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第二章:半獣伝説
マリーは図書館の大きな窓際に腰を下ろし、一冊の古びた本を開いた。
表紙には金文字で「半獣伝説」とだけ書かれている。手に取ると、ページはざらりとした羊皮紙の感触で、時折、かすかな風の匂いが鼻をくすぐった。
最初の章は、遠い昔の話だった。
「人と半獣は同じ土地で暮らしていた。森の奥深く、川のほとり、草原に囲まれた村で、共に笑い、歌い、働いていた」
マリーは小さな声でつぶやく。
「ふうん、昔はそうだったのね……」
しかしページをめくると、物語は急に色を変える。
「だが、人々は半獣を恐れるようになった。ある夜、村を襲った炎の後、半獣たちは姿を消し、二度と人間の前に現れることはなかった」
マリーは眉をひそめ、ページを指でなぞる。
「悲しいお話ね……」
文章の間に、わずかに奇妙な記述が混ざっていた。
「夜になると現れる草原の向こうには、かつて愛し合った者たちの影が漂うという……」
だがマリーは気に留めず、ただ小さなため息をついた。
ページを閉じると、図書館の静けさが一層深く感じられた。
そして、遠くの窓の外に広がる庭の光と影が、何かを知っているかのように揺れていた。
マリーは再びページをめくった。
文字は淡い黒色で、時折かすれていたが、物語の力強さは変わらない。
「半獣たちは、森の奥深くで光と影の間に隠れ、月夜にだけ姿を現した……」
ページから漂う古い紙の香りと、わずかに混じる土の匂いに、マリーは思わず息を呑む。
物語はどんどん深く、悲しみと優しさが交差する世界へと彼女を誘った。
「こんな場所が……あったのね」
ふっと声を漏らすマリーの目は、文字を追うごとに輝きを増していった。
本の端の足跡は、彼女が気づかぬうちに少しずつ濃くなったようにも見えた。
それでもマリーはただ、物語の悲しみや不思議さに心を奪われていた。
やがて、ページの中に描かれた草原や夜空の描写が、あたかも目の前に広がるかのような気配を帯びる。
外の図書館の光が、彼女の肩に静かに落ちていることにも気づかない。
「もっと知りたい……」
小さな独り言が、図書館の静寂に溶けた。
そのときだった。
「マリー?」おばさん、ラピスの声だ。
「ああ、ここにいたんですね。この図書館は上から本が降ってくると危ないのであまり使わないようにしましょうね。」
マリーは少し不服そうに返事をする。「わかりましたわ。」
半獣伝説についてもっとしりたかったが、今はおばさんがいてできそうにない。マリーは諦めてラピスの後ろについて行った。
「あのね、おばさま。あそこで少し本を読んだのだけれど、少し悲しいお話だったの。」内容は伏せてマリーは話しかけた。
「あそこの図書室は妹の好みしかないからねえ」
「妹…?」マリーはすかさず尋ねる。ラピスは少し戸惑った様子を見せたが、すぐに表情を戻し、
「ここはもともと私の家じゃなくてね、マリーが生まれる前に死んでしまった、私の妹の家なのよ。」
と笑顔で答える。初めて知った事実に驚きが隠せないマリーはすこし立ち止まったが、すぐに調子を取り戻し、こう言った。
「そうなのですね。では、妹さんはなんという名で?」
何故かラピスの妹の名前が気になり、マリーは訪ねた。
するとラピスは少し間を開けて答える
「ラズリーというなでね、彼女は医療に詳しくて、動物が好きなもんだからいつも庭で動物と戯れては、怪我をしている動物を手当していましたよ。」
想像するとなんだか心が暖かくなり、「素晴らしいお方ね」とマリーは笑顔で返した。
ラピスも笑顔で答える。「さあ、そろそろ昼食の時間よ。楽しい時間になったわ。」
その夜、マリーはどうしても気になって、夕食後にそっと立ち上がった。
ラピスがお茶を片付けている間に、彼女は廊下を静かに進み、階段を上がり図書館へ向かった。
月明かりが窓から差し込み、床に長い影を落としている。心臓が少し高鳴った。
図書館の扉を押し開けると、空気がひんやりとし、紙の匂いとわずかな土の香りが混ざった。
マリーは息をひそめて棚の間を歩き、再び「半獣伝説」の本を手に取った。
ページを開くと、前に読んだ部分の続きが目に入る。 「そこに、ラズリーという美しい女性が現れた。彼女がどこから来たのか、誰も知らなかった。半獣たちも人間たちも、彼女の美しさに心を奪われ、草原の女神と呼んだ。しかし、ある日、人間と半獣の争いが起こると、半獣たちは草原の女神ラズリーを手に掛けた。」
文字は静かに輝くようで、ページから草原の風が吹き抜けるかのように感じられた。
マリーはページに目を落としながら、ひとつため息をつく。
「なんて悲しいお話……」
周囲は静かで、月の光が窓枠に影を落としているだけ。
マリーは本を抱え、夜の図書室にひとり座ったまま、物語の世界にすっかり没入していった。
だがここからさきはページが破かれ、読むことはできなかった。
「ラズリーって…まさかっ」
暗闇の納屋で足音が響く。
「えっ……!」と息を呑むと、そのときだった。
「マリー?」
低く、柔らかい声が背後から響く。ラピスおばさんだった。
慌てたマリーは本を抱えて後ずさり、思わず声を詰まらせる。
「い、いや、ここに……」
しかし言葉を続ける前に、ラピスは微笑んで言った。
「あら、夜に図書室を使うなんて、珍しいことね」
バレた!と思ったマリーは、すぐに本を閉じて廊下を駆け抜け、自室へ戻った。
そう。その夜、地下室には行けなかったのだ――
翌朝、マリーは少し寝坊して目を覚ました。
昨夜の図書室のことが頭の片隅に残り、まだ心臓が少し早く打っている。
「地下室……行きたかったけれど……今日は無理ね」
彼女は自分にそう言い聞かせ、身支度を整えながら窓の外の光に目をやった。
中庭の動物たちはいつも通りに朝の光を浴びて遊んでいる。
ラピスはいつも通りの笑顔で朝食を用意していた。
「おはよう、マリー。昨夜はよく眠れたかしら?」
マリーは少し照れくさそうに頷きながら、昨夜の図書室のことは何も言わなかった。
「はい、よく眠れましたわ」
でも、心の中では、昨夜の図書室で見た破れたページのことがまだ引っかかっている。
あのページの続き――ラズリーという美しい女性と半獣たちの物語――
その先が気になって仕方なかった。
「今日は中庭で少し遊ぼうかな」
そう思いながら、マリーは庭に向かう。
でも、心の奥には、昨夜の小さな冒険が、確かに残っていた。
そして、その日の夜 地下室に行けなかったことは、後の大きな出来事への序章となるのだった。
翌朝。
マリーは目を覚ますと同時に、昨夜のことを思い出した。
あの、破れたページ。あそこに何が書かれていたのか——続きを知りたいという思いが、胸の奥で静かに疼いていた。
朝食の席で、ラピスおばさんはいつも通り落ち着いた微笑みを浮かべていた。
「おはよう、マリー。よく眠れた?」
「……ええ。あの、おばさま。今日、図書室でまた本を読んでもいいですか?」
スプーンを皿に置いたラピスは、柔らかく笑った。
「今日はちょっと片付けがあるの。また今度にしましょうね」
それは何気ない答えのようでいて、どこか壁を作られたような響きだった。
マリーは笑顔でうなずきながらも、胸の奥で小さな疑問を育てた。
——ラピスの言動はなにかを隠しているように見える。
午後になると、来客があった。ラピスは庭でお茶を振る舞う準備を始め、マリーも花を摘んだり食器を運んだりと忙しく動き回る。
やがて、庭の木陰に腰を下ろしてひと息つくと、視線は自然と地下室の扉へと向かっていた。昨夜、行きそびれた場所。そこにはまだ、秘密が眠っている気がしてならない。
ラピスは来客と談笑しており、マリーに注意を向けてはいない。
夜。
屋敷の廊下は静まり返り、月の光が長く伸びた窓枠の影を床に落としていた。
マリーはそっと足音を忍ばせ、図書室へ向かった。だが——扉には固く鍵がかかっている。
「……鍵?」思わず呟く。
しばし迷った末、ふと視線を横に向けると、地下室への扉が目に入った。試しに取っ手をひねると、そこは無防備に開いている。
階段を降りると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
物置の棚や埃をかぶった箱が薄暗い中にぼんやりと浮かぶ——はずだった。
だが、視界がゆらりと揺れ、床板が芝生に変わり、天井は消え、漆黒の夜空が広がった。
月明かりの下、一面の草原が広がっている。
その中央に、背の高い影が立っていた。
「また来たのかい、お嬢さん」
低く響く声とともに、羊の頭を持つ紳士,ペコラがゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「昨夜は……来られなかったの」
マリーは口ごもり、それでも話しかける
「このお屋敷の図書室で、不思議な本を読んだのよ。確か…題名は『半獣伝説』」
ペコラは片方の口角を上げ、月光に銀の瞳を光らせた。
「ああ、その本を見つけてしまったんだね」
草原の風が、言葉を運ぶように静かに吹き抜けた。
その時だった。強い風がマリーの前を横切る。
「あれ…?」ここは自分の部屋だ。
「私…何をしていたのかしら」
第二章,終了