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百鬼清風
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#イケメン
高遠すばる
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#初小説
鬼卍。
70
エドワードは窓のそばに立ち、眼下の街を見下ろしていた。
竜帝国と呼ばれるグランデル帝国の首都、ヴァルネス。岩丘の下には石造りの建物が続いているが、ここから通りを歩く人の顔までは分からない。
皇帝の居城であるヴェルガルド城は、灰黒色の城壁といくつもの塔を持つ。エドワードが閉じ込められているのは、その北塔の最上階だった。
室内には、豪華なベッドもテーブルもソファーも用意されている。王族を迎える体裁だけは保たれているのだが、扉には外から鍵がかかっている。こんな場所では、窓から逃げることも出来ない。
これのどこが留学なのか。
父は自分を王国の代表として送り出したはずだ。なのに、こうして窓から他国の街を眺めていることしかできない。アーサーの正体についても、誰も耳を貸そうとしない。事前に根回しされているのは、間違いない。
背後で鍵の開く音がした。
エドワードは振り向いた。扉を開けて入ってきたのは、黒いフード付きのローブで全身を隠した者だった。深くかぶったフードのせいで顔は見えず、手には扉の鍵を持っている。
「誰だ」
訪問者は室内に入ると、扉を閉めた。名乗りもせず、エドワードから少し離れて立ち止まる。
「殿下に、お伝えしたいことがございます」
「ならば顔を見せろ。私が誰だか分かっているのだろうな」
「エルデン王国で、新しい王太子が発表されました」
エドワードは、窓枠から手を離した。
「何を言っている。王太子は私だ」
「アーサーです。国王陛下が、新しい王太子としてお迎えになりました。あなたは廃太子です」
聞き間違いかと思った。
あの男は、王族の前でも平然と魔法を使い、自分を床へ押し伏せても許されていた。だが、父から特別な役目を与えられているからといって、簡単に王太子にまでなれるはずがない。
エドワードは訪問者の前まで歩いた。
「父上が、そのようなことを認めるものか」
「すでに公に発表されています」
「嘘だ!」
怒鳴っても、相手は言い直さなかった。
黒いフードの奥を見ようとしたが、うつむいたままだった。エドワードは返事を待った。冗談だと、違う男の名だったと訂正するなら、今だ。
しかし、訪問者は黙っている。
エドワードは近くの椅子の背をつかんだ。
留学と言われて国外へ送られ、戻る日も決まらないまま、自分の代わりが選ばれていた。それもアーサーだとは。
王宮の一室で父や重臣達が笑っていたことを思い出す。あの時、すでに決めていたのか。自分が泣いて頭を下げさせられる姿を、あの者達はどんな気持ちで見ていたのか。
「そうか……最初から、そのつもりだったのか」
エドワードは椅子をつかんだまま言った。
アシュフォード家は、男爵家にすぎないのに王家へ娘を送り込んだ。マチルダは王太子の婚約者となり、兄は国王直属の勅命騎士として父に仕えていた。
妹は自分の近くに、兄は父の近くにいる。エドワードには、今までのことが全て同じ企みのためだったと思えてきた。
「王位を奪うつもりだったのだ。あの家は、初めから」
相手は答えなかった。だが、エドワードは構わず続けた。
「マチルダを私の婚約者にしたのも、そのためだ。王家の中へ入り込み、いずれは自分達が国を手に入れるつもりだった。アーサーは、私を貶める機会を狙っていたのだ」
言ううちに、そうとしか思えなくなった。
学園で自分に逆らったことも、周りの者が自分から離れていったことも、アーサーが仕向けたのだ。王太子としての評判を落とし、父に見捨てさせるために。
だから、父は息子よりもあの男を信じた。
「マーガレットもだ。あの女も、あいつらとグルだったのだ」
亡命の話をばらしたのはマーガレットに違いない。二人で帝国へ行くはずだったのに、父に呼び出された時には、彼女の父親まで、そこにいた。
エドワードは、ようやく裏切りの理由が分かったと思った。
自分を好きだと言いながら、アシュフォード家のために動いていたのだ。そうでなければ、なぜ自分だけがこんな塔に囚われている。
「私は気づいていた。だからマチルダとの婚約を破棄したのだ。あの家の娘を王妃にするわけにはいかなかった。私は、何も悪くない」
エドワードは椅子から手を離し、黒衣の者へ向き直った。
「私は王家を守ろうとしたのだ。それなのに父上は、私を追い出し、あの男を王太子にした。私は止めようとしたのに、父上が認めてしまった!」
目の前の相手からは、慰めも賛同も返ってこない。何か言えと迫ろうとした時、黒衣の者が話し始めた。
「私の兄も、アーサーに殺されました」
エドワードは言いかけた言葉をやめた。
「兄が……?」
「あの戦役で」
父から聞いた、レグナ平原の戦い。
天災だと思われていた流星群の落下を起こしたのは、アーサーだった。空から隕石を落とし、帝国軍のドラゴンも兵士も壊滅させた。父はその力を知っていたからこそ、自分にあの男への非礼を禁じたのだ。
目の前にいるのは、その戦いで身内を失った者だった。
「お前も、あいつを憎んでいるのか」
「忘れられるはずがありません」
訪問者は鍵を持っていない方の手で、ローブの前をつかんだ。
「皇帝陛下は、あの国の力を恐れ、同盟まで結ぶおつもりです。ですが私は、兄を殺した男が許せません」
「そうだ。許してよいはずがない」
エドワードは相手へ一歩近づいた。
人間を遥かに越える魔力を持つ竜人族の国ならば、あの男を殺せる者もいるはずだ。そう考えて、帝国を頼ろうとしたのではなかったか。
自分の話を聞こうとする者が、ようやく現れたのだ。
「皇帝陛下は、竜帝国の誇りをお忘れです。兄を殺した相手と、何事もなかったかのように付き合っていくなど……私にはできません」
黒衣の者は、そこで口を閉じた。
エドワードは続きを望んだ。自分をここに閉じ込めている皇帝より、目の前の者の方がよほど話が通じる。
「私が必ず、あの恐ろしい破壊兵器を亡き者にしてさしあげましょう」
エドワードは相手を見つめた。
いつもなら、王族に対して随分と偉そうな言い方だと思ったかもしれない。今は、その約束を取り消されることの方が怖かった。
「本当か。本当に、アーサーを殺してくれるのか」
「ええ」
エドワードは、その場に膝をついた。
石の床が硬く、服越しでも冷たい。王宮で無理やり床に押し付けられた時とは違う。今は立っていられたし、誰も頭を下げろとは言っていなかった。
それでもエドワードは、顔も分からない相手へ頭を下げた。
「頼む。あいつを殺してくれ」
涙が落ちた。
王太子の自分が、誰とも知れない者にこんなことをしている。それを恥じる気持ちよりも、アーサーが王太子として王宮にいることに耐えられなかった。
父の隣に立ち、重臣達を従え、いずれは王になる。そこにいるべきだったのは自分なのに。
「必ずだぞ。必ず、殺してくれ……!」
涙を拭わずに顔を上げると、黒衣の者は何も答えず、そこに立っていた。
エドワードは何度も頷いた。相手が何も言わなくても、約束をしてくれたことだけを確かめるように。
「お願いします。どうか、あの男を」
訪問者はエドワードに背を向け、扉へ歩いた。
引き止めようとして、エドワードはやめた。せっかく殺すと言ってくれたのだ。機嫌を損ねてはならない。
膝をついたまま見送ると、黒衣の者は扉を開けて廊下へ出た。
黒衣の訪問者は扉を閉め、手に持っていた鍵で外から錠をかけた。
「この男は正気を失っている」
そうつぶやいてフードを外したのは、グランデル帝国の第一王女、リゼリア・ドラグニスだった。
リゼリアは鍵をローブのポケットへ入れ、内側へ収めていた銀髪を引き出した。腰まで届く長い髪が背中へ広がり、額の左右に生えた二本の黒い角があらわになる。後ろへ緩く反る短い角は、フードをかぶっていれば隠せる大きさだった。
白い肌と深紅の瞳を持つ、美しい姫だった。すらりとした姿は人間の少女とほとんど変わらず、尖った耳と二本の角、口を開いた時に見える発達した犬歯が、竜人族であることを示している。
ローブの前を直すと、その下に着ていた暗い赤のドレスが少し見えた。
リゼリアは閉じた扉を見た。
あの男は、自分に起きたことを全て誰かの企みだと決めつけていた。王家を守るために婚約を破棄したと、あれほど真剣に言えるものか?
伝え聞く話と、あまりにも違う。妄想に囚われているのだ。
最後には泣いて膝をつき、アーサーを殺してくれと頼んだ。名乗ってさえいない相手に。
だが、リゼリアもアーサーを殺すと言った。慰めるための嘘ではなかった。
兄を奪った男が息をしていることが許せない。王太子の地位など、どうでもよかった。
息子を殺されたのに、父である皇帝が王国と親しくしようとするのも許せない。
その王国へ、今度はリゼリアが送られる。
交換留学という名目で、彼女も人質になるのだ。人質交換として、リゼリアがエルデン王国へ行く。
リゼリアは、ポケットの中の鍵に触れた。
自分には、まだ自由がある。しかし、この先はどうなるか分からない。
自分も厄介払いされるのだ。人のことは言えない。
「私も、まともではない」
彼女は、そうつぶやいた。
コメント
1件
うわ、重い……! エドワードの「全部アーサーのせいだ」っていう妄想がどんどん肥大化していく感じ、読んでて胸が締め付けられました。「誰も悪くない」って言いながら、実は自分が一番憎しみに囚われてる。リゼリアも「私もまともではない」って自覚してるのが切ないし、この憎しみの連鎖、どう転ぶんだろう。