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「ククク、少しはマシになったかな?」
ユキの殺気に充てられたのか、シグレは刀の鯉口を切り、その刀身を抜き放つ。
“妖刀ーー村雨”
シグレの愛刀であるその刀の刀身は、シグレの水の力と呼応するかの様に常に水滴が結露していた。この水滴により、刀身は血糊や油による殺傷力低下の影響を受ける事無く、常に一定の切れ味が保たれている。
『何という威圧感……』
刀を構え、対峙する二人の特異点。氷の力と水の力。その場に居る誰もが、これから始まるであろう人知を超えた死闘の始まりを容易に想像出来た。
それは危機的本能だろうか? 誰もがその場から更に後退りする。それでも何故か立ち去る事無く、対峙する二人から目を離せないでいた。
ユキとシグレ。
まるで何人にも侵食出来ない、この世でたった二人っきりの、そんな奇妙な空間が二人の周りには出来ていた。
「四死刀、前ユキヤの持つ雪一文字。未だに使い続けていたとは……形見のつもりか? まあ、お前は昔から奴の背中ばかりを追い続けてたからな」
シグレはユキが手に持ち構える雪一文字を見て、思い耽る様に呟く。
「……死ぬ前に、再度確認しましょうかシグレ」
そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、ユキが双流葬舞の構えのまま、シグレに向かって疑問を投げ掛けた。
「何故アナタは彼等と袂を別ったのです?」
更に一呼吸置いて続ける。
「ーー“五死刀”と呼ばれたで在ろう程のアナタが」
それはこの場の空気を、更に凍り付かせるには充分過ぎる一言だった。
“――五死刀!?”
誰もがユキが放ったその一言に、驚きを隠せない。
一説では四人の特異点が、四死刀という呼称で謳われていた。それが一般的に浸透している事実。だが四死刀にユキという後継者が居た事は、一般的には全く知られていなかったのだから、他に特異点が居たとしても何ら不思議では無い。
「仲間では無かったのですか?」
追い討ちをかける様なユキの言葉に、暫し口を閉じていたシグレが冷徹な笑みを以て口を開く。
「仲間? 何を勘違いしているか知らんが、そもそも俺は奴等の仲間になったつもりは無い」
シグレは過去を振り返る様に遠い目をし、尚も続ける。
「奴等とは天下を獲るという利害が一致し、一時期行動を共にしていただけの事。奴等の生き方には賛同するが、戦を終わらせ新たな世を創るという考え方に、俺は興味が無いんだよ」
シグレのその考え方に、ユキは小馬鹿にした様にクスクスと微笑しながら口を紡ぐ。
「そうですか? 私はてっきり、狂座に怖じ気付いたのかと思っていました」
「俺が狂座に怖じ気付いているだと? ククク、随分と大口叩くじゃないか。まあお前のその性格、嫌いじゃないがな」
ユキの挑発とも云える言動。とはいえ、シグレに怒りの感情は感じられない。むしろ鼻で笑うかの様に受け流していた。
「狂座に四死刀、どっちが勝とうが誰が天下を獲ろうが俺には関係の無い事」
シグレは村雨を天に掲げ、空を仰ぐ。
「俺は俺自身の力で最強を証明する。全てを敵に回してもな。それが俺の存在意義だ!」
シグレは再びユキを見据え、村雨を突き向けた。
「何を馬鹿な事を……。やはりアナタは危険ですね。特異点は特異点のーー私の手で始末します」
ユキも再び、雪一文字をシグレへと向ける。
いよいよ特異点同士の、人知を超えた闘いの幕が切って落とされ様としていた。
「ククク、お前に俺が倒せるか? 以前ならまだしも、今の飼い猫に成り下がったお前に。それにーー」
また挑発を繰り返すシグレ。そのシグレが次に発した言葉の意味は、第三者にとって絶望と云えるものであった。
「お前は俺に、一度も勝った事が無いだろう?」
“――ユキが一度も勝てた事が無い!?”
「嘘……」
それはアミには俄には信じ難い一言。しかしユキの言っていた“最悪な事”の言葉の意味や、あのシグレの力を垣間見たら辻褄が合わない訳では無い。
「一年前、お前を敢えて生かしておいたのは、お前にはまだまだ強くなる可能性を感じたからだ。四死刀や俺をいずれ凌ぐ程のな……。そしてお前が狂座の直属を倒したと知った時、遂に此処まで昇り詰めたのかと心踊ったもんだが、期待外れだったみたいだわ。飼い猫に成り下がったおかげで人を超えし者が、人に近い存在にまで落ちぶれやがった……」
シグレが心底がっかりした様に項垂れながら一言一言、想いを口に乗せ言葉を紡ぐ。
「さっきから黙って聞いていれば、何を勝手な事を。人に近い? 結構ではないですか。昔と同じと思っていると、痛い目を見る事になりますよ」
ユキが特異能“無氷”を発動させ、回りの温度が極低温へと変わっていく。
「無氷か……。だが人に近くなった今のお前に、そんなものは無力だという事を思い知らせてやる。今のお前をこれ以上見ているのは、もう我慢ならねぇな」
“逆”八相に刀を構えたシグレの村雨から呼応するかの如く、水蒸気が溢れる様に自身の周りを包み込んでいく。
“――来る! 水刃 煉壊壁か!?”
「……はっ!」
ユキは反射的にシグレの技に備えて構えるが、不意にある事に気付く。
シグレのこの技の特性を。そして相当の距離があるとはいえ、二人の周りには多数の人だかり出来ている事に。
“――まだ逃げていなかったのか!?”
「アミ! ミオ! 私の後ろから決して動かないでください!」
ユキは背後でミオを抱き締めながら座り込んでいるアミへ、振り向く事無く声を上げる。
「え!? え……えっ?」
ユキの突然の警告に、アミは状況が掴めない。
“――間に合わないかも知れない! でも、せめて……”
ユキは辺りを見回しながらーー
「何を突っ立って見ているんですか!? 今すぐ視界からーーこの場から逃げてください!!」
力の限り叫んでいた。
「周りを気にする今のお前、やっぱり気にいらねぇな」
シグレの周りを覆う水蒸気は、幾重もの形へと形成されていく。
周りの人々にはユキが叫んだその意味も、シグレが何をしようとしているのかさえ分からない。
『…………』
ただただ魅入られたかの様に、皆その場に立ち尽くしていた。
「全員、獄彩に散れ」
大気より水を。水は刃へとーー
“水刃 煉壊壁――”
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