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車は駐車場へ向かうスロープを下りて行った。先導するバイクのテールライトを眺めながら槇村は、自宅の庭で一度だけやった息子とのキャッチボールを思い出していた。
青いグローブの中の白球は真新しく、 息子の隆太が投げたボールは、槇村の前でストンと落ちて転がった。
会話は無かった。
親子の親睦を深める為の見せかけの儀式を、隆太は見抜いていたのだろう、
それは、父親の生き方と重なって見えたのかもしれない。
世間体ばかりを考えて生きて来た、優柔不断で決断力に欠けた親父。
そんな人間にはなるなと、言えた身分では無いのは判っている。
しかし、いつかは息子と酒を酌み交わしたいとも願っていた。
それは、父親としての意地だった。
車のタイヤがアスファルトを滑る緩やかな響きと、ウインカーが点滅する音だけが耳に聞こえる。
街中の排気ガスの匂いが心地良いと感じたのはいつの頃からだったろう?
槇村はふと考えたが、すぐにやめた。
キリカの声で、現実世界に引き戻されてしまったからだ。
「間も無くです。専用エレベーターで向かいます」
「ああ」
桂との直々の面会を申し入れたのは槇村本人だった、
人伝や報告書などでは無く、桂木前内閣唯一の生き証人の口から、東京ジェノサイドの真実を聞きたかったのだ。
信頼できる人間は皆無に等しい状況の中で、それが得策だと考えていた。
「記者団でも連れて来ればよかったかな?」
「ご冗談を…」
「良いパフォーマンスだと思うんだけどね」
槇村は、そう言ってキリカを見た。
真一文字に結ばれた彼女のいつもの口元が、すこしだけ綻んでいた。