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先に頭を下げて「ありがとうございます」と口をついて出たのは仁さんの方だった。
その声も、少し震えているのが分かった。
「ぁ、ありがとう……!兄さんっ」
遅れて俺も言葉にした瞬間、涙が頬を伝ったのが分かった。
今まで胸の中で燻っていた不安や恐怖が一気に溢れ出してきて、自分でも抑えられなくなる。
兄に認めてもらえた嬉しさ、仁さんとの未来への期待、これまでの苦労が報われた安堵感──
全部が混じり合って、涙となって流れ出す。
「な、泣くなって!」
兄さんが困ったように苦笑いして言う。
でも、その表情は優しくて、俺のことを心配してくれているのが分かった。
仁さんも立ち上がって、俺の肩を抱いてくれた。
その温もりがまた嬉しくて余計に涙が出てしまう。
大きくて暖かい手が、俺の背中を優しく撫でてくれる。
「っ……すごい、嬉しいや」
声が震えて、うまく言葉にならない。
でも、この気持ちを伝えたくて、必死に声を絞り出した。
「…楓の人生だしな、犬飼さんを信じてみてもいいかもしれない。そう思っただけだよ」
俺は鼻水をすすりながら繰り返し頷いて謝った。
情けない姿を見せてしまって申し訳ないけれど、でも嬉しすぎて止められない。
すると、兄は俺の頭を撫でてくれる。
優しくて安心する感触だった。
子供の頃から変わらない、兄の暖かい手。この手に何度慰められてきただろう。
仁さんがティッシュボックスを差し出してくれて、
「ありがと…ございます」
と言って受け取りつつ、涙を拭うために目元に当てる。
ティッシュが涙でぐしゃぐしゃになってしまった。
「じゃあこれからは仲良くできるんだよね……?」
恐る恐る聞くと──
「ああ……もちろんだよ」
と微笑んでから、仁さんの方に目線を向けて
「犬飼さん…いや、仁さんも、これからも楓のことよろしく頼むよ」
兄の差し出した手を仁さんはガシッと掴んで握手を交わし、力強く「勿論です」と頷いてくれた。
その光景を見ていて、俺は改めて幸せを噛み締めた。
大切な人たちが分かり合ってくれる。
これ以上の喜びはない。
二人の握手を見ながら、俺は心の中で静かに感謝した。
兄にも、仁さんにも、そして俺たちの関係を見守ってくれている全ての人に。
◆◇◆◇
その帰り道
「兄さんがあんなこと言うと思わなかったから驚きました」
運転する仁さんに話しかけた。夕日が車のフロントガラスを照らして、仁さんの横顔を美しく浮かび上がらせている。
車の中は、兄の家を出た時の興奮がまだ残っていて、俺たちは少し上気した状態だった。
でも、それは嬉しい興奮だった。
「なんにしても、受け入れてもらえてホッとしたな、もう思い残すことは無い」
仁さんは冗談ぽく言うから
「もう、なんですかそれ、これから死ぬようなこと言わないでくださいよ」
と笑って返せば、フッと笑って交差点で止まり
仁さんの笑い声が車内に響いて、なんだかとても暖かい気持ちになった。
これから先、こんな風に二人で笑い合える時間がたくさんあるんだと思うと、胸が躍る。
「楓くんのお兄さんに許可もらって正式に認められたわけだし…ちょっとだけ寄り道していかないか?」
仁さんの声に、何か特別な響きがあった。
いつもとは違う、少しドキドキするような雰囲気。
「寄り道?いいですけど」
なんだろう?と不思議に思いつつも了承すると、信号が変わって進み始めた。
仁さんの表情がどこか特別な感じがして、俺は少しドキドキしながら車窓を眺めていた。
車は市街地を抜けて、海沿いの道に向かっているようだった。
窓の外に見える景色が、だんだんと開けてきて、遠くに海が見えてくる。
10分ほどして連れて来られたのは夕焼けの綺麗な海辺だった。
車内から降りて砂浜に足を踏み入れる。
潮風が頬を撫でて、波の音が耳に心地よく響く。
こんな美しい海を見るのは久しぶりだった。
砂浜に足を踏み入れると、柔らかい砂の感触が心地よい。
波打ち際まで歩いていくと……
「綺麗ですね……こんな景色見たことないくらい」
水平線に沈んでいく太陽を眺めながら呟くように言うと、隣で仁さんが「だな」と短く相槌を打ったあと
オレンジ色に染まった空と海が、まるで絵画のように美しい。こんな場所に仁さんと一緒にいることが、夢のようだった。
「綺麗だけど……ここに来たのはそれだけじゃない」
俺に向き直ってポケットから小さな箱を取り出した。
(え?まさか……)
と思った時には既に仁さんの手によってパカッと開かれたそれ。
中には結婚指輪だと言わんばかりに綺麗なリングが収められているではないか。
夕日の光を受けて、指輪がキラキラと輝いている。
美しい彫りが施されていて、一目で高級品だということが分かる。
俺の心臓が、激しく鼓動を始めた。
「ひぇ?!」
思わず変な声が出てしまった。
あまりの突然のことに、頭がついていかない。
「見てわかるように結婚指輪だ…楓くん、改めて言うが…俺と結婚して、俺だけの番になってくれ」
仁さんはそう言うなり俺の左手の薬指にするりと嵌めてきたのだ。
指輪のサイズはぴったりで、まるで俺の指のために作られたみたいだった。