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323
翌朝。
元貴は、いつもより少し早く目を覚ました。
昨日の夜見た、 自分の左手首に浮かんだ妖紋。
そして、 あの妖が口にした言葉。
『金色の九つ』
「……気になる」
それだけは、どうしても頭から離れなかった。
元貴は朝食を済ませると、まず後宮の書庫へ向かった。
昨日見つけた古い記録を、もう一度調べるためだ。
⸻
後宮の書庫。
元貴は朝から何冊もの古文書を机に積み上げていた。
「……金色」
一冊目。
なし。
「九つ……」
二冊目。
なし。
「妖紋……」
三冊目。
やはり、なし。
「……なんでだよ」
元貴は本を閉じた。
妖に関する記録は大量にある。
古い妖の種類。
陰陽師との戦い。
妖の生態。
過去の大きな討伐記録。
それなのに 自分が知りたいことだけが、妙に見つからない。
「……妖紋についても、ほとんど何もない」
昨日見つけた記録も、肝心なところが破れていた。
そして。
『金色の尾を持つ妖』
この言葉についても、ほとんど情報がない。
「……」
元貴は椅子にもたれた。
しばらく天井を見る。
そして。
「……大森家、か」
昨日の自分の言葉を思い出す。
大森家にも古い記録がある。
当然だ。
自分の家は、代々陰陽師を輩出してきた一族。
後宮の書庫よりも、古い記録が残っている可能性は高い。
ただ。
「……行きたくないんだよなぁ」
元貴は小さく呟いた。
別に、大森家が嫌いというわけではない。
自分がそこで育ったことも。
三兄弟の末っ子として過ごしてきたことも。
ちゃんと覚えている。
けれど、 昔の記憶を取り戻した今。
大森家に帰るということは、 どうしてもあの頃の自分を思い出してしまう。
「……面倒くさい」
しばらく悩んだ末。
元貴は立ち上がった。
「……仕方ないか」
誰にも見つからないように行って。
必要なものだけ調べて。
すぐ帰る。
それでいい。
⸻
昼過ぎ。
元貴は人目を避けながら、大森家へ向かった。
正面から入れば当然誰かに見つかる。
だから、裏手から。
昔使われていた細い道を通る。
「……ここ、まだあったんだ」
見慣れた景色。
けれど、 今までとは少し違って見えた。
幼い頃の自分が、この道を走っていたような気がする。
兄たちについていった日。
一人で訓練から逃げ出した日。
怒られて戻された日。
そんな記憶が、ぼんやりと浮かんでは消えていく。
「……今はいい」
元貴は頭を振った。
大森家の裏手には、古い書庫がある。
普段はほとんど使われていない。
元貴は鍵の場所も知っていた。
「……あった」
扉を開けると 古い紙の匂いがした。
「懐かしいな……」
昔は何度か、この場所に来たことがある。
こんなに広かっただろうか。
元貴は奥へ進んだ。
⸻
大森家の書庫には、後宮にはない記録が大量に残されていた。
家系図。
歴代当主の記録。
陰陽師としての功績。
そして。
「……赤眼」
元貴の手が止まった。
古い家系図の横に、簡単な記述がある。
『大森家には、稀に赤き瞳を持つ子が生まれる』
元貴は自分の目元に触れた。
赤い瞳。
今ではもう、自分にとって当たり前のものだ。
けれど 昔の自分は違った。
涼架と暮らしていた頃。
水面に映った自分の瞳は、普通の色だった。
その後 涼架に助けてもらって。
次に目を覚ましたとき、 赤くなっていた。
元貴はしばらく、その記録を見つめた。
『赤眼は大森家の血に現れる特異な性質であり――』
そこから先を読む。
赤眼についての記述は多い。
強い霊力を持つ者。
妖を見抜く力に優れる者。
陰陽師として高い適性を持つ者。
「……能力があるから、赤眼なんじゃないのか」
元貴は呟いた。
赤眼だから 能力を期待される。
そんな家だった。
その事実を再確認したところで 元貴は本を閉じた。
今はそれじゃない。
探しているのは。
金色。
九つ。
妖紋。
そして、 涼架。
⸻
さらに奥へ進む。
古い記録を何冊も開いていく。
やがて、 一冊のひどく古い記録が見つかった。
「……?」
表紙には、ほとんど文字が残っていない。
元貴は慎重に開いた。
何百年も前の記録だから、 ところどころ文字が読めない。
それでも。
「……金色」
その文字を見つけた。
元貴の目が見開かれる。
『金色の妖と――』
その先が掠れている。
「……またか」
さらに頁をめくる。
『九つの――』
そこで記録が途切れていた。
元貴は眉を寄せる。
「また破れてる……」
まるで、 誰かがそこだけを消したようだった。
「……何なんだよ」
元貴は記録をめくり続けた。
すると 頁の隅に小さな記述があった。
『その妖、金色の尾を――』
元貴は息を止める。
涼架の姿が頭に浮かんだ。
あの日の妖狐の姿。
そして あの夜、妖が口にしかけた言葉。
『金色の……九つの――』
だが その先も破れていた。
「肝心なところがないんだよな……」
元貴はため息をついた。
そのとき数ある本 の奥から 何かが落ちた。
――カタン。
「……?」
床を見ると、木箱 が転がっていた。
「なんだこれ…」
元貴は拾い上げた。
古い。
かなり古い。
蓋を開けると、 中には壊れた札。
小さな石。
古びた布。
そして。
「……時計?」
手のひらに収まるほどの時計だった。
懐中時計に似ている。
けれど 文字盤には数字がない。
代わりに、奇妙な模様が刻まれていた。
「なんだ、これ……」
元貴は時計を持ち上げる。
妙に冷たい。
そして、 どこか懐かしい。
初めて見るはずなのに、 なぜか ずっと昔から知っていたような感覚があった。
「……変なの」
時計を裏返す。
そこには、小さな紙が貼られていた。
『意思を継ぐ者へ』
「……?」
意味が分からない。
元貴は眉をひそめた。
その瞬間。
――カチッ。
「……え?」
時計の針が動いた。
止まっていたはずなのに。
ゆっくり。
ゆっくりと。
「……なんだ?」
元貴は時計を離そうとした。
しかし 指が動かない。
直後、
――ドクン。
胸の奥が大きく鳴った。
「……何、これ」
視界が揺れる。
書庫の景色がぼやける。
「…っぁ……」
声が出ない。
身体が浮いたような感覚。
時計が 淡く光る。
その光が、どんどん強くなる。
そして 世界が反転した。
⸻
――風。
最初に感じたのは、風だった。
頬を撫でる冷たい風に、元貴はゆっくり目を開けた。
「……ここ、どこ?」
見渡す。
書庫ではない。
見知らぬ森。
高い木々が周囲を囲み、足元には落ち葉が積もっている。
建物もない。
道もない。
「……時計」
元貴は手の中を見た。
書庫で見つけた、古い時計が握られている。
針は止まっていた。
「……何が起きたんだよ」
立ち上がろうとした、そのときだった。
「――だから、無茶するなって言っただろ」
「大丈夫だって」
「お前の“大丈夫”は信用できない」
「ひどいなぁ」
「事実だ」
人の声。
元貴は反射的に木の陰へ身を隠した。
声が近づいてくる。
二人いる。
そして――
「……え?」
木々の隙間から姿が見えた瞬間、 元貴は言葉を失った。
一人は、金色の髪をした青年。
「……涼ちゃん」
間違えるはずがない。
今の涼架とほとんど変わらない姿をしていた。
そして、その隣。
赤い瞳の少年。
元貴は、その少年から目を離せなかった。
顔立ち。
目元。
鼻の形。
口元。
髪の流れ。
どれを見ても自分とそっくりだった。
ただ似ている、 なんてものではない。
顔、背丈、声まで 瓜二つだった。
コメント
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第9話、読ませていただきました。 元貴が大森家の書庫で、金色の妖や九つの尾に関する手がかりを探すシーン、すごく引き込まれました。肝心なところが破れているもどかしさが、読んでいてもじわじわ伝わってきます。 そして、あの古い時計…「意思を継ぐ者へ」の文字、針が動き出した瞬間の胸の高鳴り、そしてまさかのタイムスリップ。最後の瓜二つの少年と金色の髪の青年…涼ちゃんですかね?もう続きが気になって仕方ないです。丁寧に積み重ねられた伏線が眩しい回でした。