テラーノベル
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「それでも朝は、君と」
窓の外から、朝の光がうっすら差し込んでいた。
カーテンの隙間から入り込む柔らかな光は、まるで「まだここにいていいよ」と囁くようなあたたかさだった。
ジェルは、薄く目を開けた。
頭が重い。身体も痛い。
特に腕。傷跡がじんじんとする。
けれど
視界のすぐそばにあったのは、さとみの後ろ姿だった。
キッチンに立って、音を立てないように気を使いながらお湯を沸かしている。 少し寝癖のついた髪。 淡い色のTシャツ。 静かな背中。
それだけで、ジェルの目から、また少し涙がこぼれそうになる。
“まだここにいてくれるんやな……”
声には出せなかったけど、心の奥で、確かにそう思った。
「……起きてる?」
さとみが気づいたようにこちらを向いた。
いつもの調子じゃない、少しだけ静かな声。
けれど、とても優しい目をしていた。
ジェルはうなずいた。ほんのわずかに。
「おはよう」
「……うん」
かすれた声でも、返事をできたことに、少しだけ自分で驚いた。 昨日は何もできなかった。 泣いて、怒って、自分を壊して、何も残らなかった夜。
でも今朝は、呼吸をしている。
そして、あの人がそばにいる。
「お湯、わかしてる。温かいスープなら飲めそう?」
ジェルは少しだけ迷って、またうなずいた。
それだけの会話が、なんだかとても大きな進歩に思えた。
やがてさとみは、カップに注いだスープを持って、ベッドの横にしゃがみ込んだ。
口に運ばせようとはしない。ただ置いて、
「飲めそうならゆっくりね」とだけ言った。
「……昨日、また……迷惑かけた」
ぽつりとジェルが呟く。
「ん。まぁ、まあまあ派手だったね」
さとみはそう言って、ふっと笑った。
「……ごめんな」
「ジェル、昨日俺が怒った?」
「……怒ってない」
「帰れって言ってたけど、俺帰った?」
「……帰ってない」
「じゃあ、“昨日のお前”も、俺にとっては大事なジェルだったんだよ」
その言葉に、ジェルの喉が詰まった。
息が苦しくなるくらい、優しかった。
「ほんまに……いいん? こんな俺……」
「いいもなにも、好きなんだから仕方ない」
さとみはそれだけを言って、カップを手に取り、飲みやすいようにスプーンでかき混ぜてから差し出した。
ジェルは、震える手で受け取った。
ぎこちなく、一口だけ。
「……あったかい」
「だろ?」
たった一口のスープに、涙がにじんだ。
「……でもまた、昨日みたいになるかもしれん」
「なってもいいよ。何度でも、俺がそばにいる」
「……全部、受け止めてくれるん?」
「ぜんぶ。俺の胸、大きいから」
ジェルは、鼻をすすって、微笑んだ。
弱々しくても、ちゃんと「笑顔」だった。
そして、ベッドの上でふたりは並んで座る。
テレビもスマホもつけない。
ただ静かに、何度目かの朝を一緒に過ごす。
傷はまだ癒えていない。
心の中のイライラも、嫌悪感も、完全には消えない。
でも――それでも朝は来てくれた。
そしてその朝に、君がいた。
だから、生きててよかった。
少しだけ、そう思えた。
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