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第11話「ひと夜の駅舎」
町外れの小さな無人駅にたどり着いたのは、深夜2時を少し過ぎたころだった。
錆びた看板、割れたベンチ、落ちかけた蛍光灯。
駅舎の中は、ほとんど風除けにもならないくらい簡素だったけれど、
ふたりにとっては今夜唯一の「屋根」だった。
「…今日はここで寝よう。始発まであと3時間ある」
つかさがそう言って、古びたベンチに荷物を置く。
ひなたもその横に腰を下ろすと、冷たい空気が肌を刺した。
「寒いね」
「……うん。でも、屋根があるだけマシ」
ひなたはリュックから毛布代わりのブランケットを取り出して、ふたりの肩にかけた。
つかさが、少しだけ笑った。
「よくこんな用意してたな」
「えへへ。お母さんの目を盗んでこっそり詰めたの」
「ナイス」
短いやり取り。けれど、心にほんの少しだけ余白ができる。
冷たい空気の中で、その余白が唯一の救いだった。
——ゴトン、と、誰かが線路を踏んだような音がした。
「……誰かいる?」
ひなたが囁くと、つかさはすぐに立ち上がって扉に近づいた。
暗闇の向こう、線路の影の中に、一人の影が立っていた。
「おい、こんな時間に……」
声をかけると、その影がこちらに近づいてきた。
近づくにつれ、帽子をかぶった少年の姿が浮かび上がる。
中学生くらい。リュックを背負って、どこか所在なげに歩いている。
「……きみ、こんな夜中にどうしたの?」
ひなたが声をかけると、少年は足を止め、少し迷ったように口を開いた。
「……家、帰りたくなくて。電車もないし、ここで朝まで……」
それを聞いた瞬間、ひなたとつかさは無言で目を合わせた。
どこか、過去の自分を見ているような気がして。
「名前は?」
「涼っていいます」
「寒いだろ。こっち来て」
つかさが場所をあけ、ブランケットの端を持ち上げる。
涼は驚いたように一瞬立ち尽くしたが、やがて頷き、静かにその隣に腰を下ろした。
三人で肩を寄せ合って座る、小さな駅舎の夜。
遠くで風が吹く音と、時折鳴る古い時計の針の音だけが、静かに響いていた。
「逃げてるの?」
涼がぽつりと聞く。
ひなたは、少しだけ考えてから、言った。
「うん。わたしたちも、ちょっとだけ、居場所を探してるところ」
涼は、それ以上は聞かなかった。
ただ黙ってうなずき、目を閉じた。
「また、どこかで会えるかな」
「うん。世界は狭いからね」
そんな会話を最後に、三人は静かな眠りに落ちた。
夜が明けたとき、涼はもういなかった。
残されていたのは、ひなたのブランケットの隅に、小さく折られた紙切れ一枚。
《ありがとう。俺も、もうちょっと頑張ってみる。》
ひなたは、それを大事にリュックにしまった。
「行こっか、つかさ」
「うん。まだ、終わってないからな」
小さな無人駅から、ふたりはまた次の町へ向けて歩き出す。
夜明けの空が、少しだけ優しい光を帯びていた。