テラーノベル
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槇村総理大臣を乗せた車は、政府専用地下トンネル・千代田ラインを新宿方面へ走っていた。目的地は自衛隊病院で、総理の同行はごく一部の閣僚にしか伝えられてはいなかった。
先導する1台の黒バイにまたがる、鳥海ひよりの姿を見て、運転席の柿崎は考えていた。
そうでもしなければ、重圧に押し潰されそうになっていたからだ。
「男勝りとはいえ、良いケツしてやがる…」
この地下トンネルは、地下鉄千代田線・京王線・中央線と同じ経路を辿りながら、立川広域防災基地と総理官邸とを繋いでいた。
川崎防災拠点から、立川広域防災基地への「東京ジェノサイド対策本部」移管は、先だっての閣僚会議の了承を得て実行された。
戦前の地下施設をそのまま再利用した地下道の存在は、100年経った現在でも機密事項とされていた。
後部席に、槇村総理大臣と久保キリカを従えて、後方からはSPを乗せた2台の車が等間隔でついてくる。
その為か、柿崎は極度の緊張を強いられていた。
時速80キロが鉄則だった。
このトンネルは一方通行で、対向車はまず有り得ない。
2キロ間隔で設けられた非常脱出口は、緊急トラブル時以外は全て施錠されていた。
立川広域防災基地の特務官、そして、内閣総理大臣しか開閉出来ない仕組みとなっていた。
槇村がボソリと言った。
「都市伝説好きにはたまらないだろうな…」
隣のキリカは、表情を変えずにフロントガラスを見つめていた。
そんなふたりの姿をバックミラーで確認しながら、柿崎はハンドルが僅かに湿っていくのを感じていた。
「桂くんとは久方ぶりだからね…うん…」
槇村は、誰に話すわけでも無く自問自答を繰り返した。
その声が静かな車内に響いている。
キリカが言った。
「大丈夫ですよ」
「うん…わかっているさ」
「皆、優秀な人材ですから」
「そっか」
キリカは、チラリとバックミラーに映る柿崎の目を見た。
柿崎は、ハンドルを握る腕の力が少しだけ緩んでいくのを感じた。
トンネル内のLED白色ランプの灯りが、黒バイの影を誇張させてゆく。
それは壁伝いに広がりながら大きくなって、ひよりの身体ごと丸呑みしては消えて、また再生を繰り返して行った。
子供の頃に、影のお化けと呼んでいた自然現象が急に恐ろしくなった。
それでもアクセルを緩めることはなく、任務を遂行する事だけに意識を集中させた。
車体後部の赤色灯も無灯火のまま、極秘のうちに東京ジェノサイドの唯一の生き証人・気象庁の桂元長官の身柄を確保しなければならなかった。
少数部隊での護送計画を推奨したのは、特捜機動隊オブザーバーになった久保キリカで、 槇村総理大臣の同行は、作戦立案当初は予定されていなかった。
「クソッタレ…」
それが、ひよりの本心だった。
少数で桂と総理大臣の護衛をしなくてはならないのだ。
出発前にキリカが放った言葉も不快だった。
「当初の予定通り、護送班の人員の変更はありません」
冷淡な口調の秘書官と、それに従順な総理大臣に もがっかりした。
排気量1200cc。
湯澤絢香の愛車を唸らせながら、ひよりの視線は非常脱出口に向けられていた。
不測の事態は常に想像しておかねばならない。
それをまざまざと思い知らされたのは、渋谷ガソリンスタンド爆発事故だった。
あの時の鷹野の悲鳴が、胸に突き刺さったままでいる。
『戻って下さい!戻って下さい!救助しないと!戻って!戻って下さい!戻ってー』
苦々しい記憶にひよりは呟いた。
「クソッタレ」
前方には、出口を示す青色のランプが点灯していた、
時刻は04:00になろうとしていた。
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