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第12話「足音」
町を抜けた一本道。朝焼けに染まる空の下、ふたりの靴音だけが響いていた。
「ちょっと、ペース落とす?」
ひなたが言ったが、つかさは首を振った。
「……何か、いる。たぶん、もうすぐ追いつかれる」
その言葉に、ひなたの背筋が凍った。
音も、気配もないはずなのに、確かに“誰かの視線”を感じる。
夜が明けて、世界が明るくなったはずなのに――恐怖だけが濃くなっていく。
「昨日の無人駅で、気づかれた?」
「かもな。涼って子が喋ったとは思わないけど……駅に監視カメラがあった可能性はある」
「でも、私たち顔は映ってな……」
「逃げるときってのは、ちょっとした影や服の色、歩き方一つで、足がつくんだよ。油断した」
つかさの言葉に、ひなたは黙った。
悔しそうな表情。でも、それ以上に、自分を責めている目だった。
「ねぇ、もう逃げきれないのかな」
ぽつりと漏らしたその声は、無意識の本音だった。
つかさが立ち止まる。ゆっくり振り返り、ひなたの顔をまっすぐ見た。
「……私たちはもう、“逃げる”って言葉を使ってるうちは、ずっと捕まる側だ」
「え……」
「私たちがやってるのは、もう“生きる”なんだよ。
どこかに着いて、何かを始める。誰にも縛られないで。
だからさ、怖くても、この手だけは離さないで。
あんたがいてくれなきゃ、私、全部折れるから」
言葉の奥から、本当のつかさの声が滲み出た気がした。
鋼のように強かった彼女の中にも、折れそうな心がある――ひなたはそれを初めてはっきりと見た。
「……離さないよ。絶対に」
そう言って、ひなたはつかさの手をしっかり握った。
その手は、もう震えていなかった。
けれど――背後の遠く、まだ地平線の向こうから、かすかなエンジン音が聞こえた気がした。
最後の街までは、まだ8キロ。
時間は、もうあまり残されていない。
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