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――貴公等は雄と言えば何だと思う?
……生殖器だと? 浅はかな。それは雄も雌も造りは違えど一緒だ。
雄は種を植えつけ、雌は花を咲かせる。
オレが言いたいのは、そんな次元の話ではない。
まあ……間違ってはおらぬがな。
貴公等はこれまでのオレを垣間見てきた訳だが、どう思い、どう感じたかね?
『素晴らしい猫』
間違ってはいない。
『格好いい猫』
当然だ。
『最強の猫』
世界選手権があれば、間違いなく猫部門第一位だろう。
『可愛い猫』
愛嬌も必要と言うもの。
――つまりだ。貴公等が見て感じた事が、紛れもなく正しいオレの印象の全てだ。
勿論、それだけでオレの魅力の全てを語る気はないがな。
今回の話を特別に聞かせてやるのは、貴公等の人柄を気に入っての事。
貴公等も一目瞭然の通り、オレはかなりモテてな。それもその筈、雌は強い雄に惹かれるのが道理。
これは猫のみならず、全ての生物学的行動理念。
貴公等も分かるであろう?
女だったら優秀な男の遺伝子を育みたいし、男だったら己の遺伝子を多く遺したい――と。
まあもう暫く……オレの戯言を聞いててくれ。
夜も更け、時間もそう残されてない事だし……な。
――全ての生体は業で縛られている。生きとし生ける者、それからは決して逃れられない。
そう――発情期だ。
――って、そこっ!
今笑い声が小さく洩れた事を、オレの“キャッツイヤーは地獄耳”は決して聴き逃してはおらぬ。
気恥ずかしそうに笑ってはいるが、貴公等も同様であろう?
そうでなければ、この星に人口70億も溢れたりはせぬ。
この業が在るからこそ、全ての生態系は絶えず繁栄してきたのだ。
まあ……その、なんだ。この期を迎えると、居てもたってもいられなくなってな。屯所をこっそり抜け出しては、オレの魅力を振り撒いていたのだ。
オレの魅力に堕ちた者は、軽く百は越えておろう。
それでいい。優秀な血はより多く遺さねばならぬ。猫社会の更なる発展の為にも。
だが一つ、勘違いして貰いたくはないのだが、オレは決して“無理矢理”に事に及ぶ訳ではないのだぞ?
全て合意の上だ。全ての雌は最も偉大で、最も優秀なオレを自ら求める。
誰でも駄猫は産みたくない――と言う訳だ。
――とある昼下りの事。情熱の赴くまま屯所を抜け出したオレは、皆が鳴き声を発して待つ、逢瀬へと向かう。
「アンタ……毎度毎度、ホント下半身に節操が無いわね?」
途中、庭の犬小屋で身体を伸ばしていたサクラが、オレに軽蔑の眼差しを向けたが、今はそれ処では無い。
無視してダッシュ――
“いざ、神秘の大海へ!”
――オレは常に全力投球だ。その為、何時も事が終わった後は燃え尽き症候群に陥る事も度々あった。
ふらつきながら屯所へと帰還の途中、やはりと言うかサクラの奴が冷めた視線をオレに送っている。
後ろめたさは何も無いが、視線が痛いとはこの事か。
「アンタねぇ……発情期は分かるけど、もう少し節操持ったら?」
「ふん……」
オレは左から右に聞き流す。
余計な御世話である。オレは誰にも止められない。あの空に広がる雲のように自由気ままに生きるのだ。
「こんないい加減な奴の何処が良いのかしらね~。雌も雌ね……」
猫が黙って聞いていれば、聞き捨てならぬ事をペラペラとっ――。
そんなんだからコイツには、何時まで経っても良い雄が現れないのだ。
まあ室外犬にそれを望むのは酷と言うもの。それに今は反論する余力も惜しい。
オレはサクラを無視し、網戸を器用な手付きで開け、屯所内へと入り込んだ。
そして居間で“ごろん”と仰向けに転がる。
この態勢が一番楽なのだ。
『――ぷっ! ほし、お前そんな格好で何痙攣してるんだよ』
オレが心地好い気だるさに身を任せている最中、居間にやってきたはずれ者が、オレを一目見るなり失笑を浴びせてきた。
失礼な……お前も似たようなものだろうが! と爪を立ててやりたくなるが、今はその力も惜しい。
――決めた。夜中に突然不意討ちをかましてやろう。コイツは間抜けな叫び声を上げるに違いない――と、オレは固く決意したものだ。
“しかし夜はなぁ……”
オレはそれが不味い事に気付き、難色を示してもやもやと床を転がる。
基本的にはずれ者と女神は、一つのベッドで一緒に寝るのが通例だ。
そこにオレが真ん中で大の字になって寝るのも恒例だが、狭いベッドでコイツの存在は邪魔で仕方無い。
何度蹴り落とそうと試みたが、無駄な労力はオレも疲れると言うもの。
まあ冬はそれなりに暖かいので、謀らずとも我慢してやったものだ。
あとオレは貴公等も知っての通り、非常に空気が読める猫でな。彼等はほぼ毎日のように夜の営みを繰り返していたが、その時ばかりはオレも邪魔をしたりはせず、外で終わるまで待っていたものだ。
考えれば当然であろう?
オレも事の最中に邪魔をされれば、例え女神であってもキレるかもしれない。
神聖な領域は絶対不可侵の条約。
これは全ての生体に云える事。この事をしかと心に留めておくがいい。
――とまあ、その甲斐があってか、新屯所に来てから約一年の月日が流れ、待ちに待った女神御待望の御懐妊と言う流れだ。
これが遅いか早いかは、貴公等の判断に任せよう。
この時ばかりは、オレも感慨に耽ったものだ……。
遂にこのオレにも、弟か妹が出来る――と……な。
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