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ゆうき あきや
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友ゴリラ
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第212話:安楽椅子サバイバリスト〜異常な知識と絶望の体力ゼロ〜
北海道、帯広市。家賃四万円、築三十年のボロアパート。
「……死んだ。あいつ、絶対にヒグマに食われて死んだ……」
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、暗い四畳半の畳の上で膝を抱え、ガタガタと震えていた。
エウリアン(絵画商法)に騙されて背負った500万円の借金。
極貧のヒモ社長生活から抜け出すための起死回生のプロジェクト、『やまむすめ』オーディション。
しかし、一人目の面接候補者であった野生児は、大雪山系の獣道から面接に挑み、ヒグマの索敵範囲に突撃して通信が途絶するという、最悪の放送事故(未遂)を引き起こした。
『ルシフェル様、いつまで現実逃避しているつもりですか。スケジュールが押していますよ』
ディスコードの向こうから、我が社の冷徹秘書・結愛(ゆあ)の氷点下ボイスが突き刺さる。
「む、無理だよ結愛! 次もまた、猟師とかアルピニストとか、マッドマックスみたいな奴が出てきたらどうするんだ! 俺の心臓が持たない!」
『……社長ぉ、弱音吐いてる暇ないっすよぉ。次の候補者、もう待機ルームで待ってますからぁ……』
海外スタッフのヨモに急かされ、最強AIアシスタントのジェミニ先生も冷徹な合成音声を被せてくる。
『ルシフェルさん、心拍数の異常は確認していますが、面接を続行しないと会社が倒産します。二人目の候補者、入室させます』
ピロンッ。
無慈悲なシステム音と共に、PCモニターの画面が切り替わった。
俺は思わず身構え、両手で顔を覆いながら指の隙間から画面を覗き込んだ。
また、血まみれの鉈やクマスプレーを持ったバーサーカーが映るに違いない。
「……あれ?」
だが、画面の向こうに現れたのは、俺の予想を完全に裏切る人物だった。
『あ、あの……はじめまして。よろしく、お願いします……』
そこにいたのは、色白で、度の強そうな黒縁メガネをかけた、いかにもインドア派な文化系女子だった。
背景は猟銃でも鹿の角でもなく、天井まで届く本棚。そこには大量の専門書や図鑑がびっしりと詰まっている。
「お、おおっ! 普通の女の子だ! 迷彩服を着てないし、虫も食べてない!」
俺は三万円のゲーミングチェアから身を乗り出し、歓喜の声を上げた。
『ルシフェル様、落ち着いてください。彼女は応募書類の段階で、体力テストの項目を白紙で出しています。明らかに【体力オバケ】という条件から外れていますが、よろしいのですか?』
結愛の冷静なツッコミが入る。
確かに、俺が提示した条件は「十キロの荷物を背負って山を駆け上がれる」ことだ。
画面越しの彼女の華奢な肩や、蛍光灯の光を浴びて青白い顔色は、どう見てもスポーツテストで万年E判定を取り続けてきたタイプのそれである。
「いいんだよ! 最初がアレすぎて、もう普通に会話できるだけで涙が出そうなんだ! えっと、君……名前は?」
『あ、はい。エントリーナンバー二番です。……あの、募集要項を見たんですけど、私、体力は全くありません。五十メートルの立ちくらみ……じゃなくて、五十メートル走で十一秒かかります』
彼女はおずおずと、しかし早口で喋り始めた。
「十一秒!? 歩いた方が早いんじゃないか!?」
『ですが! 知識なら誰にも負けません! 山の地質、気象条件、生態系、サバイバル術に至るまで、すべての理論を頭に叩き込んでいます!』
彼女はクイッと黒縁メガネを押し上げると、突然スイッチが入ったようにオタク特有の猛烈な早口でまくし立て始めた。
『例えば、先ほどの募集要項にあった【ヒグマへの対応】ですが、クマスプレーを構えるだけでは不十分です! ヒグマの突進速度は時速五十キロに達するため、有効射程の五メートル以内に入った瞬間に風向きを計算して噴射しなければ、自爆して自分が失明します! さらに、春先のヒグマは冬眠明けで気が立っており、特にエゾシカの死骸などの『自分の獲物』に執着している個体には絶対に近づいてはいけません!』
「お、おう……やけに詳しいな」
『当然です! 私はインドア派ですが、サバイバル関連の学術論文や専門書は年間五百冊以上読破しています! 毒草の識別も完璧です! トリカブトとニリンソウ、ドクゼリとセリの違いも、葉脈の走り方と根の形状から一瞬で見分けられます!』
画面の向こうで、彼女は誇らしげに胸を張った。
『どうですか!? 体力は皆無ですが、この異常なまでの知識量! ロケにおける【歩く辞書】として、絶対に活躍できるはずです!』
俺はポカンと口を開けたまま、彼女の熱弁を聞いていた。
『……ルシフェルさん』
ジェミニ先生の無機質な音声が、ディスコードの裏回線で響く。
『彼女の現在の発言内容をデータベースと照合しました。専門用語の使い方、ヒグマの生態に関する学術的見解、毒草の識別法など、すべてにおいて完璧な正確性を誇っています。プロのネイチャーガイド以上の知識量です』
「マジかよ……。ジェミニ先生が認めるレベルの知識特化型なのか」
『はい。まさに【頭脳派ガール】、あるいは部屋から一歩も出ずにサバイバルを極めた【安楽椅子サバイバリスト】と呼ぶべき存在です』
俺の心の中に、一筋の希望の光が差し込んだ。
そうだ。VTuberとして大事なのは「トーク力」だ。
北海道の大自然の中でロケをする際、この異常なまでの知識量を早口で披露し続ければ、それは間違いなく面白いエンタメになる。
オタク気質の女の子が、大自然のウンチクを語り尽くす。これはイケるかもしれない!
「素晴らしい! 知識は武器だ! 体力なんてものは、気合でなんとかなる! ちなみに、実際に山に入った経験はどれくらいあるんだ?」
俺が期待を込めて質問すると、彼女はメガネの奥の目を逸らし、ボソリと答えた。
『……ゼロ、です』
「は?」
『だから、ゼロです。裏山のハイキングコースすら、虫が気持ち悪くて途中で引き返しました。私のサバイバルは、すべてエアコンの効いた部屋の中でのシミュレーションです』
画面の向こうの彼女は、悪びれる様子もなく堂々と言い放った。
「ぜ、ゼロ!? 知識だけで本物の山に入ったことがないのか!?」
『はい! ですが、頭の中ではエベレストにも三回登頂しています! シミュレーション上では完璧なサバイバーです!』
『……ルシフェル様』
結愛の、すべてを悟ったような冷たい声が響いた。
『ジェミニ先生、彼女を北海道の山岳ロケに連れ出した場合の、社長の生存確率と負担率を算出して』
『……計算完了。彼女の基礎体力と実地経験の欠如を考慮すると、入山開始十分で彼女は心肺機能の限界を迎え、一歩も動けなくなります』
ジェミニ先生の冷徹なデータが、俺の希望を容赦なく打ち砕いていく。
『その結果、カメラマン兼ロケバス運転手兼荷物持ちであるルシフェルさんが、数十キロの機材に加えて、体重約四十五キロの彼女を【おんぶ】して山を登らなければならなくなります。社長の疲労による滑落・遭難リスクは99パーセントに跳ね上がります』
「俺が背負うのかよ!!」
俺は四畳半の畳をバンバンと叩いて絶叫した。
「撮影機材とキャンプ道具だけでも限界なのに、さらにタレントをおんぶして山を登る!? 自衛隊のレンジャー訓練でもそんな無茶な行軍はやらねえよ!! 俺の腰椎が完全に粉砕されるわ!!」
『……あー、それ、物理的な意味での【お荷物タレント】ってやつっすねぇ……』
海外スタッフのヨモが気だるげに笑う。
「笑い事じゃない! 頭の中だけでエベレストに登れても、現実の北海道の山は一歩も登れないじゃないか! 虫が気持ち悪くて引き返したって言ったな!? 最初の募集要項に『虫を素手で掴める方』って書いてあっただろ!!」
俺が激怒して問い詰めると、画面の向こうの文化系女子は唇を尖らせた。
『知識があれば、虫に触る必要なんてありません! 防虫ネットと最強の忌避剤を調合すれば完璧に防げます! 私は歩きません! 社長さんが私を背負って、安全なルートを運んでくれればいいんです!』
「ふざけるな! 俺は奴隷か! 不採用だ! 今すぐエアコンの効いた部屋で図鑑でも読んでろ!!」
俺は怒りのあまり、マウスをへし折りそうな勢いで通話切断ボタンをクリックした。
ブツンッ。
再び、俺のPCモニターに静寂が戻る。
「はぁ……はぁ……。極端すぎるだろ……」
俺は三万円のゲーミングチェアに深く沈み込み、天井の染みを見上げた。
一人目は、体力がバグっているがヒグマに突撃して死にかける野生児。
二人目は、知識は完璧だが体力がゼロで、社長がおんぶしないと動けない文化系オタク。
「なんだこの魔境は……。まともな逸材は、どこにもいないのか……?」
エウリアンに騙されて極貧生活を送る40歳のヒモ社長に、容赦なく突きつけられる現実。
『やまむすめ』プロジェクトのオーディションは、社長の胃壁と精神をガリガリと削りながら、まだまだ終わりの見えない泥沼へと続いていくのであった。
コメント
1件
あおいです🤍 今回もめちゃくちゃ面白かったです! 「安楽椅子サバイバリスト」、もうこのネーミングセンスが最高ですね…。知識だけは完璧で「エベレストには頭の中で三回登頂済み」って叫ぶ文化系女子、完全にツボでした。でも「虫が気持ち悪くて裏山すら途中で引き返した」のオチで一気に現実に引き戻される感じ、好きです。 社長がタレントをおんぶして山を登る未来、想像しただけで腰が砕けそう…。次はどんな極端な逸材が出てくるのか、待ち遠しいです!