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違和感は、音もなく消えていた。
それがロイド・フォージャーにとって、
何より不気味だった。
「(……連絡が来ない)」
アイツから来るはずの定時報告、
暗号回線、 確認用の符号。
どれも途絶えている。
〈IRIS〉は、規律を破るタイプじゃない。
報告を怠ることもない。
——つまり。
「(…意図的に消されたか。)」
ロイドは書斎で通信端末を閉じた。
WISEからの説明は何もない。
説明がない時点で、答えは出ている。
「(…最終通告が出たか。)」
それも、 彼女だけに。
「……」
リビングではアーニャが床に
転がりながら本を読んでいる。
「ちち〜、これむずかしいー」
「後で見る」
「うぃ。」
俺からすればいつも通りの会話、 空気。
それなのに、何を勘付いたのか。
アーニャは顔を上げた。
「……りなのおねーさん、こないね」
唐突な一言。
ロイドの視線が、一瞬だけ止まる。
「…最近は忙しいんだろう」
「…ふ〜ん」
納得していないようだ。
——だが、深追いはしない。
「(……聞かないのか?)」
ロイドはアーニャの様子を観察する。
いつもより落ち着きがない。
だが、決して騒ごうとはしない。
まるで、 もう答えを
知っているかのように。
「ちち」
「なんだ?」
「りなのおねーさん、いいひとだった」
「……」
その言葉に、ロイドは返事をしなかった。
肯定も、否定も、
それ自体が、答えだからだ。
その夜。
ロイドは、個人回線を使い、
旧知の分析官に接触した。
『確認したいことがある』
『……聞くだけなら』
短いやり取り。
『〈IRIS〉の件だ』
一拍の沈黙。
『——任務終了』
それだけ。
『理由は』
『記録上は“適性判断”』
嘘だ。
それは、
最も多く使われるごまかし。
(やはり、三つ目を選んだか)
ロイドは、目を閉じた。
彼女は、
フォージャー家を切らなかった。
そして——
自分自身を切った。
(……愚かだ)
スパイとしては。
だが。
(正しい)
人としては。
その判断を、
ロイドは否定できない。
なぜなら。
——同じ選択を、
自分もいつか、するからだ。
⸻
翌日。
ヨルが、紅茶を差し出しながら言った。
「ロイドさん、最近お疲れではありませんか?」
「そう見えますか」
「はい……少し、雰囲気が変わったような」
よく見ている。
彼女は、何も知らない。
それでも、人を気にかける。
「……気のせいです」
そう答えるしかなかった。
あの後輩のように、
守るために消える選択は、
誰にでもできるわけじゃない。
「そうですか……」
ヨルは、それ以上踏み込まない。
それが、
彼女の“強さ”だ。
⸻
夜。
ロイドは、窓の外を見る。
街の灯り。
家々の明かり。
(彼女は、どこで生きている?)
名前も知らない。
本名も。
過去も。
——最後まで、
何も知らなかった。
それでも。
(〈IRIS〉)
彼女は、
確かに“任務以上のもの”を残した。
フォージャー家は、
今日も無事だ。
アーニャは眠り、
ヨルは微笑み、
自分は父親を演じている。
それが続いているという事実が、
彼女の選択の証明だった。
「……ありがとう」
誰にも聞こえない声で、
ロイドはそう呟いた。
スパイ〈黄昏〉としてではなく、
“1人の人間”として。
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