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今からすぐ追えば、まだ間に合うだろうか。

確実にあいつには嫌われてしまっただろう。

出会った時から、あいつには酷いことばかりしている。

素直に謝るのが一番だ。

俺は携帯を手に取り、あいつに電話をかけた。


<ブーブーブー>

すぐ近くで、スマホが鳴る音がした。


「あいつ、スマホ持って行ってないのか?」


スマホが置いてあったキッチン前のテーブルを見ると、いつもの倍の手料理が並んでいた。


「しかも俺の好きなものばかり……」


おもむろに冷蔵庫の中身を見る。


「バカ……。あいつ……」


そこには、メッセージ入りのホールケーキが入っていた。


<祝!新曲おめでとう>



「デザートがないなんて嘘じゃねーか!」


チッと舌打ちをして上着を取り、勢いよくドアを開け、あいつを追った。






「私は……。何をやっているんだろう……」


デザートを買いに行くと嘘をついて出かけてきたが、お金も持たず、携帯も忘れてしまった。かと言って、すぐマンションには帰りたくはなかった。


私が今いるのは、近所の公園だった。

ブランコに座りながら、空を見る。


「やばい、もうすぐ雨が降ってきそう」


そうは思っても、その場から離れられない。

今日は、帰りたくない。

成瀬書店に行こうか、そう思ったがここからは距離がある。


涙が零れた。

甘えているだけという現実を受け止める。

彼にそう思われていたのが、悔しい。


ご飯は頑張っていたつもりなんだけど、努力が足りなかったかな。


もう、彼のマンションには住めない気がした。

でもどこにも行くところがない。

私には誰もいない。


涙を拭いていたら、雨が降ってきた。

ちょうど良い、これで泣いていることがわからない。


雨があたらないところへ移動する、そんなことも面倒だと感じていた時ーー。


「花音!」


「えっ?」


私の知っている声、初めて名前を呼ばれた。


「湊さん?」


ブランコから立ち上がる。


「何やってんだよ!雨降ってる。風邪引くから帰って来い」


彼は私の手を引っ張り、連れて行こうとした。


「嫌です!もうあそこには住めません。湊さんの言う通りです。私は甘えてばかりいて……」

ごめんなさいと呟いた。


彼は、くるっと私の方を向いた。


そして、私を抱きしめた。


「湊さん?変装してないですよ?」


「別にいい。お前が帰って来てくれるのであれば。悪かった。新曲のことでイライラしてて、ついお前にあたった。お前なら、何でも許してくれると思って。甘えているのは、俺の方だから。帰ろう?」


私は彼の胸の中で素直に頷いてしまって。

二人でびしょ濡れになりながらも、手を繋いで彼のマンションへ帰った。


「先に、風呂入ってきて?風邪引くから?」


「私は風邪を引いても、特に迷惑かかりませんけど、湊さんが風邪を引いたら大変です。先に入って来てください」


二人とも洋服は、ずぶ濡れ。

衣類から床に水滴が滴るほどだった。


とりあえず、部屋を汚さないために浴室に来たが、どちらも引かない。


「私はただの家政婦です。ご主人様が入るのが先なんです」


「そのご主人様の命令に従わないのは、どうかと思うけどな」


睨み合ったまま、何も進まない。

寒いと思い、私が両腕をさすったのを彼は見逃さなかった。


「寒いんだろ?入れよ?」


「ダメです!湊さんが入るんです」


彼はチッと舌打ちをした。


「言うことを聞かないのなら、キスするからな?」


「えっ?そんな冗談、本気にするわけ……」


「ん……」


湊さんにキスをされた。

腰と頭を支えられて、抵抗ができない。

どうしよう、でも、不思議と嫌じゃなかった。


「ん……!んん……」


最初にされたキスより遥かに長い。


「風呂、入るか?」


「……っは……入りません」


「そうかよ」


再びキスをされる。

今度は、彼の舌が私の口の中に入って来た。


「はぁ……ん……!ん……あ」


彼の舌が温かくて気持ち良い。

でも、そんなこと言えるわけない。


「……はぁ。花音の舌、温かくて気持ち良いな……」


こんな時に名前を呼ぶなんて反則だ。

そして湊さんも気持ち良いと思ってくれているんだ。


「ごめんなさい……ん……わかりました……入ります」


これ以上は身体が持たない。


「ん……。わかった」


腰が抜けそうなのを耐える。


「お前が入っている間に、着替えてくるからゆっくり入れよ」


そう言って、彼は浴室から出て行った。


ゆっくり入れと言われても、そんなわけにはいかない。私は急いでシャワーを浴びた。


「湊さん、すみません。早く入ってください!」


リビングにいる湊さんに声をかけた。


「お前、ゆっくり入れって言っただろ?髪の毛だって乾かしてねーじゃん」


「早く、早く、風邪引いちゃう」


湊さんの手を引っ張ると冷たかった。


「あっ、手がこんなに冷たい。すみません」


「なんで?」

私の手を握って彼が呟いた。


「どうしてあんなに酷いこと言ったのに、優しくできんの?お前、全然悪くないんだぞ。俺が機嫌が悪いからって八つ当たりされて……。さっきだって無理やりキスされて……。俺のこと、嫌いじゃないのか?」


まるで子どもが悪さをした後、謝ってくるかのように彼は弱気になっているように見えた。


「なんでですか?嫌いになるわけないじゃないですか?湊さんの良いところいっぱい知っているし。さっきはちょっとびっくりしちゃっただけです。言われたことは本当だから……。甘えて……」


彼は私を抱きしめて、言葉を遮る。


「お前が努力しているのは、一番知っている。古本屋のアルバイトも。一人で歌の練習しているところも。わざわざ安いスーパーで買い物してきてくれるところも、俺の身体を考えてバランスの良いメニュー表を作っていることも……」


なんで知っているんだろう。

メニュー表とか、机の上に置きっぱなしにしてたのかな。


「ありがとう」

湊さんらしくない、小さな声で感謝を伝えられた。そして、私をギュッと抱きしめた。


「やめてくださいよ。湊さんらしくないですよ?こんなに身体も冷えているし」


彼の身体を抱きしめ返すと、冷たかった。


「お前が温かいんだよ。なあ、さっきのキスも怒ってる?嫌だった?」


どうしよう、嫌じゃなかったと正直に言うべきだろうか。


「初めて会った時のキスは嫌でした。でも、さっきのキスは嫌じゃありませんでした」


「そっか。なら良かった」

彼は、私を離した。


「シャワーを浴びてくる。そしたら、夕飯を食べたい。楽しみにしている」


机の上を見てくれたのだろうか。


「はい、わかりました」


湊さんが出てくる前に、頭を乾かした。

そして、冷めてしまった夕ご飯を再び温め直す。


湊さんがシャワーから戻ってきた。

「身体は温まった!腹減ったぁ」

良かった、いつもの彼だ。


二人で手を合わせて「いただきます」をした。


「美味い!てか、これ全部一人で作ったのかよ?俺の好きなものばっかりだな」


「今日は、アルバイトがお休みだったから時間があったんです。それに、今日新曲の発売日だし。少しでもお祝いしたくて」


「ありがとう。あー、美味い!」


美味しそうに食べてくれる湊さん、安心した。


食後にケーキをホールのまま出した。


「誕生日みたいだな。これも作ったの?」


「はい」


「すごいな、このまま食べたいけど、勿体ないから切って。残ったら、明日の朝食べるから」


朝からケーキ?とは思ったが、食べやすい大きさに切り分ける。


「美味いー。やっぱり疲れてる時は甘い物だよな」

私もワンカットいただいたが、我ながら上手に出来たと思っている。


湊さんと目が合った。彼は優しく微笑んでくれた。

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