テラーノベル
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無事に、長野の両親にも許可をもらって、僕は何を気にすることもなく(まあ元々べつに気にはしてなかったんだけど)ミセスのライブに向けて全力で取り組んでいた。
スタジオ練習にも自ずと熱が入り、もうすでに、楽しいだけでは無くなってきていた。
元貴の創り出す楽曲を、僕たちでどう形造って聴く人に届けるのか。
僕の頭の中は、常にそんなことでいっぱいだった。
そんな中でも、ライブの日は当たり前のようにやってくるわけで。
「うぅ〜、手が氷みたいにカチカチだ…。」
本番前、僕はメチャクチャに緊張していた。キーボードの僕を加えて、5人では初めてのライブ。
バンドのライブって、どうしたらいいんだろう。と、とりあえず、自分のパートを全力でやり遂げよう、うん、それが大事だ、多分。
「涼ちゃん、おいで。」
その声の方を見ると、みんなが肩を組んで円陣を組むところだった。僕も急いでその中に入り、みんなで顔を突き合わせる。
「えー、5人のミセス、初舞台です。涼ちゃん、緊張してる?」
「はい!」
みんなが笑う。
「うん、困ったら、とりあえず俺の方見てて、なんかいい感じになるから。じゃあ、やったりましょう!」
「「うぃーーー!!」」
円陣を解いたあと、みんなそれぞれとハグをする。元貴に強く背中を叩かれ、気合が入った。
「Mrs. GREEN APPLE!」
DJの紹介で、僕たちは、眩い光と歓声の中へと歩いて行った。
「はいー、お疲れ〜。良かった良かった。」
元貴が、みんなと肩を叩き合って、それぞれを労う。僕は、ソファーに座って、ふぅー、と長く一息ついた。
「おつかれ涼ちゃん。」
若井が隣に座って、僕に声をかけてくれた。
「緊張したっしょ。」
「いやぁ〜、もう記憶すら残らない、興奮だけしてるけど。」
「わかる、俺も最初そうだったもん。」
「いやー、みんなすごいよ、僕ほとんど鍵盤から顔上げれなかったし。」
「はは、どんまいどんまい。」
若井は、僕にも優しい顔をするようになった。ちゃんと仲間として認めてもらった気がして、すごく嬉しい。
元貴の姿が見えなくて、トイレかな?と思い、僕も行ってこようかな、とドアを開けると、廊下で元貴とスタッフさんが話していた。
「あのキーボードが新しい子?」
「うん、そう。」
「ふーん、元貴くんキーボード欲しかったんだ。4人で行くのかと思ってた。」
「いやいや、全然いるよ、探してたもん。」
「でも、お客さん首傾げてたよ?あのキーボードいるー?とかって。」
僕は、そっとドアを閉じて、ソファーに戻った。
自覚は、ある。今日、僕は全然お客さんの方を見られなかった。みんなのように、オーディエンスを沸かせることもなく、見せ場もなく、ただ、自分の事に必死だった。
間違えずに弾くだけじゃ、ダメなんだ。バンドって、ライブって、こんなにも難しいんだ…。
「涼ちゃん?」
若井が顔を覗き込む。
「どしたの?だいじょぶ?」
「…僕、やっぱり今日ダメダメだったみたい…。」
僕は、自分の不甲斐なさが情けなくて、不意に鼻の奥がツンとした。
「いや涼ちゃん今日初じゃん。全然よ。俺なんて、一回元貴に見限られてるからね。」
「え?」
「中学ん時に、元貴とバンド組んで。でも、全然プロ意識できてない感じだったから、すぐ解散しちゃって、俺は一回元貴と離れてんの。」
「そうだったんだ…。」
「でも、俺はどーしても元貴とまたやりたくてね。だからずっとギター続けてて。んで、今回また誘ってもらえたの。俺の粘り勝ち。」
若井が裏ピースでカッコつける。
「だから、まだまだよ、涼ちゃん。落ち込むのも早いわ。」
あ、だめだ。今は、若井の優しさが、僕を弱らせる。
ドアから元貴が入ってきたので、慌てて入れ違いに出て、トイレへ向かった。
「涼ちゃん。」
トイレに入ると、すぐに後ろから元貴の声がした。追いかけてきたんだ。
「涼ちゃん、大丈夫?」
あ、ダメかも、ほんと、今優しくしないで…。せめて見せないように個室に入ろうとするが、ドアを押さえられてしまって、閉めることができない。
「何ひとりで泣こうとしてんの。」
「…ごめん、全然…出来なくて…。」
「なにが。初ライブで。いきなり5曲で。最後までちゃんとやったじゃん。」
「でも、スタッフさんにも、お客さんにも………。」
元貴が、廊下の方を苦々しく見て、僕に向き直る。
「聞こえてたの。」
「…僕って…ホントにミセスに必要なのかな…。」
言ってしまってから、あ、なんかめんどくさい感じになっちゃってる、と焦った。
「当たり前でしょ。」
元貴は、怒るでも、呆れるでも、めんどくさがるでもなく、ただ真剣な顔で、そう伝えてくれた。
「涼ちゃん、あんな奴らのこと、見返してやろうよ。思いっきり盛り上げてさ、あのキーボードすげー!って言わせよう。」
僕は、涙は我慢できなかったけど、しっかりと元貴を見つめて、力強く頷いた。
そうだ、まだまだだ。若井も言ってくれたように、落ち込むのすらまだ早い。これを、きっと次へのバネにしてやるんだ。僕はそう、心に決めた。
若井があの日、僕への励ましで、自分の事を話してくれたからか、僕は今朝、若井の夢を見た。
僕も若井も高校生で、教室の中には僕の高校時代の友達がいて。若井がギターをかき鳴らすのを、なぜか僕が、ひろぱのギターすごいでしょ!って友達に自慢する。そんな夢。
目を覚ましてから、僕はなんか笑ってしまった。でも、若井は本当にすごい。ソロ演奏の時なんか、お客さんの前に堂々と出て行って、最高に盛り上げていた。 ジャムセッションだって、すごくカッコよくこなしてしまう。
僕も、いつか、あんな風に。
元貴に認めてもらいたくて頑張った、と言った、あの頼もしい表情の若井のように、僕だって元貴に、みんなに、お客さんに、認めてもらえるよう頑張るんだ。
スタジオ練習に入り、僕は若井に話しかけた。
「昨日さ、ひろぱの夢見たよ。」
「ん?」
「僕の高校で、友達の前でひろぱがギター弾いてるのを、僕が自慢するって夢。」
「なんじゃそれ。」
「この前さ、こう、励ましてくれたじゃん?あの話聞いたからかな〜って。」
「ふーん。」
若井はちょっと照れくさそうにギターを触っている。
「ありがとうね。」
「いーえ。」
なんか、照れてる若井が可愛くて、もう少しなんか言ってやろうかと思ったけど、また怒られそうなので、その辺にしておいた。
「涼ちゃんさぁ、ひろぱって言いにくいでしょ、若井でいいよ。」
「あ、わかる?僕毎回噛みそうだったんだよね、ひろぱ。」
「危ういもん。ひろぱが危うい。」
「あはは、じゃあ若井にするね。」
だいぶ若井と仲良くなれて、僕はすごく嬉しかった。休憩中、いつまでも若井がじゃがりこを開けないので、僕が勝手に開けたら、調子に乗るなと怒られた。
あれから、数回のライブを経験して、だんだんと自分の身体がほぐれてきたのがわかる。もちろんガチガチに緊張はするんだけど、前ほどは、怖くはなくなって、楽しむことができるようになってきた。
とある8月の、若井達が夏休みに入ってからのライブ終わりに、出演者控え室に、女の子が訪ねてきた。
「滉斗くん。」
「おー、どうだった?」
「すごくカッコよかった。」
「でしょー、ありがとう。」
綾華やマスオ(松尾くんの愛称ね。)がニマニマとその様子を眺めている。
「ひろぱ、紹介してよ。」
綾華が言うと、女の子が両手を前にして、ぺこり、と僕たちにお辞儀をした。
「はい、僕の彼女です!」
「初めまして、前野花音です。よろしくお願いします。」
「え!!いつの間に?!」
僕は、思いの外大きな声を出してしまって、顔が赤くなる。
「えーとぉ、夏休み前に、カノンちゃんから、告白ぅ、されました!!」
若井が両手で顔を隠して、大袈裟に照れる。カノンさんも手で口を押さえて、頬が赤くなる。え、なんて可愛い2人…。
「彼女…いたんだ…。」
「綾華も彼氏いるよ?」
僕が驚いていると、マスオが付け加えて言ってきた。
「ええ!?なんで?!」
「なんでって何。」
僕の言葉に、綾華が睨みつける。
「いやいや、だって、みんなめっちゃ忙しいのに、いつの間に?!どうやって付き合うの!?」
「涼ちゃん、それめっちゃモテない発言だよ。」
マスオに言われ、みんなに笑われて、僕はなんだよ〜、と拗ねてソファーに座った。
若井を見ると、今日のライブで使ったギターピックを、彼女にプレゼントしていた。彼女は嬉しそうに、それを両手で受け取って、ありがとう、と笑っていた。
僕は、あーいうのが、きっとモテるんだなぁ、と軽いため息を吐いて見ていた。ふと、みんなから少し離れたところにいる元貴が、浮かない顔をしているように感じた。
ある日、事務所の練習室で、久しぶりにフルートを吹いていた。ドアをノックされて、いつかのバイオリンの女性が顔を出した。
「あ、練習中にすみません、ちょっといいですか?」
「あ、はい。」
「あの、以前、お話ししてくださった、バンドのライブなんですけど。」
「はい。」
「私、ライブハウスって行ったことなくて。藤澤さんのバンド、観に行ってもいいですか?」
「え!来てくれるんですか、嬉しいなぁ!」
「難しいですか?なんか、ライブハウスのルールとかって。」
「全然!お客さんみんな自由に楽しんでるんで、初めてでも大丈夫だと思います!」
「わあ、嬉しい。あの、友人も連れて行くので、チケット2枚買えますか?」
「ありがとうございます、ぜひぜひ!」
僕は、早速元貴に連絡をして、チケットの手配をしてもらった。
ライブが終わり、控え室でソワソワしていると、元貴が話しかけてきた。
「涼ちゃん、今日知り合い来てるんでしょ?ここ来るの?」
「あ、たぶん、後で行きますって言ってたから…。 」
「ふーん…。なに繋がり?」
「あ、クラシック部門で、バイオリンやってる子だよ。元貴が話しかけてきた時にいた人。」
「へえ?覚えてないや。」
「まあそうだよね。なんか、よく気さくに話しかけてくれるんだよね、その人。」
「ふーん。…よかったじゃん、春来てんじゃん。」
「え?」
それだけ言って、元貴はふいっと別の所へ話しかけに行ってしまった。春ってなんだ?今、夏だけど。
「失礼します…。あ、藤澤さん!」
「あ、どうもー!ありがとうございました!」
「これ、バンドのライブとかでこういうのってしないのかもしれませんけど…。」
彼女が、小さな紙袋から、小ぶりなブーケを渡してくれた。クラシックの演奏会でよく手渡すやつだ。
後ろから、綾華たちにニヤニヤと見られている感じがした。
「あー、ありがとうございます〜。すみません、気を遣ってもらって。」
「いえ!すっごく素敵でした、皆さん!どの曲も、すごく良くて、彼も気に入った!って言ってました。」
「へ。」
興奮気味に話す彼女の後ろから、背の高い男性がぺこり、とお辞儀をした。
「彼は、バンド音楽もよく聞くんですけど、レベルが高すぎるって言ってました。これからも応援してます、頑張ってください!」
「あ、りがとうございます。」
呆気に取られていると、彼女は、行こうか、と後ろの彼に腕を絡ませながら、仲睦まじく去って行った。
僕の背後から、若井が肩に手を乗せる。
「残念、彼氏持ちだったね。」
「いや、そんなんじゃないから。」
「泣くなって。」
「泣いてないだろ。目カラカラだよ。」
みんなに、ファミレスでパフェでも奢るよって言われたけど、だからそんなんじゃないから。元貴なんか、壁際で腹抱えて笑ってるし。なんなんだよみんな、失礼だな。
打ち上げと反省会(あと何故か僕を励ます会)が終わって、家路についていた。元貴が、駅まで一緒に行こ、と言って、僕と並んで歩いている。
「涼ちゃん、ほんとはあの人好きだったの?」
「あの人って、今日来てた人?」
「そう。彼氏持ちの。」
「あのね…ほんとになんとも思ってないの。ただ、時々話してたってだけだし。」
「ほんと?」
「うん。だってさ、これすっごく失礼な話だけど、僕あの人の名前も知らないんだ。」
「はぁ!?」
元貴が歩みを止める。
「なんか、最初に話しかけられた時に、自己紹介のすぐあとだったから、名前なんでしたっけ、とか訊きづらくて。バイオリンの人だなってのはわかったんだけど、結局今まで名前も分からず話してたの。」
「涼ちゃん…なかなかだね、それ。」
元貴が呆れた顔をしてる。
「うん、僕もそう思う。なんていうか、あんまり人に興味ないんだよね、基本的に。」
「へえ、意外。もっと社交的なのかと思ってた。」
「表面上はね。表面上はって言うと聞こえ悪いかもだけど。でも、相手を不快にしない程度には、出来てると思うよ。」
「あはは、怖ぁ〜。」
元貴は、なんだか嬉しそうに腕を組んできた。
「ブラック涼ちゃんだ。」
「なんでよ、ブラックじゃないよ。」
駅に着いて、それぞれの電車へと分かれて乗る。僕は、元貴の電車が出るまで見送った。元貴は、僕が見えなくなるまで、手を振っていた。
家に着いて、もらった花束やらキーボードやら荷物がなんかごちゃついてたので、とりあえずエントランス部分にキーボードスタンドを置いて、部屋へと帰った。後でスタンドを取りに行こうと思っていたのに、ライブで疲れていた僕は、すっかり忘れて寝てしまった。
次の日の朝、しまった、と思って急いでエントランスを見に行くと、見事に、スタンドは無くなっていた。ゴミだと思って、捨てられてしまったのだろうか…。僕は、自分のだらしなさにがっくりと肩を落として、トボトボと部屋へ戻った。
なんだか、色々うまくいかないな、と心の中で呟いた。
コメント
3件
大好きです!尊すぎぃ
あとがき うーん、ラブがあまりに動きませんね🤔 これはちょっと史実にこだわりすぎて話が停滞している、悪い例です笑 でも、💛ちゃんの、💙ぱの夢を見た、というところは、ブログで読んで、なんだそれ!可愛い!と思って、どうしても入れたかったヤツです🤭 あと、キーボードスタンド盗まれる事件も、あまりに💛ちゃんすぎるエピソードで、こちらも抜けず…🎹 事実は小説よりも奇なり、小説よりも可愛いなり、な回です🫶🏻✨