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湊の顔色は土気色をしており、瞼を閉じたまま、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。言葉をかけても反応する様子はまるでなく、ちゃんと意識があるのかどうかすらも判らないような状態だった。明らかにその症状は悪化しており、陽葵曰く、虹色ラムネすら飲ませることが難しいという。
「これは……ひどい……」
そんな湊の様子に、潮見も眉を寄せて呟いた。
真帆さんは湊の眠るベッドに寄ると腰を屈め、湊の額に右手をのせてから、小さく呪文の言葉を口にした。何を言っているのか解らない、あの謎の言葉だ。その言葉に呼応するように、真帆さんの右手が一瞬、淡い光に包まれた。
それから真帆さんは小さくため息を吐いてから、「陽葵さん」と後ろを振り向く。
「お訊ねしたいことがあるのですが」
陽葵は「え、あ、はい」と真帆さんに顔を向けた。
「ミナトさん、旅行に行ったりとか、遠方に出かけたりとか、その度に体調を崩したりすることがありませんでしたか?」
すると陽葵は「あ、はい」と頷き、
「昔から、いつもそうでした。家族で果物狩りに行ったりとか、動物園に行ったりとか、どこか町の外に遊びに行くたびに体調を崩して、すぐに家に帰ってました。それに昨年、東亰まで旅行に行った時には、ホテルでぐったりして、夜に救急外来に行ったりとか――」
「え、そうなのか?」
僕が驚いて訊ねると、陽葵は大きく頷いて、
「う、うん。だからあの時も、翌日には予定を変更して、すぐに帰ることになったの」
そんなことがあったなんて、僕も知らなかった。
確かに予定より一日早く帰ってきたのは何となく覚えているけど、帰ってきた翌日に湊と会ったときにはそんな様子は全くなく、いつもの元気な姿だったような覚えがある。
というより、僕のよく知る湊はいつも元気で、活発で、今回みたいに体調を崩している姿なんて、ほとんど見たことがなかったはずだ。
真帆さんは陽葵の返答に「やはり、そうですか……」と顎に手をやり、
「たぶんですが、ミナトさんは生まれつき、地力との結びつきが強いのだと思います。今もどんどん、ミナトさんの身体から魔力が流れ出しているようですから……」
そんな真帆さんの言葉に、すかさず潮見が口を開く。
「それ、どういうこと? 魔力の穴は昨日、確かにちゃんと塞いだでしょ? ってことは、逆に体力が戻らないとおかしいじゃない! 現にうちのパパだって、ちゃんと回復したんだしさ!」
確かにその通りだ。少なくとも僕の見る限り、これまでゾンビみたいにフラフラとうちの店の前を歩いていた人たちの大半が、日常を取り戻しつつあるようだった。それはつまり、魔力の穴を塞いだことによって、間違いなくこの地に魔力が戻りつつある、ということになるんじゃないだろうか。
「それに、無気力症候群が話題になり始めたのって、五月末あたりからだったはずだろ?」
僕は確かめるように言って、真帆さんに顔を向ける。
「ミナトが体調を崩したのって、たった三日くらい前のことじゃないか。地力との結びつきが強いって言うんなら、いの一番にミナトが無気力症候群になりそうなもんだろ? なんで今さらになって無気力症候群に? それに、魔力の穴を塞いだのに、なんでむしろ悪化してるんだよ」
それに対して、真帆さんは「そうですね」ともう一度、湊を一瞥してから、
「――恐らくですが、魔力の穴がもう一カ所、この近くにできてしまったのではないかと思います」
「できてしまったって、どういうこと?」
と、陽葵も眉根を寄せる。
「確証はありませんが、ここ数日の間に、この近辺に設置されていた要石を誰かが破壊してしまった、ということです。そのせいでミナトくんと繋がっていた地力が、大量に流れ出してしまったのではないかと」
「それって、つまりどういうこと? 町の皆の魔力は戻ってるのに、なんでミナトだけ? 同じ魔力なんじゃないの?」
「ひと口に魔力と言っても、実際には様々な形があるの。私たち魔女も、その魔力との結びつきによって、得手不得手となる魔法がある」
答えたのは、潮見だった。潮見は爪を噛みながら、
「その中のひとつの形が、たまたまミナトと強く結びついていたのよ」
「つまり、今度はその形の魔力がどこかに流れ出している――そういうこと?」
僕が訊ねると、真帆さんは「そうです」と頷いた。
「たまたま、運悪く、と言って良いでしょう。けれど、一刻も早く、その新たな穴を塞がないといけません。そうでなければ、ミナトくんの体調はいつまで経っても戻りません」
「そ、そんな――」
息を飲む陽葵に、真帆さんは安心させるように微笑みを浮かべ、そして陽葵の肩に手をのせてから
「けれど、どうか安心してください。この町に魔力が戻りつつある以上、その穴は比較的小さく、そしてすぐ近くにあるはずです。あっという間に見つけることができると思います」
「……本当に? 信じても大丈夫ですか?」
不安げに訊ねる陽葵に、真帆さんは軽く右拳を握りながら、
「大丈夫です! 私を信じてください!」
にっこりと、微笑んだのだった。