テラーノベル
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午前十時にセットしていたアラームが鳴り出す前に、俺はあまりの眩しさに目を覚ました。どうやらカーテンを閉めずに寝てしまったようだ。部屋には強い日が射し込んでいる。
「クソッ、眠い……今何時だ?」
時間を確認すると、時刻はまだ八時過ぎ。まあ、眠いわけだ。昨夜はいつものあの店で遅くまで飲んでいたのだから。
というわけで、俺は二度寝を企んだ。
しかし、一度覚醒してしまったせいでなかなか寝付けない。
「あーもう! 起きるしかないじゃねえか!」
そう叫びながら、俺はベッドから飛び上がり、シャワールームに向かった。覚醒したとはいえ、まだ眠いのは確かだ。
だから熱いお湯を全身に浴びながら、まるで冷凍された肉を解凍するが如く、心と身体を起こしにかかった。
やらなきゃいけないことがあるんだ。しっかりと頭を回せる状態にならないと、絶対に失敗する。
失敗を恐れるなと人は言うけれど、失敗よりも成功させた方がいいに決まっている。それに、成功は失敗よりも学ぶことが多い。
それに、俺は人生の中で失敗続きだったから、それによるある程度の『学び』 はもう何度も経験してきた。失敗から学ぶことなんて限られてくる。
「ふう……なんとか大丈夫そうだな」
シャワーを浴び終え、自分のコンディションを確認したところで、俺はすぐさま椅子に座り、パソコンを立ち上げた。武田コーチから言われた言葉を思い出しながら。
『そういう馬鹿正直なところが平良くんの魅力なんじゃないかな』
そして俺はテキストを立ち上げ、文章を打ち始めた。
一体どんな内容かというと、昨日、大木に言われたことを実践するためだ。つまりは、あの保険会社から商品券をもらうため。
そして、協力者を獲得するために。
『獲得』と言ったら語弊があるかもしれない。が、しかし。それが一番適当であり適切な言葉なのだから仕方がない。
「さて、どういう内容にしようか」
ちなみに。今書いているこの文章をどこに投稿するのかと問われれば、メッセージアプリのLANEに投稿するためだと答えよう。
そして、それは決して個別ではなく、グループにだ。俺の生まれ育った地元の仲間達が属するグループに投稿した方が早い。
「まあ、無理やり考えて書いても仕方がない。感情に任せよう」
そう、感情で書く。嘘や見栄を張ったところで、どうせ見透かされるんだ。 だったら安いプライドなんか捨てて書いた方が効果があるはずだ。まあ、正直なところ、それが最適解なのかはまだ分からない。
でも、その方が成功に近付けるはずだ。
と、いうわけで。完成した文章はこんな感じだ。
『親愛なる友人の皆んなへ。お久し振りです、平良です。皆んな、元気にしてますか? 実は今回、皆んなにお願いしたいことがあって連絡しました』
書き出しとしては、まあ大丈夫かな? 後は自分を偽ることなく、感情の赴くままにに書けばいい。
『そのお願いをする前に、少しだけ話をさせてください。俺がボイストレーナーをやっているのは皆んな知ってくれていると思うけど、今回、どうしても海外まで行って、発声に関する勉強をしに行かなければいけなくなってしまいました。このURLから飛んで、ブログを読んでもらうと詳しく書いてあります』
そして俺は言葉を――文章を紡ぎ続けた。
『お願いしたいことというのは、資金繰りに協力してもらいたい、ということです。端的に言ってしまうと、保険会社の担当から話を聞くだけで五千円分の商品券がもらえるというのです。ただし、条件がありました。『実際にその人達と会って』話を聞く、というものです。これは俺自身もこれから受けようと思います。そこで、皆んなにもこのキャンペーンを受けてもらって、もらうことができたその五千円分の商品券を俺にくれませんでしょうか?』
自分で書いていて思ったけれど、これ、やっぱり恥ずかしいな。安いプライドとはいえ、それをかなぐり捨てるような内容だから、当然といえば当然か。
『お礼はいつか必ずします。ふざけたお願いであることは分かっています。重々承知しています。それに、本来であれば一人一人に会いに行き、お願いをするのが筋だと思います。それなのに、このようにグループLAINでお願いしてしまい、申し訳なく思っています。どうか、どうか、ご協力お願い致します!』
誤字がないかどうかを確かめ、グループLAINに投下した。
内容を確認して書き直そうかとも思ったが、感情と勢いで書いたこの文章を信じてみようと思った。
「ふう。結構疲れたな」
体力的にではない。精神的にだ。正直、怖いんだ。どんな反応が返ってくるのか。もしかしたら軽蔑されて終わり、なんて結末を考えてしまう。
なので俺は自分を落ち着かせるため、コーヒーを入れて煙草で一服。
「あ、そういえば」
昨日更新した告知ブログの反応、どうなっているんだろうか。
確か、以前に大阪出張を告知した時は三日間で五名の応募があった。
もしかしたら、もう既に一件くらいは申込みがあったかもしれない。
なので俺は恐る恐る申込みフォームの受信箱を開いてみた。
「は!? 嘘だろ!?」
正直、驚いた。既にもう四名から申し込みが入っているではないか。昨日の今日だぞ? なのにこの数……。ここまでの反応は初めてで、さすがに我が目を疑った。夢なんじゃないのかとも思った。
しかし、これは紛うことなき現実だ。
俺は小さくガッツポーズを取り、心の底から大きく叫んだ。
「絶対に成功させてやる!!」