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第一章「血風、橋を渡る」
鬼堂楽園——
それは四方を山と結界に囲まれ、五百の鬼族が静かに暮らす秘境である。南は酒と宴の都「酒場町」、西は武具と技の殿堂「宝武器庫」、東は外界へ繋がる唯一の門「境橋」、北は神獣が住まう「神休所」。
四領を治めるのは、それぞれ異なる能力を宿した四人の鬼。
そしてその中心に、楽園の心臓部たる広場がある。
その平穏を破ったのは、血を吸う刀を帯びた侵入者——鬼殺の朗であった。
■一 赤黒い影
境橋の上に、ぬらりと黒い影が立つ。
その男の着物には血しぶきのような赤黒い模様があり、面には鬼の彫り。
ただそこにいるだけで、冷たい風が橋を逆流した。
「……入るか。鬼堂楽園へ」
朗はゆっくりと歩みだす。
足元で、橋に染みついた古い血がカサリと音を立てる。
はじめに現れたのは、境橋を統治する東領の鬼——青蘭であった。
紫の和服に鎖模様、手には実体のある鎖。
彼女は静かに朗を見つめ、低く言う。
「外界の者。ここを渡ることは許可されていません。踵を返しなさい」
朗は微笑した。
面の奥で瞳が光る。
「帰る理由が無い。俺は鬼を殺しに来た」
瞬間、青蘭の表情がわずかに動く。
そして彼女の足元の石畳が軋んだ。
「……重力を、捻じ曲げる」
青蘭が鎖を振り下ろすと、朗の周囲だけ空気が歪んだ。
体重が十倍にも百倍にも膨れ上がり、地面に叩き潰されるはずだった。
だが——
朗は笑ったまま、平然と歩いてきた。
「悪いな。重いほど、嬉しいんだよ。刀が……もっと血を欲しがる」
彼の刀が、空気を吸い込むように赤く脈づく。
青蘭は悟った。
この侵入者は、ただの人間ではない。
「なら——迎え撃つまで」
境橋の上で、最初の血戦が始まった。
■二 雷鳴の少女
戦いの気配が西領・宝武器庫にも伝わる。
黒い棍棒を担いだ少女、雷花が空を仰いだ。
「わぁ、なんか面白そうなの来た! ねぇねぇ、私も行っていい?
って、行くけど!」
子どものように跳ねながら、雷花は屋根の上を駆ける。
彼女の背後には黄色い稲妻模様が尾のように走り、鬼族の職人たちがざわめいた。
「雷花様、危険——」
「だいじょーぶ! 危険の方が好き!」
彼女の笑顔は無邪気だった、しかし雷を孕んでいた。
境橋に着くと、そこにはすでに異様な光景が広がっていた。
青蘭の重力の檻を破り、朗が歩いてくる。
彼の刀はさらに赤を深めていた。
「わぁ……本当に血、吸ってるんだ」
雷花の瞳に、好奇心が閃く。
「ねぇ、ねぇ! 私とも遊んでよ!」
稲妻が空を裂いた。
■三 酒に酔う鬼
南領・酒場町。
香ばしい匂いと笑い声の中、ひとりの鬼が瓢箪を傾けていた。
酒鬼。
南の女王にして、もっとも恐れられる“気分を操る”鬼。
「ふふ……外からのお客さん、か。久々じゃないの」
店先の大盃を片手に、酒鬼はゆらりと立ち上がる。
その歩みは酔っているはずなのに、一分も乱れない。
「ま、放っといても雷花が遊ぶでしょうけど……
あの子、加減しないからねぇ」
酒鬼の指が軽く動くと、周囲の客が一斉に楽しい気分になり、宴がさらに沸いた。
「行こうか。南の鬼として、客人の挨拶くらいはしないとね」
彼女の歩いたあとに、酒の香りが道を満たした。
■四 北の最強
北領・神休所。
竹林を風が渡り、神獣たちが走り抜ける。
その中で、老いた姿の鬼が目を閉じて座っていた。
竹爺。
鬼堂楽園において最強とされる、すべてを斬る男。
遠くから響く、雷鳴と血の匂い。
その全てに竹爺の眉がわずかに動く。
「……南も西も東も、騒がしい。
ま、わしが動くのは最後でええじゃろ。
どうせ、いずれ来ることになる」
老いた声に反し、腰の刀から発される気迫は山をも断つ。
竹爺は立ち上がる。
その背に、風が逃げた。
■五 揃う四鬼、侵入者の目的
境橋の中央にて、四方の鬼がついに顔を揃える。
・重力を操る青蘭
・雷を駆る雷花
・気分を操る酒鬼
・すべてを斬る竹爺
そして対するは——
血刀を抱えた鬼殺の朗。
朗は面の奥で笑った。
「四方の統治者が来るとは……歓迎されているようだ。
俺の目的はただ一つ。
この楽園の最強の鬼を殺すことだ」
竹爺の眼が細まる。
「ほう……ならば、わしへ来るのが筋じゃろうが」
朗はゆっくりと刀を抜く。
刃が赤黒く震えた。
「まだだ。もっと“血”が要る。
お前たち四人を斬り、吸わせ、
俺の刀が完成した先で……最強と斬り合う」
酒鬼が瓢箪を傾け、微笑む。
「じゃあ、最初の一杯……いただこうか」
雷が鳴り、重力が歪み、竹林の風が唸る。
——鬼堂楽園史上最大の事件が、ここに幕を開けた。
・つづく