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「ごめんなさい。先輩と飲みに行ってて」
怖い、目が合わせられない。
「俺がいないといつもそうやって遊んで歩いているのか?」
「違う、今日はたまたま……だよ」
声が震えてしまう。
「ふーん。もういい」
もういい?許してくれるの?一瞬ホッとした時だった。
「きゃぁっ!」
髪の毛を引っ張られる。
「痛いよ、優人!やめて!私が悪かったから!?」
髪の毛を引っ張られながらキッチンからリビングへ移動し、さらに奥へ連れて行かれる。ベランダの窓を開け、突き飛ばされる。
「しばらく反省してろ」
冷たい目。
私に対して負の感情しかないような表情。
「えっ!」
カーテンと窓を閉められる。もちろん窓にはカギがかかっていた。
「ごめんなさい!許して!」
窓を叩くと、もう一度優人が来て窓を開け
「近所迷惑だろ、黙れ」
そう言われ、パシンっと顔を引っ叩かれた。痛い。叩かれたところを触る。
「お前が反省したと思ったら、部屋に入れてやるよ?」
そう言われ、窓を閉められた。
「寒い……」
今は2月。ベランダで身体を抱え込むようにして丸まって座っている。
上着は帰ってきた時に脱いでしまったし、ワイシャツにスカート、ストッキング。靴などないから、ベランダに置いてあったスリッパを履いた。
「寒いよぉ……」
身体のところどころが痛い。抜かれた髪の毛、引っ叩かれた頬、捕まれた手首に痛みを感じた。
あぁ、さっきまであんなに楽しかったのに。
楽しいことをした私のせい?
時折、優人に手を出されると、自分が悪いんだという思考になってしまう。
怒らせることをした自分が悪いと。
でも――。違う。私は何も悪くない。
だからと言ってもう一回声を出したりしたら、何をされるかわからない。
気づけば優人の暴力は、半年前から始まっていた。
キッカケは、なんだっけ?
そっか。夕ご飯の品数が少ないってところから怒られて――。
「俺の方が生活費入れてるんだから、お前はお前ができる最大限の努力をしろ」と言われた。
だから優人の口に合うようなメニューを考えて、品数も多くして、食材も良い物に変えたら食費が嵩んで、それもそれで怒られた。
「できる女は、最小限の金で上手くやるんだよ?お前も努力しろよ」って言われたっけ。
それから私の給料を含めて、彼がお金を管理するようになって。
そうそう、それまでは言葉だけだったんだ。
彼のお気に入りのグラスを割ってしまった時から暴力を振るわれるようになった。
好きだったら……。私のこと好きだったら、こんな寒い中ベランダに放置なんてしないし、殴らないよね。
浮気しているかもしれないと感じた時は、少しショックだったけど、私たちの関係はもうとっくに終っていたんだ。
うずくまりながらそう考える。
寒い――。いつまでこのままなんだろう。
――…
「あれ?ねぇ、椿。これ、桜ちゃんの携帯じゃない?」
BAR、STARではそんな会話がなされていた。
「あら?そうね。画面を見ると、桜ちゃんと……男?あぁ、彼氏ね。まぁ、普通の顔してるじゃない。意外と爽やかね」
「本当?まぁ、男なんてわからないから。爽やかだって内面はどうかなんてわからないわよ」
蘭子ママがため息をつく。
「お姉ちゃんに電話して相談してくる。携帯、どうすればいいか。もうお店も閉まっちゃうし……」
<プルルルル…プルルルル…>
何回かの着信の後
<はい?>
姉が出た。
「子どもちゃん、大丈夫?」
<ああ。うん。熱も下がったし大丈夫だよ。ありがとう。桜、大丈夫そう?一人で帰った?>
「それがね、携帯を忘れて行っちゃったの。どうすればいいかと思って。お店も閉まっちゃうし……」
<えっ、そうなの?まぁ、酔ってたからね。明日、うちの職場も休みなの。STARも昼間はやってないでしょ?――…。椿、あんた届けてあげなさいよ?私、住所わかるから。確か、あんたの家とそれほど離れていなかった気がする……>
「えっ。もうこんな時間よ?行って大丈夫かしら?ていうか、家、彼氏居るんでしょ。お姉ちゃんが行ってよ!気まずいわ!」
<私は今日は無理。今度なんか奢るから。住所は今あんたの携帯に送っといた。お願いね?じゃあ、おやすみ!>
「ちょっと!」
ブチっと一方的に携帯が切れた。
「あらあら。そんなことになったのね。お店の片付けはいいから、桜ちゃんに携帯を届けてあげてちょうだい?困っているだろうし」
蘭子ママが配慮してくれ、彼女の家へ向かうことになった――。
――…。
「寒い……」
どのくらいの時間が経ったんだろう。
身体を丸めてできるだけ寒気があたらないようにしているが、無理な話だ。
今日は時計を付けるのも忘れちゃったし、携帯もたぶんカバンか上着のポケットの中だからわからない。
近所の電気もだんだん消えて行くし。
何かないかと思って、スカートのポケットに手を入れる。