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「随分といい身体してたからつい……。元運動部とかか?」
「…………高校まで水泳を少々」
「へえ、どーりで。ん? でもそのワリには、白くね?」
「室内プールでしたので」
「ああ、なーる……」
『少々』でそこまでアスリートな身体つきになるのだろうか。
オレもそーゆーのやった方がいいのか、と功基が自身の腕と遊んでいるうちに、台所に下がっていた邦和がお盆と皿を手に現れた。
「凝ったモノは出来ませんで……申し訳ありません」
炊きたての白米に、小松菜と油揚げの味噌汁。中央に置かれた大皿には、百グラム九十八円の豚こまが玉ねぎと共に、立派な生姜焼きに化けている。
「……十分すぎだろ」
ほかほかご飯。出来立てご飯。出来合いのパック飯ではなく、こうした家飯はいつぶりだろう。
感動に肩が震える。渡された箸をありがたく頂戴して、邦和に促されるまま両手を合わせて頭を下げた。
「いただきます」
美味かった。生姜はチューブのモノだろうし、味噌だって醤油だって、スーパーで一番安いお得品だ。
それでも、美味かった。邦和の味覚は功基と通ずるものがあるのだろうと思うほどに、好みの味付けだった。
うまいうまいと何度か箸を動かして、功基ははたと気がついた。
邦和は横で眩しい物でも見るように目を細めて眺めているだけで、彼の前に食事はない。
「お前のは?」
「主人と共に食事を取るのは、失礼にあたりますので」
困ったように告げる邦和に、功基はムッと口を尖らせる。
「ひとりで食ってるほうが気になるわ。それ、禁止な。こうやってオレに飯を食わせたいんなら、お前も一緒に食え」
「ですが……」
「じゃないとオレも食わない。どうせまだ残ってんだろ? お前が持ってこないなら、オレが持ってくる」
「わかりました。功基さんは、そのままで」
立ち上がりかけた功基を宥め、足早に台所へ消えた邦和は功基の言葉通り、自身の分の食事を持って戻ってきた。
茶碗もお椀もひとつしか置いていないので、丼にご飯を入れ、その上に生姜焼きをかけている。味噌汁が入っていたのは、小さめの深皿だ。箸は以前、コンビニで貰った割り箸である。
邦和は着席すると、一度チラリと功基を見遣った。手を止めたままの功基に、覚悟を決めたらしい。
低い声で呟かれた「いただきます」と険しい顔に、功基は心中で「お前は武士か」と突っ込んだ。
食べ始めた邦和に安堵の息を吐き出して、功基も再び箸をとる。腹の虫が騒ぎ立てずにいてくれてよかった。
程なくして、ポソリと呟いたのは邦和だった。
「……つかぬことをお伺いしても?」
「ん? なんだよ」
「功基さんは、男性の身体に興味がおありなんでしょうか」
「ぶっふぉ!?」
丁度含んでいた味噌汁が妙な部分に入り、功基はゲッホゲッホと咳き込む。
信じられない程の俊敏性で用意された麦茶を受け取って、助けを求めるように流し込んでから、邦和を恨めしく見上げた。
「なんだその語弊のある言い方は」
「申し訳ありません、そこまで過剰に反応されるとは」
「するわ。ビックリだわ。え、それ本気できいてんのか?」
「先程、私の身体にご興味がおありのようでしたので」
「その『興味がある』って言い方ヤメロよな……」
とんでもない誤解だ。
「悪かったよ、ジロジロみて。そーゆーんじゃねーから、安心しろ」
「と、いいますと」
「オレ、今まで特別運動とかやってたとかじゃねーから、筋肉すくねーの。だからちょっと羨ましかったっていうか、オレも鍛えたほうがいいのかなとかと思っただけ」
ほらな、と袖を捲った功基の腕を見て、邦和は「なるほど」と頷いた。
「女性のように細いというわけでもありませんし、お気になさる程ではないかと。功基さんがどうしてもと仰るようでしたら、献立からトレーニングまでお付き合い致しますが」
「……暫くはいいわ」
「そうですか、安心致しました」
「安心?」
「功基さんはそのままで、十分魅力的ですので」
「な」
明日の天気を告げるように、自然と投げられた賛辞に功基の手が止まる。
(なんなんだよ、ホント)
執事は主人をたてるモノ。ドラマや漫画で培った知識である。
だとしたらこういった褒め言葉も、邦和にとっては『執事』として当然の『サポート』なのだろう。
ならこっちが慣れるしかないのかと、功基は嘆息しつつ頭を振る。
顔が熱い。褒められ慣れていない人間を、甘く見ないで頂きたい。
(褒められ慣れてないとか……悲しくなるわ)
「どうかされました?」
「いや、何でもねぇ」
味噌汁と共に涙を飲み込んだ功基に反し、邦和はやはり平然として、もくもくと箸を動かしている。
こっちはこんなに振り回されてるってのに。
悔しい思いが脳内を掠め、功基は八つ当たり気味に言うのだった。
「やっぱ後で、触らせろよ」
驚いたように顔を跳ね上げ、目を丸くする邦和に満足し、功基は口角を上げた。