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あの初ライブから、あれよあれよと言う間に、色々なことが始まった。
元貴の家で、今後の活動について話し合うためにみんなが集められた。そこには、元貴が1人でライブをするようになった時から懇意にしているという、ライブハウスの人も一緒だった。もうプロの手を借りているのか、と僕はまた驚かされた。
ライブの日取りや、音源動画や動画制作、生配信、ブログやホームページにと、元貴の構想は多岐にわたっていた。
僕は、この流れに置いていかれないように必死についていくだけだった。
今度、元貴の家の近くの公園で、アーティスト写真を撮る事になった。
みんなで服装を揃えるために服を持ち寄ってあーだこーだと相談するが、みんなが僕の服を見て首を捻る。
「んー、涼ちゃん、今度一緒に原宿でも行こうか。」
「え、原宿?」
「うん、服見に行こうよ。アー写にピッタリなやつ。」
元貴にそう誘われ、東京に来て初めて、原宿へ行く事になった。
「おぁ〜、ここが原宿…。」
駅から歩いて、人通りの多いお店通りに着くと、僕はキョロキョロと周りを見渡す。
「やめて〜 、長野丸出しじゃん。」
「長野関係ないだろ!」
元貴がイタズラっぽく笑って、ほらあのお店いいじゃん、と僕の腕を引いていく。
なんだか、僕よりも元貴の方が楽しそうに、僕の身体にアレコレと洋服を当てていく。
元貴のイメージに合うものを見繕って、全て購入した。
ああ、また痛い出費だなぁ…。そんなことを思いながら、頭をかいて歩いていると、元貴が僕にふと訊いてきた。
「ねえ、涼ちゃんはさぁ、親にはちゃんと話したの?」
「え?なにを?」
「なにって…バンドに入ったこと。」
「ああ…いや、まだ、かな。っていうか、忙しすぎて、全然そこまで気が回ってなかったよ。」
「んー、でも、もうアー写も撮るし、ホームページも立ち上がるし、今度5人で初ライブもするし、色々始まる前に、先にちゃんと言っておいた方がいいんじゃない?」
「そっかぁ…そうだね、うん。じゃあ今度の休みに、実家帰って話してくるよ。」
「………反対、されそう?」
元貴が、歩みを止めた。心配そうに、僕を見つめる。
「わかんない、でも芸能事務所に入るのも別に止めなかった人達だし、大丈夫じゃないかな〜と思うけどね。」
元貴が、まだ不安そうに見つめている。
「…僕、絶対にやめないよ?」
「え?」
「絶対に、ミセスやめないから、大丈夫だよ。」
「…。」
「てか、やめれないよ。あんな高いキーボード買っちゃったもん。」
はは、と笑うと、元貴も緩く笑った。
「そっか…ならさ、俺も一緒に行っていい?」
「どこに?」
「長野。」
「へ!?なんで?」
「責任者として。」
「…えぇ?」
元貴はニヤッと笑って、決まりね、と言ってまたぐんぐんと歩みを進めた。
電車に揺られて、どんどんと都会の喧騒から離れていく。見慣れた車窓を眺めている僕の横には、なぜか元貴が座っている。
責任者としてって言ってたけど、ほんとにそこまでしてもらう必要あるかなぁ?大丈夫だと思うけど、うちの親。
「ここ。」
駅からバスに乗って、山や畑に囲まれた一軒家に着いた。僕の実家だ。
「…趣きあるね。」
思ったよりも遠かったのだろう、元貴はかなり疲れの表情を浮かべて、心にもなさそうな感想を述べた。僕は、元貴の背中をポンと叩いて、家の中へと促した。
「ただいまー。」
「はじめまして。」
「あ、よくいらっしゃいました、どうぞ。」
お母さんが、僕たちをソファーへ座るよう促した。僕は、お母さんが飲み物なんかを用意しているキッチンへと向かった。
「いきなり来るって言うから…彼女かと思ったわよ。」
小声で、お母さんが話してきた。
「なに…ちがうよ。」
「お父さんだって、無駄にソワソワしてたよ。」
「もぉ、勝手にやめてよ…。」
僕は力無く笑って、用意してくれたものを元貴のところへ運ぶ。元貴は、小さく、ありがと、と言って受け取った。
お母さんが、お父さんを二階から呼んで、2人が僕たちの前に座った。
「んん…、えっと、今日来たのは、2人に話しがあって…。というか、報告…?なんだけど。」
2人が黙って僕の話を聞いている。
「実は、僕、今バンドやってるんだ。キーボード。」
「え?バンド?」
「うん。それで、これから、いっぱいバンドの活動が始まって、ライブとか、ネット配信とか…。」
「えぇ…。」
「僕は、僕がやりたくて、バンドに入ったんだ。キーボードって、やってみたらすっごく楽しくてさ。だから、お父さんとお母さんにも、ちゃんと認めてもらおうと思って。」
お母さんもお父さんも、黙ったまま、僕らを見つめている。
「…えっと、それじゃ…こちらの方は…?」
お母さんが、元貴の方を見た。
「あ、忘れてた、この子が、そのバンドのボーカルの子。大森元貴くんです。」
「大森元貴です、すみません、話に入るタイミング無くて…。」
「あぁ、あなたがバンドの子なのね、ああそぅ。あ、なぁんだ。もう。」
お母さんが、手で顔をパタパタと仰いで、熱を逃しているようだ。
「なに?」
「やだもぅ、お母さん、あの、結婚の挨拶かと思って、緊張しちゃった〜。」
「俺も…。」
お父さんとお母さんが、顔を見合わせて、ヤダー、と肩を叩き合って笑う。
「いやあのねぇ…違うから…。」
「そうよねぇ!こんな可愛い子が結婚してくれるわけないわー、ねぇお父さん!」
「そこ?」
両親が手を叩いて大笑いしているのを、元貴はなんとも言えない顔で眺めていた。
両親が落ち着いた後、僕は、元貴のデモを持っている限り全て聴かせた。
「この曲!この曲は僕が最初に聴かせてもらったやつで、これでキーボード買うって決めたんだ。」
「これはねー、すごくいいよ。曲調は明るいのに、歌詞が結構内省的で、僕なんか思い当たることばっかで、耳が痛くて…。」
「これはねぇ…!ほんっとにいい!僕この前、夜に聴きながら泣いちゃってさぁ。」
僕の曲紹介を、両親は目を細めてうんうんと聞いてくれた。元貴は、終始くすぐったそうに弱く笑うばかりだった。
「これ全部大森くんが作ったの?ほんと、すごいのね〜。」
「まだ中学生くらいかい?」
お父さんの言葉に、元貴の笑顔が固まった。ちょっと…親子で同じこと言わないでよ…。
「…一応、高校2年です…。」
「やだもうお父さん!ごめんなさいねぇ。」
お母さんがバシッと肩を叩く。ごめんね、と僕も謝る。元貴が、僕の顔をじっと見て、両親に向き直った。
「俺が、ひと目見て、涼ちゃ…涼架さんをキーボードに誘ったんです。絶対この人だって思ったんで。うちのバンド、Mrs. GREEN APPLEって言うんですけど、もうライブとか色々決まってて。メジャーデビューも、必ずしてみせます。その為に、涼架さんが絶対に必要なんです。だから、」
元貴が頭を下げる。
「…涼架さんを、僕にお任せください。」
両親の顔がなんだか赤くなって、僕まで赤くなって、それを見た元貴も、なぜか汗をかいている。
「えっと…。」
元貴が汗を拭きながら、何か言葉を繋ごうとするが、特に何も出てこない。
「はい。よろしくお願いします。」
お母さんが元貴に向かって頭を下げると、お父さんは元貴に握手を求め、元貴もそれに応えた。
少し、外の空気を吸いたくなって、元貴を散歩に誘って家から出た。
「ごめんね、ほんと。でも、ね?大丈夫だって言ったでしょ?」
「うん、面白い親だね。なんか、涼ちゃんの親!って感じ。」
「…それは…?」
「褒めてる。」
「はは、ありがとう。」
また、元貴が、笑った僕をじっと見ている。
「どしたの?」
「…涼ちゃんさぁ、俺に、中学生って言ったよね?」
「あ…。」
一番最初に、元貴と話した時だ。元貴は、黒髪だった僕を覚えていなくて、金髪の僕が初めましてだと思っていた。
「なんっか…あったなぁ、と思ったら…あれ涼ちゃんか。」
「いや、元貴ふつーに忘れてたから。」
「中学生とか…ほんと失礼なヤツ。」
「元貴もなかなか失礼だよ、はじめまして!だもん。いや前も話したし。って。」
元貴が、あはは!と高い声で笑って、確かに、と言った。その後、僕の長い金髪を少し指で掬った。
「…金髪、やっぱり似合うでしょ。」
「…ぅ、うん…。」
僕は、なんだかくすぐったさを感じて、小さく返事をするので精一杯だった。
家に戻ると、元貴の寝る部屋が用意されていた。
「え…もしかして…泊まり?」
元貴がその部屋に案内されると、僕に訊いた。
「え?うん、そうだよ。あれ、言ってなかった?」
「いやいや…俺なんも持ってきてねぇし。」
「あ、そうか。僕のパンツ貸したげるよ。」
「やだよ!」
「じゃあ、元貴がいま履いてるのを裏っ返して」
「もっとヤダァ!」
最悪だぁ!としゃがみこむ。長野の実家に来て、日帰りだと思ってる方も大概だとは思うけど、ずっと東京暮らしの元貴には、そりゃわからないか、と反省した。
「お父さんに車出してもらって、どっかパンツ買いに行く?」
「車出してもらえるなら、もう帰ろうよ。」
「やだよ、僕実家でゆっくりしたいもん。」
「っんだよそれ!」
元貴が口を尖らせて悪態をつく。なんだか、だんだんと元貴の態度がよそ行きじゃなくなってきていて、僕はそれが嬉しくもあった。
「じゃあ、元貴だけ帰る?」
「ん〜〜〜………。」
元貴がしゃがんだまま唸る。
「…新しいパンツある?」
「あると思うよ、お母さんに聞いてみる。」
「いいよ!涼ちゃん探してきてよ!」
元貴が焦って僕を止める。僕たちが部屋の前でじゃれ付いていると、お母さんが新しいパンツ置いとくわね、と持ってきてくれた。
元貴は、顔を赤くして、ありがとうございます…と消え入るような声で頭を下げた。
ご飯を済ませ、お風呂から上がると、元貴の寝る部屋に布団が2組敷かれていた。
「あれ?お母さん、僕自分の部屋あるじゃん、なんで?」
「せっかくだし、合宿みたいで楽しそうじゃない。ねぇ。」
「ありがとうございます。」
元貴が、営業スマイルでお母さんに応えた。え、じゃあ僕今日こっちで寝るってこと? まぁ別にいいけど…。
「なんか、ごめんね?元貴、多分人ん家とか苦手でしょ。」
「うん…まあ、割とね。」
お布団を整えながら、僕は、僕のパジャマを着ている元貴に向かって言った。少しダボッとなっているのが、なんだか可愛らしかった。
「弟って、いたらこんな感じなのかなあ。」
「さあね、弟だからわかんない。」
もそもそとお布団に入って、元貴が目を閉じる。僕は、照明の紐を引っ張って、灯りを消す。
「真っ暗でいい?」
「うん、大丈夫。」
おやすみ、と言って、僕もなんだかんだで疲れた身体をお布団の中にしまった。
「…ねえ、ちょっと…。」
元貴が僕に話しかける。
「ん…?なに…?」
意識が沈みかけていた僕は、ボンヤリと答える。
「手ぇ…繋いでもいい…?」
「んん…?」
元貴の方を見ると、暗闇の中で手を差し出してるようだった。
「こわい…?」
「怖いとかじゃないけど…だめ?」
なんだか、本当に小さな弟に甘えられているようで、一人っ子の僕はとてもこそばかった。
「いーよ、はい。」
そっと元貴の手を握る。少しだけ、僕より小さい手が、きゅ、と優しく握ってきた。
ん、元貴の気持ちがわかるかも…手を繋ぐのって、…こんなに…安心……感………。
繋いだ手からか、お布団からか、心地よい暖かさが僕の身体を包み込んで、僕はすぐに眠りについた。
コメント
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パンツのくだりが大好きですw
そういえばそんな話があったなぐらいに忘れてました笑 おパンツのくだりとか、思春期特有のちょっと繊細な男子高校生が描かれていて微笑ましくなしました☺️髪を触ったり、手を繋いだり夏が始まったなと思いました✨(お話の季節と違いますが笑) あと、ご両親も素敵で結婚のあいさつ?とかでもこんな対応なのかなって勝手に妄想してました🤣
更新ありがとうございます。 めちゃくちゃ楽しく読めました✨ 💛ちゃんご実家とても好きそうですよね。 ひとりっ子だし💛💛💛 弟キャラの❤️君も可愛らしいです。 初対面の事思い出したんですね。 髪の毛に触れたり、ちょっとキュンとしちゃいました❤️💛 また続きも楽しみにしています💕