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白山小梅
12
#借金
1,754
その表情を見た春香はドキッとした。安堵の中にどこか辛さを抱えたような、複雑な視線を春香に投げかけている。
「でも……あなたが無事で本当に良かったです」
本当に心配してくれていたんだーー瑠維の言葉を聞いて、心から申し訳なくなる。
「こちらこそ……助けてくれてありがとう。言い方はおかしいけど、瑠維くんが私のメッセージを疑ってくれなかったら、今頃どうなっていたかわからないもの」
すると瑠維は小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫です。あなたのことは大体わかるので……二年間、池田先輩越しに見ていましたからね」
「……ほとんど話してないのに?」
「その分、観察してましたから」
「えっ、そうなの⁈ ちょっと恥ずかしいんだけど」
「大丈夫です。春香さんはわかりやすいくらい、そのままなので。心の声がダダ漏れですからね」
「……けなされてる?」
「褒めてます。そんなあなただから安心出来るので」
瑠維の手が遠慮がちに伸びてきて、春香の髪に触れる。先ほど町村にも同じことをされかけたのに、その時とは全く違う感情が湧いてくるのを感じた。
春香はふっと目を伏せた。なんて温かいんだろう。この数日間、安心して過ごせたのは彼がいてくれたからだ。
この手は怖いものから私を守ってくれる。そう信じられる。
「春香さん?」
声をかけられ、ハッと我に返って目を開けると、瑠維が心配そうにこちらを見つめていた。その途端、瑠維の視線に捕らえらた体が熱くなるのを感じる。
それを悟られないように慌てて顔を背けた。
「あっ、ご、ごめんね。ちょっとボーっとしてた」
「大丈夫ですか? きっとまだいろいろ思い出して辛いこともあると思いますが、僕に何か出来ることがあれば言ってくださいね」
「うん、ありがとう」
瑠維が頷いたのと同時に、浴室から風呂が沸いたことを知らせる音楽が聞こえてきた。
「良かったら先にお風呂に入ってください」
「そんな、悪いよ。ほら、使った食器を洗うし……」
「これくらい、僕がやりますから、春香さんはゆっくりお風呂に入ってきてください」
瑠維に背中を押され浴室に入っていく。
「この隣の寝室にキャリーバッグを運んであるので、自由に使ってください。一応新しい歯ブラシとタオルを洗面台に置いておきました」
「えっ、寝室?」
「僕は書斎に布団を敷いて寝るので、安心して使ってください」
「えっ、そんな……。あの、私はソファを貸してもらえたらそれで大丈夫だよ。私のことは気にせず寝室使って……」
「その話は後でいいですから、とりあえずお風呂に入ってください。いいですか、ゆっくり温まるんですよ」
ごねる春香を脱衣所に押し込むと、瑠維は勢いよくドアを閉めた。
急に一人残された春香は、どうしたものかと首を傾げた。
とりあえず下着とパジャマを持ってこようーーそう思ってドアを開けると、リビングへのドアは閉められていた。
きっと春香が気を遣わずに寝室と浴室を行き来出来るような環境を作ってくれたのかもしれない。心の中で瑠維に感謝をしながら、隣の寝室へと入っていく。
そういえばこの家には何度も出入りをしているのに、寝室に入ったのは初めてだった。
寝室はやはりどこか聖域のような印象があり、恋人でもない自分が踏み込んではいけない場所だと認識していた。だからいざ中へ入ると、どこか緊張してしまう。
電気のスイッチを入れ、部屋を見渡す。カーテン、ベッド、枕、布団、全てが紺色で統一されていた。
瑠維くんらしいかもーー思わずクスッと笑う。それからベッドのサイズがダブルであることに気付いた。背が高いから、ダブルの方が寝やすいのかもしれない。
シンプルな中にも彼らしさが詰まっている部屋。そう思った瞬間、急に緊張感が走る。心臓の音が早くなり、体の奥がキュンと熱くなるような感覚に陥る。
一体どうしたんだろう? さっきからずっとおかしな感情が湧き起こる。それは甘い棘のような、心を疼かせるのだった。
生活感のある瑠維の一面に触れたことで、彼を男性として意識してしまったのかもしれない。
でも瑠維くんは私なんかじゃ釣り合わないくらいカッコいい。あの頃はよくわからなかったけど、今は洗練されて、俗に言うイケメンの部類に入るに違いない。
つい博之の後輩という枠組みの中でしか見ていなかったことに、今更ながら現実を見たような気になる。
恋愛関連はずっとご無沙汰だったから鈍くなっているみたい。
そんな彼が普段寝ているベッドに私が寝るなんて……いやいや、やっぱりダメよ。彼の匂いが染みついた布団に入るなんてーー何故か裸で布団に入って寝息をたてる瑠維を想像してしまい、頭を大きく横に振る。心拍数が上がって逆に眠れなくなりそだ。
春香はつい想像してしまった妄想を追い出すように手を振った。何を考えてるの⁈ そんなことあるわけないから! キャリーバッグの中から必要な物を取り出しながら煩悩を追い払う。
それから急いで脱衣所に戻った春香は、脱いだ服をとりあえず畳み、浴室に飛び込んだ。
シャワーの栓をひねり、お湯を出す。頭からシャワーを浴びると、少し冷静になれた。
私ったら何を一人で勝手にジタバタしているのかしら。瑠維くんと私に何かあるとでも思ってる? そんなことあるわけないじゃない。ただの先輩後輩の間柄なのに、変に期待したり意識している自分が恥ずかしくなる。
高校の時の恋が、未だにトラウマになっているのは確かだった。どんなに想っていても、相手の気持ちが自分に向かなければ、それはただの片思い。彼を好きだったことはいい思い出だけど、やはり報われたいと願ってしまう。
瑠維くんはすごくいい人。人を好きになるのに時間がかかるとは言っていたけど、きっと好きな人にはめいっぱい愛情を注ぐに違いない。
この数日間、彼の優しさに触れてきたからこそ、そんなふうに愛される人が少しだけ羨ましいと思った。
どんなに心から追い出そうとしても、その感情を完全に否定することが出来ない自分に気付いていた。
私、少しずつ瑠維くんに惹かれているーー? ずっと優しく親身になって接してくれていたから、もしかしたらそう思い込んでいるだけかもしれない。
勘違いして傷付くことになったら怖いな……だって私は恋愛向きじゃない気がするから。年齢のせいもあるかもしれないけど、拒絶されることを怖がってしまう自分がいた。
若い頃のような勢いのある恋愛には飛び込めなくて、告白されたから付き合うような"フラれる心配がより少ない"安全な恋を選んでしまいがちだった。
瑠維くんはすごく魅力的だけど、好きになったら傷付く可能性が高い。それなら触らぬ神に祟りなしと言うじゃない。この気持ちには封印をして、早く新しい住まいを探さなければーー。
外に出たら、もう一度寝室を使うことは丁重にお断りしよう。シャワーを止め、春香は大きく頷いた。
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