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――その日の夜。アミは料理を作る為に腕を振るっていた。
それはとても楽しそうに。
妹が修業の旅に出ているので、こうして誰かと食事を取るのは随分久しぶりだからだ。
何かもう一人の家族が出来たような、そんな風に感じていた。
アミが作ったのは、山の幸をふんだんに使った鍋料理だ。
そろそろ冬が訪れるこの季節に、温かい鍋は身体の芯まで暖まる。
それをユキは黙々と口に運ぶ。
あまりにも表情表現が乏しいので、旨いのかまずいのか、その表情から伺う事が出来ない。
「ユキ……美味しい?」
アミは恐る恐る聞いてみる。
やっぱりここは感想は聞きたい処。
まずいならハッキリと言ってくれた方が、次は美味しく出来る様、次への励みになるからだ。
“――あの子はいつも美味しい美味しいって言ってたなぁ……”
彼女はふと、その頃の事を思い返していた。
黙々と鍋を口に運んでいたユキは、そっと箸を置く。
「旨いとかまずいとか、そんな事どうでもいいではないですか?」
おかしな事を聞くものだと思った。
食事なんていうのは、口に入って腹を満たすだけの行為。
だからこそ、彼女が何故そんな事を聞くのか、彼には分からなかったのだ。
アミはそんな彼の返答に、少し悲しそうな表情をしたが、すぐに笑顔をユキに向ける。
「そんな悲しい事言わないの」
それは決して怒ってる訳でも、なだめてる訳でも無い。
「食事は楽しんで食べないと、どんな美味しい料理も美味しくないのよ」
美味しいでもまずいでもなく――
“どうでもいい”
それはつまり、食する事の楽しみを放棄しているという事。
それは余りにも普通とはかけ離れた考え方。
彼女は別段、料理の腕に自信がある訳ではなかったが、それでも彼にその楽しみを感じて貰いたかったからこその。
「口に入り腹を満たす。それでいいではないですか?」
ただそれだけの事。ごく自然な生理的現象を、どう楽しめと言うのだろう? それがユキの出した応え。
それでもアミは優しく語り掛ける。
「私達は生きてるものを食べていかなければ生きていけないの。食べるものは全て命があるのよ。私達は命を紡いで生きている。だからこそ命への感謝の気持ちを忘れては駄目」
彼女の言葉の意味が理解出来ないかの様に、ユキは「はぁ……」と溜め息を吐く様に受け流す。
“今度は命への感謝の気持ち?”
これには更に理解に苦しんだ。
“死んだ動物は只の蛋白質の塊なだけ”
それだけの事なのに、何故そこまで? という気持ちを――
「ユキ! ちゃんと聞いてる?」
「えっ!? ああ、はい……一応……」
“どうも調子が狂う――”
その後も彼女の優しくも厳しい説教は、しばらく続いていたのは言うまでもない。
************
辺りの光も消え、静寂な闇が訪れる。
誰もが眠りにつく時間帯。
ユキは刀、雪一文字を抱き包む様に、部屋の外を眺めていた。
「まだ……寝ないの?」
奥の部屋に布団を敷いているのだが、いつまで経っても寝ようとしないユキに、アミは心配して声をかける。
「夜というのが一番危ない。寝込みを襲われたらそれまでですからね……」
実に理が適っている。
敵が何時此処に侵入してくるかは分からない。
「でもそろそろ寝ないと、身体が持たないわよ……」
「心配はいりません。時が来れば休みます」
彼女はユキを強引に布団に連れて行こうと思ったが、多分テコでも動かないつもりだろう。
何よりアミの方も睡魔が限界に来ていた。
「ちゃんと休む事、いい?」
「はい……」
返事こそしたが、布団で休むつもりはないのだろう。
アミはそれでも最後に『おやすみ』と呟いて、布団の中に潜り込んでいた。
再び訪れる静寂。
ユキは眠るつもりがないのか、ただただ座り込んでいた。
「寝る……か」
呟く微笑。
それは寝る事に何の意味があるのか――
睡魔という生理的現象?
はたまた体力回復?
その全てに意味があって、実は無駄で無意味だという事に――
ユキはこれまでの事を思い返していた。
四死刀と共に戦場を駆け抜けた日々の事を。
何の因果かこの地へ流れ着き、四死刀の不倶載天の敵“狂座”と闘う事になった事。
彼に迷いや恐れは無かった。
それがその名を受け継いだ、否この世に生まれた時から定められた宿命(さだめ)。
ふと彼はアミが語っていた“命”の事を思い出す。
“私はこれまで多くの命を奪い、今を生きている。そしてこれからも――”
戦場や闘いにおいて、奪う事を躊躇う事は、即ち死に直結する。
殺される前に殺す。生きる為に奪う。
だからこそ、ユキは彼女の言葉の意味を理解する事が出来なかったのだ。
自分が死ぬ事に恐れは無かった。
むしろ、いつ死んでもいいと――
“特異点。それはこの世に存在してはならない存在”
月明かりが照らされた静寂な闇の中、彼は一人自虐的に微笑していた。