第1章 不思議な女の子
リノリウムの床に真っ白な壁、どこか懐かしさを感じる。入院の手続きを終え、今日から1ヶ月間の入院生活が始まろうとしていた(入院の手続きはぜんぶ親がやってくれたんだけど……)。
病室は2人部屋で、奥に長い間取りだった。部屋には2床のベッドがあり、その間を薄黄色のカーテンが仕切っている。部屋の角の鉢にエリカが植えられていた。
手前の空間が僕の部屋のようだ。バッグを床に置き、ベッドに寝転がった。
これから1ヶ月もここで過ごすのか…
やる事も特にないし、暇な1ヶ月になりそうだ。
そうだ、隣の人はどんな人なのだろうか。挨拶も兼ねて見に行くことにした。
ベッドから起き上がり靴を履いた。音を立てないように、そうろっと奥の部屋のカーテンの前まで足を運ぶ。
カーテンの前に立つと、心臓の波打ちが早くなる。大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、カーテンをゆっくりめくった。
カーテンをめくると、ベッドに座った女性がいた。女性はこちらを見て首を傾げる。
あ、挨拶をしないと……!
「あの……今日から隣でお世話になります。あ、大浦《おおうら》 結人《ゆいと》って言います。よ、よろしくお願いします」
初対面の人にはいつもこんな感じになってしまう。
「ん? あーー! 君が今日来るって言ってた人か。はじめまして。私、佐倉《さくら》 雛《ひな》」
見かけによらずゆる〜い感じの女の子だった。隣が怖い人でなくてほんと良かった…
「よろしくお願いします、佐倉さん」
「うん、よろしくね。ゆいとくん。あと雛でいいよ」
ゆいとくん!? 普段女の子に名前で呼ばれる機会がないから少し動揺してしまった。いや、そもそも女の子と話す機会すらないか。
「じゃあ、雛さんで…」
雛さんはニッコリと微笑んだ。
「ねえ、ゆいとくんって歳いくつなの?」
「17歳ですけど…」
「そっか〜、じゃあ私の方が年上だね」
なんと、ゆる〜い感じのお姉さんだった!!
「え、嘘だ!年いくつなんですか?」
「ゆいとくん、女性に年齢を聞くのは失礼なんだぞ。まあそれは置いといて、私いくつに見える?」
「28」
「え、嘘! そんな風にみえる?」
「冗談です。18くらいじゃないですか?」
「まあそんなところかな〜」
カーテンの向こうでコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「大浦さん、準備できました?」
看護師さんが入ってきた。
「あっ、しまった! 検査あるの忘れてた」
「いや、忘れないでしょ」
雛さんが白い歯を見せて笑った。
僕は慌てて荷物をまとめた。
部屋を出る前に、雛さんのベッドに顔を出した。
「雛さん、これからよろしくお願いします」
「うん。ゆいとくん、よろしくね」
看護師さんは僕を不思議そうな顔で見ていた。
検査が終わって部屋に戻ると、部屋の前に配膳車が止まっていた。
「あっ、大浦さん。夕食机に置いておきましたので」
「ありがとうございます」
もうそんな時間か。
「雛さん、検査やっと終わりました」
「あ、やっと帰ってきた。暇だった〜」
「あれ、雛さん。晩飯どうしたんですか?」
雛さんの机を見ると、何も置かれていなかった。今ってちょうど6時だから、まだ配膳されたばっかりじゃ?
「あー、えっと、私、ご飯は要らないって言ってるの」
「そうなんですか?」
そんなことできるのか?
「そ、そうなんだよ。そうだ、何の検査だったの?」
なんか話を逸らされた気がする…
「えっと、採血されて、変な機械に入って、後は……」
この後も他愛ないのない話が続いた。
時間が経ち、真夜中になった。
……寝れない!
部屋が真っ暗で落ち着かない。いつもは部屋を明るくしているから……かな?
「ゆいとくん、起きてる?」
カーテンの向こうから声が聞こえた。雛さんだ。まだ起きてるのか。まぁ、人のこと言えないんだけど。
「はい、起きてます」
「ありがとうね」
「え、急にどうしたんですか?」
「嬉しかったんだ、ゆいとくんが来てくれて。私、ずっとひとりだったから寂しかった。ゆいとくんが来てくれて、今日はすっごく楽しかった」
「僕もですよ、お隣さんが雛さんで良かったです。今日はとても楽しかったです」
「ゆいとくん、早く寝なよ」
「それは雛さんもでしょ」
「そうだね、んじゃおやすみ」
「はい、おやすみなさい」
こうして入院生活1日目を終えた。
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