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警視庁の執務室。深夜の静寂の中に、カチカチとマウスを叩く音だけが響いている。
私はデスクに資料を広げ、今回の宝石店襲撃事件と、過去の連続強盗事件を何度も見比べていた。
「……やっぱり、不自然です」
私が呟くと、窓際で椅子を回転させていた柊さんが、億劫そうにこちらを振り返った。
「何がだい」
「連続犯の犯行は、常に最短時間で、最も換金性の高いものだけを奪っています。でも、今回の事件では店内のレイアウトを熟知しているかのように、あえて『売れ筋』ではない、けれど専門家が見れば価値のわかるダイヤばかりが狙われている」
「狼の皮を被った羊の犯行、というわけだね」
「柊さんの読み通りでした」
「いや、そっちの方がドラマチックだと思っただけだよ」
柊さんはそう言うと、再び窓の外へ視線を戻した。
私は手元にある、被害者・高橋こと飯田の資料を見つめた。本名、飯田譲二。過去に三度の結婚詐欺でマークされた男。
資料を読み進めるうちに、私は奇妙な違和感を覚えた。これまでの彼は、金を奪えばすぐに姿を消していた。だが今回は、半年もの間、小さな宝石店の店員として真面目に働いていたのだ。まだお金を用立ててもらったりはしていないらしい。
飯田が腹を刺されたのはなぜだ。もし、彼がただの詐欺師なら、もっと安全な立ち回りができたはずだ。自分の身を盾にしてまで、あの店を守る必要があったのか。
……彼は、本当に彼女を愛していたのではないか。
そんな考えが頭をよぎったが、私はそれを言葉にはしなかった。柊さんもまた、何も言わない。ただ、夜の闇を見つめる彼の背中が、いつもより少しだけ、硬く頑なに見えた。
「さて、南さん。そろそろ仕上げに行こうか。……あ、言い忘れていたけれど、僕のスマホに面白い『おもちゃ』が入っていてね」
柊さんはいたずらっぽく笑い、自分のスマートフォンを私に向けた。画面には、地図の上で赤い点が点滅しているアプリが表示されていた。
私たちは、事情聴取の続きという名目で署内の待合室にいた光輝さんのもとへ向かった。
「光輝さん、朗報ですよ」
柊さんは、光輝さんの隣に腰を下ろし、わざとらしく明るい声を放った。
「犯人が捕まるのは、時間の問題かもしれません。実はね、黒沢さんの店にあった黒真珠のネックレス。あれ、最新のGPSチップが埋め込まれた、盗難防止用のプロトタイプだったんですよ」
柊さんは、手元のスマートフォンを光輝さんに見せびらかした。
「ほら、この赤い点。犯人は今、ここから数キロ離れた場所に留まっているようです。すぐに御用ですよ」
光輝さんの顔から、一瞬で余裕が消えた。
「……そんなの、聞いてねえよ。ネックレスにGPS?」
「ええ。真希さんが、あなたにも内緒で保険代わりに導入していたんです。……よかったですね、光輝さん」
「……ああ、そうだな。よかった。本当に……」
光輝さんはそう言うと、不自然なほど素早く立ち上がった。
「あ、ちょっと……トイレ。気分が悪くて」
待合室を飛び出していった。私たちは足音を殺して、彼の後を追う。光輝さんはトイレには向かわず、駐車場まで向かっていた。彼が自分の車のドアを開け、助手席から小さな巾着袋を取り出した瞬間、柊さんが声をかけた。
「光輝さん。そこ、トイレじゃないですよ」
光輝さんは肩を大きく跳ねさせ、袋を床に落とした。中から転がり出たのは黒真珠と、数粒のダイヤだった。
「な、いや、これは」
「最初から僕は、高橋、いや、飯田か。とあなたのどちらかが内部犯だと踏んでいた。だからまずは一番引っかかりやすい餌を投げてみたんです。青のアプリはそれっぽい画面を出すだけのもので、偽物ですから安心してください。もしあなたが動かなければ、次は病院にいる飯田に別の罠を仕掛けるつもりだったが。……運良く、一回目で正解が出た」
柊さんは、愕然とする光輝さんを見下ろして淡々と語り始めた。
「……何だよ、それ。アンタら警察のくせに、そんな適当な理由で俺を……!」
光輝さんが逆上して叫ぶ。私は彼の前に立ち、冷徹に告げた。
「もう一つ、あなたはさっき私たちが言う前に『ネックレスにGPSなんて聞いてない』と言いましたね。でも、僕は『黒真珠』と言っただけです。店内の何が盗まれたか把握してなかったのにネックレスとわかったのはなぜです?」
光輝さんは、力なくその場にへたり込んだ。
「……高橋が、あいつさえいなければ良かったんだ。叔母さんは、あいつに店を譲るつもりだった。俺の権利を奪う侵入者は、強盗のせいで死んだことにすれば良かったんだ」
最初から、彼の目的は窃盗ではなく飯田の殺害だった。店の権利を独占するために、世間を騒がせている強盗犯の仕業に見せかけて、邪魔者を排除しようとしたのだ。
「強盗の実行犯は知り合いか?」
「ダークウェブで探したんだ。通報装置を切っておくから、適当に入って中のやつを刺したら好きな物を持って行っていいって言って」
「そしてちゃっかり自分も盗るものを盗ったと。あの日彼が店番をすることは最近のおばさんの体調から推測してたんだな」
柊さんが納得したように言い、あとは興味なさそうな顔で私の方を向いた。
「……南さん。あとは頼んだよ」
柊さんはそう言い残すと、夜の闇に消えていった。
私は手錠をかけながら、柊さんの言葉を思い出していた。嘘を真実にするために、自分の血をインクにする人間。