テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
22
雪絵の提案で私たちは3人で食事をすることになった。
フレンチではなくイタリア料理、カジュアルな料理を楽しみ、彼の気が緩んだ姿を見てみたいと言った。待ち合わせは代官山のファロ。
近江龍彦はシャツにジャケット、ジーンズで現れた。それでも決してだらしなくはなく、整然と着こなしている。ネイビーのジャケットの袖口から覗く白いシャツが清潔で、ジーンズのラインも彼のラインにぴったり合っていた。
「こんばんは。お待たせしました」
彼は私を見て微笑み、それから雪絵にも丁寧に会釈した。
雪絵は白のニットに淡いグレーのスカート、いつもより少し柔らかい印象で座っていた。けれど、瞳の奥は鋭く、獲物を観察するような光を宿している。
店内は木の温もりとキャンドルの灯りで満ち、テーブルにはすでに水とオリーブオイルが置かれていた。近江はメニューを見ながら、穏やかに話しかける。
「イタリアンはお好きですか?ここの“あん肝ペーストのクロスティーニ”は絶品らしいですよ」
「そうなんですか……初めて食べるわ」
私は前のめりになったが、雪絵は興味なさげだった。するとすかさず近江はメニューを開き、指をさす。
「カルボナーラもお勧めみたいですね」
雪絵が静かに口を開いた。
「私はパスタよりリゾットが好きです。近江さんは、普段どんなお店に来るんですか?」
会話は自然に進んだ。
仕事のこと、最近見た映画のこと、好きなワインのこと。近江は決して自慢せず、でも堂々と自分の意見を述べ、私たち姉妹の話にも真剣に耳を傾ける。雪絵は時折、私と視線を交わす。
――今のところ、隙はない。前菜のブルスケッタをシェアしながら、彼がふと笑った。
「双子さんって、本当にそっくりですね。でも、紅子さんは情熱的で、雪絵さんは静かで冷静……まるで紅薔薇と白薔薇みたいだ」
私と雪絵は、一瞬、息を止めた。
彼は気づかず、続けた。
「昔読んだグリム童話に、そんな姉妹が出てきた気がして」
雪絵の指が、グラスの縁をゆっくりと撫でる。私は無理に笑顔を作った。
「そうね……私たち、よく言われるわ」
メインが運ばれてくると、近江はナプキンを膝に置き、丁寧に切り分けてくれる。雪絵はリゾットを一口食べてから、静かに聞いた。
「近江さん、恋人は?こんなに素敵な人なのに、独り身なんですか?」
ストレートな質問に、私は内心で息を呑んだ。近江は少し照れくさそうに笑った。
「今はいません。仕事が忙しくて……でも、最近、紅子さんと出会えて、よかったなって思ってます」
雪絵の目が、わずかに細められた。食事が終わり、デザートのティラミスを分け合う頃。近江は私を見て、静かに言った。
「また、3人ででも、2人でも、会いたいです。雪絵さんも、ぜひ」
雪絵は微笑んだ。完璧な、氷のような微笑みで。
「ええ、ぜひ。私も、近江さんのこと、もっと知りたいです」
店を出ると、外は少し肌寒い夜風が吹いていた。近江が私の肩にそっとジャケットをかけてくれる。雪絵は一歩後ろで、私たちを見守っていた。別れ際、彼は私にだけ、小さく囁いた。
「紅子さん、次は二人きりで、どうかな」
私は頷きながら、胸の奥で棘が疼くのを感じた。帰り道、タクシーの中で雪絵が静かに言った。
「紅子……今のところ、嘘はついてないみたいね」
私は窓の外を見つめたまま、答えた。「うん……」雪絵は私の手を握った。冷たくて、でも強く。
「でも、まだわからない。もっと、深く調べてみましょう」
私は頷いた。けれど、心のどこかで、初めて――この人を、壊したくないと思った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!