翔が目を覚ますと、時計が午前6時を指していた。昨夜の出来事が、まるで夢のように感じられた。だが、心の奥底で感じる鈴の音は、確かに現実だった。どこかから、あの冷たい音が聞こえてくるような気がして、翔は耳を塞ぎたくなった。
彼はベッドから起き上がり、窓のカーテンを引いた。外はまだ薄暗く、朝の空気が冷たく漂っていた。けれども、彼が目を奪われたのは、カーテン越しに見えたひとつの異常な光景だった。
「失踪事件、再び」
翔は新聞の見出しを見て、驚きで息を呑んだ。窓から見える街角の掲示板には、最近の失踪者の情報が掲示されている。その中に、なんと「少女の失踪」という項目が含まれていた。翔はその文字を目で追うと、思わず新聞を手に取った。
新聞を広げると、失踪した少女の名前が書かれていた。それは、翔が昨夜見た少女とまったく同じ名前だった。
「まさか……」
翔は新聞を手に震えながら、記事の内容を読み進めた。そこには、数週間前から街中で複数の行方不明者が出ているという情報と、警察がそれらの事件を「神隠し事件」と呼び始めたことが記されていた。記事によれば、警察は何者かがこの街で人々を消しているとしか考えられないという。
そして、彼の目が止まったのは次の一文だった。
「目撃者の証言によると、失踪者の最後の目撃場所は『神隠しの庭』に近いとされている。」
翔はその言葉を反復し、額に冷や汗がにじんだ。あの異世界のような場所――「神隠しの庭」――が、どうして現実の中にあるのか。そして、なぜ自分はその場所に足を踏み入れてしまったのか。
彼は急いで電話を取り、楓に連絡を試みた。だが、電話は何度かけても繋がらない。胸の奥で、嫌な予感が押し寄せてくる。
その日の午後、翔は再びあの神隠しの庭に関する情報を調べ始めた。インターネットで検索してみると、街の伝説として「神隠し事件」に関連する無数の噂が浮かび上がった。しかし、それらの噂はすべて曖昧で、信憑性に欠けていた。
その中で、翔の目を引いたのは一つのフォーラムのスレッドだった。そこには、奇妙な書き込みが残されていた。
「神隠しに関する儀式」
その投稿者は、ある神隠しの儀式が近くの森で行われていると主張していた。内容はさらに驚くべきもので、儀式が「鈴」を使うこと、そしてそれが人々を「異界」に送り込む力を持っているというものだった。
翔はその情報に引き寄せられるように、急いでその場所へ向かうことを決意した。だが、道中でふと気づく。もしこの儀式が本当に存在するのなら、楓もまたその犠牲になっている可能性がある――彼女を助けるためには、あの場所に戻らなければならない。
夕暮れ時、翔は街外れにある古びた森の入り口に到着した。周囲は静まり返り、足音すらも消えていくような空気が漂っていた。翔は深呼吸をし、胸の鼓動が速くなるのを感じながら、足を踏み入れた。
森の中は思った以上に暗く、冷たい風が木々の間を吹き抜けていた。あたりには、鈴の音が微かに響くような気がしてならなかった。
「楓……」
翔は小声で呟きながら、進んだ。だが、途中で奇妙なことに気づく。歩いているうちに、何度も同じ場所に戻ってきているような感覚に陥ったのだ。彼は一度立ち止まり、周囲を見渡した。そこには変わらぬ木々が続いており、目の前の景色が一向に変わらない。
その瞬間、背後から鈴の音が聞こえてきた。
「――翔。」
翔は振り返った。その声は、楓のものだった。
「楓!」
彼は声を上げて駆け出した。しかし、振り返るとそこに立っていたのは、少女だった。黒い鈴を手に、冷たく笑っている。
「あなた、また来てしまったんですね。」
少女の声は甘く、しかしどこかに毒を含んでいた。翔は息を呑み、後ろに一歩下がった。
「何を……!」
その時、彼の目の前に浮かび上がったもの。それは、無数の人々の顔だった。すべてが不気味に歪んでおり、彼をじっと見つめている。
「これが、あなたが追い求めた答えの代償。あなたが来るべきだった場所。」
鈴の音が鳴り響き、翔の目の前に暗闇が広がっていった。