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「何をしているんですか!」
止めようとしたけれど遅かった。
お姉様は躊躇うことなく赤ちゃんを地面に向けて投げた。
おくるみに包まれた赤ちゃんの体が地面に叩きつけられる前に、風の魔法で体を浮かせる。
攻撃魔法をアレンジしたものだから、コントロールが難しい。
恐る恐る優しい風で包むように赤ちゃんの体を持ち上げ、私の手元に持ってきた……のは良いものの、抱き方がわからないので困惑する。
たしか、首が座るまでは首を支えないといけないんだったわよね!?
子育てなんてしたことないから、正しい抱き方がわからない!
間違ってたら、ごめんなさい!
首に腕を添えて赤ちゃんの顔を見ると、可愛いといえば可愛い。
生まれてそう経っていないからか、もしくは眠っているのか、目が開いていなくて、にっこり笑っているようにも見える。
「どうしたら良いんですか!?」
お姉様に聞いても、私を睨みつけるだけで答えは返ってこない。ここで赤ちゃんに泣き出されていたら、もっとパニックになっていたところだった。
騒いでいたからか、お姉様と一緒に街まで行ってくれる予定だった女性が慌てて駆け寄ってきた。
「何を騒いでるの!」
「抱き方がわからないんです!」
泣きそうになりながら叫ぶと、女性は両手を差し出す。
「預かるわ。もう帰ると言うからお母さんに任せたのに、一体、何があったの? あなたに抱かせようとしたの?」
「お姉様が赤ちゃんを投げたんです。何を考えているのかわかりません! 危険ですから、赤ちゃんをお姉様に渡さないでください!」
「何ですって!? 何を考えているんですか!」
赤ちゃんを抱きかかえた女性はお姉様に怒声を上げた。
「アイミーが風の魔法で受け止めたから大丈夫よ!」
「そんな問題ではありません!」
「お姉様、赤ちゃんはあなたにとって必要だったんじゃないんですか!?」
レイロに何か言われたのかしら。
でも、何を言われたとしても、自分の子供だもの。
そんなに簡単に嫌うことなんてできないはずだし、嫌いであっても、赤ちゃんを投げるだなんて許せない。
「必要だと思ってた! だけど、いらない!」
「何を馬鹿なことを言っているんですか!」
「だって、可愛くないんだもの!」
「自分が生んだ子ですよ!?」
私たちが言い合っているうちに、赤ちゃんを抱えた女性は移動を始め、彼女がテントの中に入っていくのを見て安堵した。
赤ちゃんに私たちの話が理解できるはずがないし、大きくなった時に覚えていることもない。
でも、いらないだなんて言葉を聞かせたくなかった。
「レイロが何か言ったんですか。いつものように自分の子供じゃないとでも?」
「……違うわ」
お姉様は否定すると、その場に膝から崩れ落ちる。雨がやんだとはいえ、地面は乾いておらず水たまりだらけだ。
そんな所に座り込んだため、お姉様の白いワンピースドレスの裾が黒く染まっていく。ぼんやりとその光景を眺めながら、話し始めるのを待っていると、お姉様がぼそりと呟いた。
「可愛いって言ったの」
「……はい?」
「赤ちゃんを可愛いって言ったの!」
お姉様は涙を流しながら叫ぶ。
「あの人は私のことなんて見ていなかった! 赤ちゃんのことしか考えてなかった! 普通は赤ちゃんを生んだ私を抱きしめてくれるんじゃないの!? ねえ、どうなの!?」
あんなに大人しかったお姉様は、今となっては、もうどこにも見つからない気がするくらいに恐ろしかった。
これが、お姉様の本性なのか、それともレイロがお姉様を変えてしまったのか。
まるで別人だわ。
「子供を生んだことのない私に聞いてどうするんです」
「一般的な話くらい聞いているでしょう!」
「……お姉様、あなたとレイロの関係はいつからなんですか。そこまであなたを変えてしまうくらいに長い付き合いなんですか」
「……それは」
お姉様が話し出そうとした時、邪魔が入る。
「アイミー! 大丈夫か!?」
駆け寄ってきたレイロはお姉様ではなく、私に声を掛けてきた。
「私のことは気にしなくて良いから、お姉様を見てよ!」
「アイミー、聞いてくれ。あの子は俺の子のような気がしてきた」
「……気がしてきたですって?」
「ああ。すごく可愛いんだよ」
「可愛ければあなたの子だって認めるの? ふざけたことを言わないで! 可愛く思えなかったとしても、あなたの子なのよ!」
ちょうど二人が揃ったのだから、ここで、はっきりさせておくことにする。
「お姉様はレイロ以外の男性と関係を持ったことはあるんですか?」
「ないわ!」
「嘘だ!」
「ちょっとレイロは黙ってて!」
「どうしてだよ! 彼女が間違ってるのに!」
「あなたの話もあとから聞くわよ! だから、今は黙って!」
睨みつけると、レイロは渋々といった様子で口を閉ざした。
「お姉様、嘘はついていませんね?」
「ついていないわ。言ったでしょう! 私は昔からレイロのことが好きだったの」
「私が二人の関係を知ったのは結婚後ですが、それまでに関係はあったんですか」
「……あったわ。体の関係はないけど、何度か二人きりで会ってたの」
レイロを見ると、首を何度も横に振る。黙ってと言われたから、口を開かないつもりらしい。
「レイロに聞くけど、会っていたのは確かなの?」
「それは間違いない! でも、やましいことはない。君への誕生日プレゼントの相談をしたりしていたんだ。指輪だってそうだよ」
「……私への婚約指輪をお姉様と選びに行ったの? メイドに意見を求めるとかじゃなく?」
「そ、それは……」
「……もっと早くにおかしいと思わなくちゃいけなかったのね。あなたに私の指輪のサイズを自分の口から伝えた覚えはないんだもの」
その時に気付けていたら、こんなことにはなっていなかったんだろうか。
お姉様が座り込んだまま、会話に割って入ってくる。
「そうよ。全部、アイミーが悪いのよ!」
「……全部ですって?」
「鈍いアイミーが悪いの! 気付いてくれていれば、こんなことにならなかった。どうして、私の気持ちをわかってくれなかったの? エルファスのことだってそうよ!」
エルの名前が出てきた理由がわからない。
でも、今はお姉様のことに集中する。
「では、どうしてお姉様は私にわかってほしいと伝えてくれなかったんですか?」
「……今まではわかってくれていたじゃない!」
お姉様は私を睨みつけると、すぐにレイロに顔を向けた。
「ねえ、レイロ。あなたはアイミーにエルファスを奪われたくなかった。だから、アイミーと結婚したんでしょう?」
「違う!」
レイロは即座に否定した。
だけど、私はお姉様の言ったことは間違っていないと思った。
レイロがエルに注ぐ愛情が強い兄弟愛なのか、恋愛としてのものなのかはわからない。
でも、レイロはエルを誰かのものにしたくなかったんじゃないかしら。
「アイミー、あなたにとって私は優しい姉でしょう? 私が行動に移さなければ、あなたはこの男に騙され続けていたのよ!」
「……別に騙されていても良かったです。真実を知らなければ」
お姉様の言っていることは滅茶苦茶だ。
ずっと好きだったと言ったくせに、私のため?
ふざけたことを言うのも大概にしてほしい。
レイロがエルのことを兄弟以上に思っていたとしても、私一人を大事に思ってくれているように思えていたなら、真実を知らなくても幸せだった。
でも、今となっては違う。
「真実を教えてくれてありがとうございます、お姉様」
「……意味わかんねぇ」
その時、私たち三人とは別の声が聞こえ、レイロは背後を、私とお姉様は顔を横に向けた。
「……兄さん、一体どういうことなんだよ」
レイロを見つめるエルの目は、今までに見たことがないくらい鋭いものだった。