、適当に買って来ちゃったんだけど」
動揺して私の言葉は早口になってしまった。
それに気づいた塚本はくすりと笑い、グラスを二つ食器棚から取り出した。
「ありがとう。それじゃあ、俺も遠野さんと同じく紅茶にしよう」
紅茶で満たしたグラスをそれぞれの前に置いてから、彼は私に料理を勧める。
「冷めないうちにどうぞ」
「いただきます」
私は手を合わせ、早速フォークを手にした。
勧められるがままに手を伸ばした彼の料理は美味しくて、出された物すべてが私のお腹にすっかり収まった。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「そう言ってもらえて良かったよ。さて、片づけるか。遠野さんはゆっくりしていて。あ、そうだ、ぶどう出し忘れたな。今用意してくるよ」
言いながら立ち上がった彼に続いて、私も席を立つ。
「それなら、一度テーブルの上を片づけてしまいましょ。私、洗うわ」
「いいよいいよ、座ってて」
「料理してくれたんだもの。後片付けくらいは手伝わせてほしい」
「でも、可愛い服が汚れるといけないから……」
可愛い服と言われて気が引けた。実際は、普段着に毛が生えた程度の洋服なのだ。
「大丈夫、そんなの気にしないで。汚れると言っても、水とか洗剤が飛ぶくらいなんだもの」
「それはそうなんだけどね。じゃあ、俺が洗うから、拭いてもらえる?」
「えぇ」
ようやく頷いた塚本の隣に立ち、私は彼が洗った食器を手早く拭いていった。
すべての食器を洗い終えて、彼はタオルで手を拭きながら嬉しそうに言う。
「隣に遠野さんがいるのが、なんだか夢みたいに思えて来るな」
彼の大げさな表現に私は苦笑する。
「何それ」
「だってさ、遠野さんが俺の彼女なんだよ?」
彼は私の手からふきんを受け取り、シンクを背にして立った。
「俺、中学生の時、遠野さんが好きだったんだ」
「え?」
初めて聞く話に驚いて、私は弾かれたような勢いで彼の顔を見上げた。私の記憶違いでなければ、当時の話になった時、彼は言っていたはずだ。私と仲良くなりたいと思っていた、友達になりたかった、と。
「あの頃の俺は、確かに大人しい人間だったと自分でも思う。だけど、遠野さんとまともに話せなかったのは、それだけが理由じゃなかった。俺の目に映る君がまぶしすぎたのはもちろんだけど、それよりなにより、遠野さんのことが好きだったからなんだ。意識しすぎて、恥ずかしく、緊張して、君の顔を見られなくて、話したくても話せないし、話しかけてもらっても返せなかった。だから、このまま気持ちは伝えずに、ただ君の存在を近くに感じていられるだけで十分だと思ったんだ。でも、転校が決まった時はほんとに悲しくてさ。そんなことなら、フラれることが分かっていても、勇気を出して告白すれば良かったって、ものすごく後悔したんだ」
塚本は私の手を取り指先でそっと撫でた。
私はどきどきしながら彼の声に耳を傾け続ける。
「それからかな。少しでも変わりたいと思うようになった。いつかまた好きな人ができた時に、自分の気持ちをちゃんと伝られるようにならないと、って思った。たいして努力をしたわけじゃないけど、その結果今の俺ができあがった、って感じかな」
話し終えた彼は、私の手に触れたまま軽く身をかがめた。
目の前に彼の顔が近づいてきて、唇に熱を感じた。それは初めて彼にキスされた時よりも長くて、私の心臓は口から飛び出さんばかりに高鳴った。
ゆっくりと彼の唇が離れていく。
私は吐息と共にぼそりとつぶやく。
「下心はないって言ってたじゃない……」
彼は悪戯が見つかった子供のような顔をして笑う。
「うちに誘った時点では、確かになかったんだよ。ついさっきまでも、そう。だけど遠野さんがあまりにも可愛いから、気持ちを抑えるのが難しくなってしまってさ」
彼は私の手を離し、今度はしみじみとした口調で話す。
「再会して、また遠野さんを好きになった。これまでも誰かを好きになって、付き合ったことはあったよ。だけど、こんなにも失いたくないと思った人は、遠野さんだけだった」
そんな風に思ってもらえたことを、今は素直に嬉しいと思う。
「ありがとう……」
何となくしんみりしかけた場の空気を変えようとしてか、塚本は私に微笑みかけ、明るい声で言う。
「さて、ぶどう、食べよっか。持って行くからソファの方に座ってて。食べながら映画でも見よう」
「う、うん……」
キスの余韻でまだ胸がどきどきしている。私はぎくしゃくとした足取りでソファに向かった。
『少しでも変わりたいと思った』と彼は言っていたが、少しの変化どころではない。彼が中学の時の同級生だったことを知った時にも思ったけれど、今の塚本といったら、あの頃とはまったくの別人のようだ。どうしてこうもいちいち、私の心を甘く揺らしてくるのか。
恋愛初心者の私がそんな彼と付き合うことを決めたのは、もしかしたら間違いだったのかしらと、少しだけ後悔した。
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