隣であなたは笑っている。――綺麗だね、と。
わたしからすればあなたのほうがずっとずっと綺麗だ。たってのわたしのお願いであなたは――眼鏡を外した、浴衣姿で決めている。きりっとしたあなたの顔立ちに、渋い浴衣がすごく似合いで。見ているだけで癒される。
『莉子のほうが、ずっとずっと綺麗だよ』とあなたは言うけれど。
どぉん……と遠く高いところで花火が散る。命の美しさ……永遠に保てない、儚いものだからの美しさを矜持してくれている。――もとはといえば、あなたの提案だった。
『おれたち、セックスばかりで、あまり、恋人らしいことしてこなかったよなあ。せっかく入籍したんだし、子どものいないいまのうちにさ。いっぱい遊んでおこうよ……』
結婚式や、引っ越しの準備で慌ただしくはしているが――それでも、恋人らしさを優先してくれるあなたの気持ちがわたしには嬉しかった。
それにしても、結婚式って、することが盛りだくさん。招待客が決まれば、招待状の作成となるのだが――筆耕は式場のかたにお願いをした。わたしは達筆ではないので、厳しい。
そして招待状の中身を折り曲げてチェックし、ひとつひとつ丁寧に入れていく……これがなかなかにタフな仕事で。五十組くらいそれをしていれば、なんだか頭が究極に疲れてしまって。終わったらやっぱりわたしは……課長に抱かれた。
話を戻すと、わたしは課長と、花火大会に来ている。せっかくなのでと、美容室で着付けやヘアアレンジをお願いして。わたしは自分では出来ない、お団子ヘアに結わいて貰っている。課長がこれを見て目を細めた。――おれの莉子ってなんでこんなに可愛いんだろう、と。
川辺にはずらりと屋台が並んでおり、お好み焼き……たこ焼き、焼きとうもろこしなどが売られており、食欲を誘う匂いで満載だ。行列に並び、わたしたちはお腹を満たした。
それから、いよいよ、本命の花火……。
実は、せっかく関東に住んでいるのに、あまり花火大会に行ったことがなく――課長にそのことを打ち明ければ勿論、彼は、『これからも行こうね』と言ってくれた――今日は、その一環。大切なデートのうちのひとつなのである。
ひとでにぎわっているゆえに、はぐれでもしたら大変だ。どこをうろつくにも、しっかりと課長の手を握り、彼の汗ばんだ手のぬくもりを感じられる。課長に触れているとなんだか力が湧いてくる。感じたことのないパワーが。知らなかった。愛って力、なんだね。
「たーまやー」
黒い川の向こうでぱちぱちと花火が散る。ナイアガラの滝のように落とされる演出に目を見張る。……本当に、美しい。
わたしは、課長の握り締める手に力を込めた。このぬくもりを……離したくない。絶対に。
それから――いろとりどりの花火が夜空に散る。大空いっぱいに広がり、わたしたちの視覚と聴覚を、楽しませてくれる。
オレンジがかった、柳のような花火。
惑星を模した、小さな土星のような花火。
大輪を思わせる、あでやかな花火……。
花火にこんなに種類があるだなんて知らなかった。空いっぱいにひろがり、知らず、こころが弾んでいく――。
どぉん、と音が鳴るたび、ひとびとの興奮が夜空へと満ちていく。その官能的なまでの興奮は、無論、わたしにも伝わっており……。
「……綺麗だね」
「うん」
わたしが花火を見上げたまま、呟くと、あなたは、
「莉子と……こうして、並んで、花火を見られて、おれは本当に幸せだ……。莉子。これからは、毎年、花火を見に行こう。……ひとでごった返していたとしても、おれは、きみの手を離しやしない……」
わたしは、課長の肩に顔を預け、答えた。「――うん。わたしも幸せ……」
* * *
「――あん。ああん……あんっ……」
あのベッドにて、背後から挿入されると、わたしは淫らな声をあげた。ぶにぶにと乳房を揉みしだかれ、
「――ここが、莉子の、弱いところ……」
ためらいもなく、正確に、わたしを、攻める。
「ほうらびくびくいってる……」課長はわたしの首筋を舐めると、「きゅうきゅう締め付けられて、ちょっときついな……。うん。気持ちいい……」
「わたしも……」
着崩した浴衣姿で、というのがなお、煽る。……次回からはラブホとかもいいなあ。花火の見えるホテルなんかでロマンチックに愛し合ったり……してみたいな。
わたしの、ちょっと汗ばんだからだをまさぐる課長の手つき。その大きくて清潔な手が、わたしのあちこちを辿り、触られるたびに、わたしのなかで欲情が燃え広がっていく。……魔法にかけられたかのように。
課長に愛されるさなか、わたしは宇宙を見る。子どもの頃に見た情景……見たことのないはずの景色が広がる。花火を見たせいで、その晩、わたしは花火の幻想を見た。真っ黒な宇宙のなかに、燃え広がる花火の色合いが、とても美しかった。
最後は、わたしは胎児のようにからだを丸め、真正面から課長の愛情を受け止めた。――未婚の頃と違って、堂々と課長は、わたしのなかへと欲望を吐き出す。当たり前になるそのことが――嬉しくて、幸せだった。
* * *
「――ねえ課長」
「なぁに」
「わたしたちどうしてこんなに……セックス、好きなんだろうね」
「セックスじゃなくて莉子が好きだから……」なかなかわたしのなかから出て行こうとしない課長は、汗に貼りついた前髪を掻き分け、「好きだから、セックスをする。それって……愛し合っているのなら、当たり前なんじゃないかな?」
「いつか……この情愛が、消えてしまうのが、怖くって……」
わたしが正直に感情を吐露すると、課長は、「そしたらそれはそのときだよ」と微笑む。
「生涯、愛情のかたちが変わらないなんてことは、起こりえない。生きている以上はね。ずっと一緒にいる以上は……愛情は変わりうるものだとおれは思う。
でも、もし――その愛情がかたちを変えてしまっても。こうして、互いを想い合う同士。手を取り合ってやっていけば、なんとかなるんじゃないかな……?」
課長の、そういう、リアリスティックなところがわたしは大好きだったりする。並みの男であれば、『おれたちの愛情は絶対に変わらない』なんて言うはずなのに。
尤もそれを主張されたとて、わたしは、自分の両親の愛情がどう変化を遂げたのかを知っているので――答えにはならない。
両親のことを思い返せば、一緒にいたいという気持ちがあるからこそ、人間は一緒にいるのだと思う。それが、夫婦のかたち。
夫婦のかたちはひとそれぞれだけれど……わたしはわたしで、課長と、手を取り合い、うまくやっていきたいと思う。
「そうだね」とわたしは答えた。「ねえ……課長。ずっとずっとわたしのことが好き? わたしのことを一生……好きでいてくれる?」
「勿論だよ」コンマ一秒足らずの反応。「おれ……莉子以外眼中にない。生涯、莉子だけを愛しぬくと誓うよ」
「課長……。なんで課長が泣くんですか」
「いやあの。おれ……すげえ幸せだな……って思って。一時期はそう、きみのことを諦めるべきなのかと悩んだ時期もあってさ。急に思い出されちまってさ」
「じゃあ、わたしが今度は……課長のことを気持ちよくしてあげますね」
「――え。いやあの莉子。莉子ぉ……っ」
そうして、引き抜いて貪ってやれば著しく反応する。素直で従順な課長のことが、わたしは大好き。その想いを改めて感じた夜だった。
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