テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……僕?」
思わず、自分の顔に触れる。
そして、少年を見る。
もう一度、自分に触れる。
「……いや」
元貴は小さく首を振った。
自分と同じ顔の少年が、こんな昔にいる。
そんなことがあるはずがない。
けれど 少年の瞳だけは、どうしても見間違えようがなかった。
赤い。
大森家特有の赤眼。
「……昔の赤眼」
元貴は呟いた。
今まで記録の中でしか見たことのなかった存在。
大森家の始まりの頃にいた人物。
それが 目の前にいる。
まだ幼い少年の姿で。
「……本当に、僕にそっくりだ」
そのとき。
少年が涼架に話しかけた。
「涼ちゃん」
「ん?」
「さっきの妖、もう来ないかな」
「たぶんね」
「たぶん?」
「来たらまた追い払えばいいじゃん」
「お前は簡単に言うなぁ……」
涼架が笑う。
元貴は、その二人を見つめた。
今の涼架と 自分によく似た少年。
その組み合わせが、妙に不思議だった。
まるで ずっと昔から知っている光景のような。
けれど 元貴は、まだ何も知らなかった。
この出会いが 大森家の始まりだったことも。
ここで妖界、陰陽道、人間界に大きな変化があったことも。
⸻
少年の名前は 元気。
まだ大森家という名前すら存在していない時代に 小さな村で暮らしている少年だった。
元気の家は、村の外れにあった。
両親と三人で暮らしていた。
裕福ではない。
けれど 決して不幸でもなかった。
父親は畑を耕し、 母親は薬草を扱っていた。
元気も、よく手伝っていた。
「父さん、これどこに置く?」
「そこの棚だ」
「母さん、これ乾かすんだよね?」
「そう。ちゃんと日陰に置いてね」
そんな どこにでもあるような家庭だった。
ただ一つ、 元気には普通の子どもとは違うところがあった。
赤い瞳。
そして 妖気を感じ取る力。
まだ幼い元気には、その力を上手く扱うことはできなかった。
妖が見えることもある。
けれど はっきりと姿を捉えられるわけではない。
「……あっちに、何かいる」
「どうした?」
「ううん。なんでもない」
父親は、それ以上言わなかった。
元気自身も 自分の力が何なのか分かっていなかった。
323
⸻
その日の夜。
村の外から 異様な気配が近づいてきた。
元気は、真っ先にそれに気づいた。
「……父さん」
「どうした?」
「何かいる」
「何?」
「外に……」
母親が元気の肩を抱く。
「大丈夫よ」
その直後、 家の外で 大きな音がした。
「!」
扉が揺れる。
父親が元気の前に立った。
「二人とも、下がってろ」
「父さん?」
もう一度 大きな音がした。
今度は壁が揺れた。
そして、 窓の外に 黒い影が見えた。
「……妖」
父親が呟く。
母親が元気を抱き寄せた。
「元気、絶対に動かないで」
「母さん……?」
「大丈夫だから」
扉が破られて 妖が入ってきた。
元気の父親が必死に立ち向かう。
けれど 敵うはずがなかった。
「父さん!」
元気が叫ぶ。
父親が振り返る。
「来るな!」
母親も元気を抱きしめる。
「この子だけは……!」
二人は 最後まで元気を守ろうとした。
そして、 元気の視界が。
真っ暗になった。
母親に抱きしめられたからだった。
「元気」
耳元で 母の声がする。
「あなたは、生きるのよ」
その声が両親との 最後だった。
⸻
「父さん…母さ……」
元気は妖の前でへたっと座っていた。
目の前の強者に圧倒されて動けなかった。
(逃げなきゃ…逃げなきゃ。でも…足が動かない。誰か…誰か……たすけて)
「お前、能力者か。珍しい眼の色をしている」
「残念だったなぁ。お前の両親も結局お前を守れずに死んでいった。なんとまぁ憐れな」
「安心しろ。苦しまぬよう殺してやる」
そう言って妖は腕を振り上げた。
もうだめだ。
そう思った、その瞬間。
「――そこまでにして」
静かな声が響いた。
妖が振り向くと、 家の入口に一人の青年が立っていた。
金色の髪に 冷たい目。
蔑むようにこちらを見ていた。
「……人間に手を出したんだ」
青年が呟く。
妖が睨みつけた。
「何者だ」
青年――涼架は、一歩だけ歩いた。
「君に名乗る必要ある?」
次の瞬間、 空気が震えた。
妖の身体が吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
あまりにも、一瞬だった。
元気は何が起きたのか理解できなかった。
ただ、 さっきまで自分を追い詰めていた妖がもう動かない。
目の前にいる青年が、自分を助けた。
それだけは分かった。
「……え」
声が震えた。
涼架が元気を見る。
「怪我は?」
元気は答えなかった。
代わりに、両親を見た。
「……父さん」
返事はない。
「母さん……?」
こちらも返事はない。
何度呼んでも。
何度待っても。
二人は動かなかった。
「……起きてよ」
元気は二人に近づこうとした。
けれど、足が動かない。
怖かった。
認めたくなかった。
「……ねえ」
声が震える。
「なんで……」
涼架は何も言わない。
「なんで……もっと早く来てくれなかったの……?」
その言葉が口から出た瞬間、 元気自身が一番驚いた。
目の前の青年を責めたいわけじゃない。
助けてもらった。
それは分かっている。
分かっているのに。
「もっと早かったら……」
涙が落ちた。
「父さんも……母さんも……」
続きを言えなかった。
言葉にしてしまったら、本当に二人が帰ってこないような気がした。
「……もう、戻ってこないの?」
涼架は答えなかった。
答えられなかった。
元気はその場にしゃがみ込む。
「俺……何もできなかった……」
手が震える。
「ずっと……怖くて……」
「助けてって……言うことしかできなかった」
握った拳に力が入る。
「なのに……」
涙が止まらない。
「なんで俺だけ……」
生きているんだ。
その言葉だけは、口にできなかった。
涼架はしばらく元気を見ていた。
そして、静かに視線を逸らした。
「……お前のせいじゃない」
元気が顔を上げる。
「でも……」
「君が何をしても、あの二人を助けられたとは限らない」
「それに…」
涼架は倒れた妖を見る。
「僕が来るのが遅かったのも事実だ」
元気が目を見開いた。
「……怒っていいよ」
「……え?」
「助けてもらったからって、感謝しなきゃいけないわけじゃない」
涼架は淡々と言った。
「今は、悲しんでいい」
その言葉を聞いた瞬間。
元気の中で張り詰めていたものが切れた。
「……うっ……」
声を押し殺そうとしても、止まらなかった。
涼架は何も言わず、その場に立っていた。
やがて、 少しだけ落ち着いた元気が涙で濡れた顔を上げる。
「……さっきの」
「何?」
「妖を倒したやつ……」
涼架が振り返る。
「すごかった」
「……そう」
「俺も……」
元気は一度、言葉を止めた。
「俺も、あんなふうになれる?」
「無理」
即答だった。
「……なんで?」
「面倒だから教えない」
「そこは教えてよ……」
ほんの少しだけ。
元気の声に、いつもの調子が戻った。
涼架はため息をつく。
「家に帰りなよ」
その言葉に 元気は黙った。
ゆっくりと、後ろを見る。
そこには 父と母がいた。
けれど、 もう自分を迎えてくれる二人はいない。
帰る場所は、 もうない。
「……帰れない」
小さな声だった。
「ねぇ、俺は元気。あなたの名前教えてよ」
「……涼架」
「あと、埋めるの手伝って」
「嫌だ」
「だって、涼ちゃんだってこのままにするのは良くないってわかってるでしょ」
「はぁ?なんで俺がンなこと…しかも涼ちゃんって…」
「いいから。埋めてあげなきゃ」
「あ゛ぁ〜面倒くせぇな……お前、適当な岩見つけてこい。墓石にするから。それ以外はやってやる」
「さすが涼ちゃん!見つけたら呼ぶねっ」
そう言って元気は走っていった。
「……チッ…めんどくさ」
涼架はそう言って地面に手をかざし、瞬時に大人二人が余裕で入るくらいの大きな穴を空けた。
「一緒に入れてやったほうがいいだろ…」
そこから涼架は服が血で汚れるのも構わずに大人二人を優しく抱えて寝かせた。
「りょーちゃぁーーん!岩見つけたよー」
「うるさっ…どんな声量してんだよ」
そう言って、涼架は元気のもとへ飛んだ。
「どう?涼ちゃん。結構いい岩じゃない?」
「でかっ…まぁいいや」
涼架は大きな岩を浮かせて、元気を抱えた。
「舌、噛むなよ」
そして足にぐっと力を入れた。
「えっ…ちょっま…」
ビュンッ
目を開けるとすぐに元いたところに戻ってきていた。
岩も一緒に。
「はぇ…」
元気は心ここにあらずな顔をしていた。
それを横目に涼架は岩を墓石に加工していた。
まるで豆腐を切るかのように岩を切断し、だんだんと墓石ができてきた。
「まぁ、初めてにしては上出来なんじゃねぇの…」
いつの間にか立派な墓石が出来ていた。
「おい、お前。両親の顔見とかなくていいのか?土掛けるぞ」
「はぇっ!見るっ!!」
元気の両親の顔は満足したような、安らかな顔だった。
「見納めたか?埋めるぞ」
「…うん」
涼架は優しく土をかけていった。
そして最後には墓石を上に置いた。
「涼ちゃん…ありがと」
完成した墓を見た元気が言った。
「…別に」
二人は墓の前にしゃがんで手を合わせた。
しばらくして涼架が立ち上がり、歩き出した。
元気も立ち上がる。
そして、涼架の後ろを歩き始めた。
「……おい」
「なに?」
「ついてくるな」
「嫌」
涼架が振り返る。
「お前、俺についてきてどうすんの」
元気は少し考えた。
「……分かんない」
「じゃあ、帰りなよ」
「だから、帰れないの」
涼架は黙った。
元気は涼架を見上げる。
「……一人になるの、嫌だ」
その一言に、 涼架は何も返せなかった。
少しの沈黙が流れる。
やがて涼架は、前を向いた。
「……勝手にすれば」
元気は歩く。
涼架の少し後ろを。
何も分からないまま。
両親を失った現実から逃げるように。
それでも、 自分を助けてくれたこの青年の背中だけを頼りに。
⸻
その日から。
元気は涼架のそばにいるようになった。
最初、 涼架は嫌がっていた。
「今日は来るな」
「なんで?」
「危ないから」
「じゃあ涼ちゃんが守って」
「ね?」
「……勝手にしなよ」
そんなやり取りを 何度も繰り返した。
やがて 涼架は元気を追い払わなくなった。
そしてある日 元気が聞いた。
「涼ちゃんって、人間じゃないんでしょ?」
涼架の足が止まる。
「……誰から聞いたの」
「なんとなく分かったんだ」
「何が?」
「涼ちゃんから人間じゃない匂いがするから」
涼架はしばらく黙った。
そして。
「……そうだよ」
元気を見る。
「俺、妖なの」
元気は 少し考えた。
「そっか」
「怖くないの?」
「なんで?」
「妖だよ」
「でも、俺を助けてくれた。 だったらいいじゃん」
「妖とか人間とか関係ないし」
あまりにも簡単な答えだった。
涼架は目を伏せる。
「ねぇ、ちょっと見せてよ。ほんとの姿」
「ちょっとだけな」
「やった!」
次の瞬間、涼架は妖狐となり、その背には九本の尾が揺れていた。
「きれい…」
「しっぽと耳さわっていい?」
「ちょっとだけな」
「わぁ…ふわふわ。これに包まれて寝たい。耳もふわふわぁ!」
「くすぐったぁい!終了!おわり!」
涼架は元の姿に戻った。
「ちぇ…」
「もう絶対元気の前では九尾になってやんないから!」
「えぇ…つまんない」
「……変な子」
「涼ちゃんに言われたくない」
涼架が ほんの少し笑った。
それから 元気との距離は少しずつ縮まっていった。
⸻
それからというもの、元気は 涼架の強さに憧れるようになった。
「涼ちゃんみたいに俺も強くなりたい」
「なんで?」
元気は拳を握った。
「人を守れるようになりたい」
涼架は黙った。
「俺の父さんと母さんは俺を守ってくれた」
「涼ちゃんも見ず知らずの俺を助けてくれた」
「今度は俺が、誰かを守れるようになりたい」
涼架は しばらく元気を見つめた。
「……分かった」
それが 二人の鍛錬の始まりだった。
⸻
「そもそも、俺と元気では種族が違う。だから、こんなふうに高火力の力は簡単には使えない」
「じゃあ、なんにもできないじゃん」
「早まるな。段階っていうものがあるでしょ」
「元気には陰陽師の才能がある。だから、陰陽師の戦い方を教えてやる」
「陰陽師の!!」
元気の眼はキラキラと光っていた。
「わかりやす….」
それから、元気はたくさんの術を覚えた。
基礎の術、応用の術、自分で術を生み出すこともあった。
また、 札の使い方、作り方。
妖気、気配の感じ方。
結界の張り方 も覚えた。
そして 自分の力を制御する方法。
涼架は厳しかった。
「遅い」
「待ってよ!」
「妖は待ってくれない」
「分かってる!」
「じゃあもう一回」
「……はい!」
何度も失敗した。
それでも 元気は諦めなかった。
元気は、少しずつ。
少しずつ、 強くなっていった。
そして、 元気には どうしても知りたいことがあった。
「涼ちゃん」
「ん?」
「妖には、妖の界隈があるんだよね」
「あるよ」
「どんな感じなの?」
涼架は少し困った顔をした。
「君には関係ないよ」
「でも知りたい」
「なんで?」
元気は笑った。
「涼ちゃんと同じものを見たいから」
涼架が 一瞬だけ黙った。
「……同じもの?」
「うん。涼ちゃんと同じ世界を共有したいんだ。涼ちゃんを独りぼっちにしたくない」
元気はいつも持ち歩いている両親の形見の時計を取り出した。
「この時計に、涼ちゃんの力を入れられない?」
「……え?」
「俺にも、涼ちゃんと同じ世界が見えるように」
涼架は時計を受け取った。
「……無茶言うなぁ」
「できない?」
「できるけど…」
「じゃあお願い」
涼架は時計を見る。
そして。
「……分かった」
指先を文字盤に当てた。
淡い金色の光が 時計の中へ流れ込んでいく。
「これで、少しは君にも見えるようになる」
「本当?」
「ただし」
涼架は元気を見る。
「俺と同じにはならないよ」
「それでもいい」
元気は時計を受け取った。
「ありがとう、涼ちゃん」
「……どういたしまして」
その時計が、 やがて 大森家に代々受け継がれることになる。
そして何百年もの時を経て、 元貴の手に渡ってきたのだ。
元貴はそれを見て、手の中の時計を握りしめた。
⸻
「ねぇ、金色九尾さーん」
「バッカ、その名前で呼ぶなよ…ほらっ!妖が寄ってきたじゃんかぁ」
「呼び寄せるために呼んでるの」
「ねぇ!変身してよっ」
「めんどくさいから嫌だ。片付けといてね。俺は逃げるから」
「ちぇ、逃げられた」
こんなくだらないやり取りをしながら二人は四六時中 一緒にいた。
元気が鍛錬をすれば 涼架は横で見ている。
元気が本を読めば 涼架も隣で別の本を読む。
元気が鍛錬を疲れ切った状態で続けようものなら 「休めば?」 と言う。
元気はたまに頑張りすぎて体調を崩す。
その時は決まってこんな会話がされる。
「涼ちゃん、止めてよぉ」
「元気が勝手に頑張るから」
「涼ちゃんが鍛えろって言ったんじゃん」
「そうだっけ?」
「言った!」
「いいから寝とけ。鍛錬バカ」
「あー、話そらしたぁ」
「さっさと寝ろって言ってんだよ!」
そんな時間が 何年も続いた。
そして、 元気は 村の人々を守れるほどの陰陽師になっていった。
小さな村だった場所は 少しずつ大きくなっていった。
人が集まり。
家が増え。
陰陽師を志す者も増えた。
その中心に 赤い瞳の元気がいた。
それが 後の大森家の始まりだった。
⸻
やがて 元気は結婚した。
子どもも五人生まれた。
赤い瞳を持つ子も一人いた。
けれど、 元気は 赤眼だから偉いとは一度も言わなかった。
「やりたいことをやればいい」
それが元気の考えだった。
「陰陽師になりたいならなればいい」
「薬師になりたいなら、それでもいい」
「農業をしたいなら、畑を耕せばいい」
「商売をしたいなら、商売をすればいい」
「何を学ぶかは自分で決めなさい」
子どもたちは それぞれ違う道を選んだ。
陰陽師になった子。
薬学を学んだ子。
医療の道へ進んだ子。
農業を選んだ子。
商いを始めた子。
性格もやる事もバラバラだったが、五人とも 同じように愛された。
涼架も その家族の中へ自然に入っていった。
「涼ちゃん、また来たの?」
「暇だったから」
「この薬草、知ってる?」
「知ってるよ」
「じゃあ教えて」
「いいよ」
涼架は 薬学を学ぶ子どもと一緒に薬草を学び。
農業をする子と土や作物について話し。
商売をする子から人間の商いを教わった。
そうして。
涼架の知識は どんどん増えていった。
医学。
薬学。
農業。
商業。
陰陽道。
人間の世界で生きるために必要なことを 涼架は少しずつ覚えていった。
⸻
そして 何十年もの時間が過ぎた。
元気の髪には白いものが混じり。
顔には皺が増えた。
それでも純真無垢な 赤い瞳だけは 昔と変わらなかった。
涼架は 何も変わらない。
いや、少し性格が丸くなったかもしれない。
「……涼ちゃん」
「ん?」
元気が縁側から外を見る。
「俺、もう長くないな。 お前は相変わらずで何よりだよ。やっぱ ずるいなぁ不老不死」
元気が笑う。
「でも」
少し間を置いて。
「俺は、十分幸せだった」
涼架は黙っている。
「家族もできた」
「村も大きくなった」
「それに…お前にも会えた」
「…恥ずかしいこと言ってくれるじゃん」
「へへっ」
元気は 最後まで笑っていた。
「だから涼ちゃん」
「……なに」
「お前も」
一度、息を吸う。
「好きに生きろよ」
涼架の目が揺れる。
「誰かに決められた生き方じゃなくていい」
「涼ちゃんが、涼ちゃんの生きたいように生きればいい」
涼架は 何も言えなかった。
元気は 最後に笑った。
「……俺の親友なんだから」
そして 静かに目を閉じた。
「元気…ありがとうね」
涼架はそう言って優しく頭を撫でた。
まるで少年を褒めるときのように。
⸻
元気が亡くなったあと。
涼架は しばらく大森家を遠くから見ていた。
元気の子どもたち。
その子どもたち。
さらにその子どもたち。
大森家は 少しずつ大きくなっていった。
陰陽師も増えた。
力の強い者も増えた。
そして いつしか。
元気が大切にしていたものが 少しずつ変わっていった。
「強い者こそ、大森家に必要だ」
そんな考えが 少しずつ広がっていく。
赤眼の者が 特別扱いされるようになる。
力の弱い者が 肩身の狭い思いをするようになる。
元気が生きていた頃には 存在しなかった考え。
涼架は それを見ていた。
そして 胸の奥に 小さな痛みを覚えた。
「……元気」
返事はない。
ただ、 あの言葉だけが 何度も蘇る。
――好きに生きろ。
涼架は、 その言葉を胸に 長い長い時間を生きていくことになる。
⸻
元貴は そのすべてを見ていた。
両親を失った少年。
涼架と出会った少年。
鍛錬を重ねた少年。
家族を作った男。
そして 大森家の始まりとなった男。
元貴は 何度も元気の顔を見た。
自分と同じ顔。
自分と同じ赤い瞳。
「……本当に、僕にそっくりだ」
元貴は呟く。
けれど 自分と元気を繋いでいるのは 顔だけではない。
この赤い瞳も。
この血も。
すべて この遠い過去から繋がっていた。
⸻
そのとき、 手の中の時計が。
――カチッ。
動いた。
「……え?」
針が ゆっくり進み始める。
「待って」
元貴が時計を握る。
「まだ……!」
視界が白く染まっていく。
最後に見えたのは。
若い頃の元気と その隣で笑う涼架。
そして 元気が大切そうに持っている 時計。
自分の手の中にあるものと まったく同じ時計だった。
元貴は 最後にそれを見つめた。
そして、 世界が 白く弾けた。
コメント
1件
いやぁ…めちゃくちゃ良かったです。元気と涼架の出会いから別れまで、一気に引き込まれました。特に「涼ちゃんと同じ世界を共有したい」って元気が言ったところ、グッときましたね。あと、涼架が「怒っていいよ」って言ったシーンも印象的。ああいう優しさ、沁みます。元気の一生が大森家の始まりで、それが今の元貴に繋がってると思うと感慨深いです。続き、めっちゃ気になります!