戦いの火ぶたを切ったのは、茶糖家に集ったメンバーの中で最も小さなお猿、フンババであった。
いきなり一球きりの投擲(とうてき)でもぶちかまして後はゆっくりするのかと思っていたリョウコの予想は裏切られる事になる。
しっかりと一つの青柿を握りしめたまま、敵とは全然違う方向に向けて、茶畑を大きく回り込んで走って行ってしまったフンババの姿に、リョウコは呟きを漏らすのであった。
「ま、まさか、逃げちゃったのぉ~!」
フンババの足が速くて良かった、今の言葉を聞かれていたら柿の種の賞味期限表示に出てしまっていた事であろう。
『馬鹿言うな、愚か者』
とかなんとか……
フンババの行動に彼の人格、いいや猿格を疑ってしまっていたリョウコであったが、足元の葛(くず)の蔓(つる)を一気に伸ばして五メートル程浮き上がり、小さなお猿の行方を追って見たのだが、彼女はフィジカル馬鹿との汚名に耐え続けていたエテ公が持つ、圧倒的な戦闘センスに舌を巻く結果となるのであった。
敵の悪魔達の先頭を切って進んできている個体は、如何にも攻撃力が高そうなイヌ科やネコ科の肉食獣と、こちらは防御力に自信を持っているのだろう大型の草食動物たちであった。
カチンカチンなタンクと前衛火力のコラボレーションである。
お猿のフンババは彼らの真横辺りまで回り込むと急停止し、ほんの二秒ほど全ての動きを止めて悪魔達の進軍に目を凝らしていた、次の瞬間。
クワっと目を見開いたお猿は、小さな体に似合わぬワインドアップからの投擲(とうてき)を果たした、溜(た)めのない非常に滑らかな動作であった。
放たれた青柿は鋭い回転から発せられる風切り音を轟(ごう)と響かせながら、幸福寺で四桐(シキリ)家先祖代々の墓を粉砕した時と同じように、悪魔達の先頭を担うシロサイへと襲い掛かった。
このままの軌道ではシロサイの側頭部に直撃する、そうなってしまっては四桐(しきり)家の黒曜石の墓石同様、青柿共々砕け散ってしまうであろう。
やはりエテ公にはツミコの言葉は届いていなかったのだ、毛が三本足りないとか言われているしな、残念だ……
そう見る者全てが諦念(ていねん)を感じた時青柿は鋭く進行方向を変えたのだった。
フンババはジーッと自分の投げたボール、いいや青柿を見つめたままである。
角度を変えたスライダーはシロサイの顎先を掠っただけで、軌道を少しだけ変化させて、その先へと飛んで行ってしまった。
外れたか、リョウコは肩を落とした、しかし、フンババを責める気持ちは消え去るのであった、むしろ彼の事を一瞬であっても疑ってしまった自分の浅慮(せんりょ)を恥じてもいた。
なにしろフンババは、存在自体がフワッとした半透明の幽霊的な物なのだ。
しかし、次の瞬間、恥じ入るリョウコの双眸(そうぼう)は、信じられない景色を捉えたのであった。
敵の精鋭であろう前衛の猛獣と恵体(けいたい)草食獣達が、一斉に倒れ込んでしまったのである。
見るからにタフそうな白熊のロッシーは一拍遅れて足元をふらつかせた後、他の前衛たちと同じ様にドウッと大きな音を立てて地面に倒れ込むのであった。
リョウコのみならずリエとスカンダ、地蔵も同様に目を見張って思いがけぬことの顛末に言葉を失ってしまっていたのである。
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