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____ hyt ____
「……じゃあな〜仁人。明日、遅れるなよ」
事務所を出て、わざと大きな音を立ててドアを閉める。
階段を数段降りて、俺は立ち止まった。
おかしい
絶対におかしい
嘘をつくとき、仁人は必ず視線を右下にそらす。
そしてさっきの会話のときも視線を右下にそらした。
さっきの仁人は、俺の目を見ることさえ拒んでいた。
それに、あの長袖。
今日は25度を超える夏日だ。
それなのにあいつは、分厚いパーカーを上まで閉めて、ずっと左腕を庇うように抱えていた。
「…あいつ、何隠してんだよ」
仁人は、何でも一人で背負い込む癖がある。
リーダーという重圧からか?
それとも俺が頼りないからか?
それか仁人がしっかりしすぎているからか?
あいつが俺たちを支えてくれている間に、あいつ自身がボロボロになってることに、俺は今まで気づけなかったのか…
胸のざわつきが止まらない。
気づけば、事務所に戻っていた。
予備の鍵を差し込み、ゆっくりと、音を立てずにドアを開ける。
部屋の中は、真っ暗だった。
なんだ…仕事をしてるんじゃなかったのか。
奥の仮眠室から、微かに"カチ…カチ…"という、プラスチックの蓋を開けるような音が聞こえてくる。
「…仁人?」
俺が声をかけると、奥でガタンッという大きな音がした。
慌てて電気をつける。
そこには、床にへたり込み、大量の錠剤をぶちまけた仁人がいた。
仁人の顔は土気色で、瞳孔が不自然に開いている。
そして、捲り上げられた左腕には__
「…っ、なんだよ、これ…」
言葉を失った。
白いはずの腕が、赤と紫の線で埋め尽くされている。
新しい傷、古くなって盛り上がった傷。
それはまるで、あいつが一人で耐えてきた苦しみの年輪みたいだった。
『…来んな。…勇斗、来んなよ…』
仁人が、掠れた声で叫ぶ。
震える手で薬をかき集めようとして、また床にぶちまけている。
その指先が、真っ赤に汚れていた。
『見ないで……頼むから……』
仁人は、泣いていなかった。
ただ、狂ったように自分の腕を隠そうとして、激しく呼吸を乱し始めた。
酸素を求めて喘ぐその姿は、陸に上げられた魚のように苦しそうだった。
「仁人! 落ち着け、仁人!」
俺は駆け寄り、仁人の身体を無理やり抱き寄せた。
拒絶されるなんて分かっていた。
でも、今ここで手を離したら、こいつは二度と戻ってこれない場所に消えてしまう。
そんな気がしたんだ。
『はぁっ、ひゅっ、…やめ…はなせっ、勇斗…!』
仁人の過呼吸が激しくなる。
俺の腕の中で暴れる仁人は、驚くほど細くて、軽かった。
こんなにボロボロになるまで、俺は…俺はあいつの隣で、何を笑ってたんだ。
あんなに近くにいたのに、何を見てたんだ。
沢山言葉を交わしていたのに、何で気が付かなかったんだ。
「離さねぇ…絶対、離さねぇから」
俺は仁人の細い肩に顔を埋め、あいつの震えが自分に伝わってくるのを、ただ黙って受け止めていた。
to be continued…
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本当に天才ですありがとうございます続き楽しみにしてます!!❤︎❤︎