「こっちがお風呂場だよ。タオルはここに置いてあるからね。それからこっちは洗濯物を入れる場所」
「なるほど、分かったわ」
「この部屋は食料庫だよ。保存がきくように魔法で寒くなってるから気をつけてね」
「ええ、気をつけるわね」
エステルは、ミラから家の中の案内を受けていた。 一生懸命にあれこれ説明してくれる様子がなんとも可愛らしい。
「ここがアルファルドと僕の部屋だよ」
「まあ、一緒に寝てるのね」
「うん」
夜は一緒に寝ているということは、やはりアルファルドとミラは家族のような間柄なのだろう。名前を呼び捨てにしていたから、兄弟や従兄弟という可能性もある。
「もしかして、アルファルド様はミラのお兄さんなのかしら?」
おそらくそうだろうと思って聞いてみたが、ミラは困ったように眉を下げた。
「えっと……お兄さんではない、かな……?」
「あら、そうだったのね! 目の色が同じだったから、てっきり家族か親類なんだと思っちゃったわ。それなら、魔法のお師匠様とかかしら? あ、でも……」
寝食を共にするのは師弟関係でもありえる。
ただ、先ほどの二人のやり取りを見た限りでは、ミラがアルファルドに甘えてみせたりして、師匠と弟子という感じはしなかった。
この線もハズレかしら、と思い直したエステルに、ミラが答える。
「それとも違って……。うーんと、なんて言えばいいのか難しいけど……とにかく、僕とアルファルドはお互いに大切で、仲良しなんだ」
「そうなのね、いい関係だと思うわ」
よく分からないけれど、もしかすると二人は少し訳ありの関係なのかもしれない。 ミラがまだ幼いから、アルファルドが詳しく教えていない可能性もある。
とりあえず、エステルが務めを果たすうえで必ず知らなければならない情報というわけでもない。必要があればアルファルドから説明してくれるだろう。
(アルファルド様は少し気難しそうで、ミラは天使。そして二人は仲良し。それだけ分かっていれば問題ないわ)
うんうんとうなずくエステルに、ミラが最後の部屋を案内する。
「ここの空き部屋がたぶんエステルのお部屋になるよ。今は何もないけど、あとでアルファルドが魔法で準備してくれると思う」
「アルファルド様は魔法でそんなこともできるのね」
厄介なばかりで、大して役に立たない自分の聖女の力とは大違いだ。 エステルが感心していると、ミラが嬉しそうに表情を明るくした。
「えへへ、アルファルドすごい?」
「ええ。とってもすごいと思うわ!」
エステルがアルファルドを褒めると、ミラがさらに喜びの色を浮かべる。
(ふふっ、ミラは本当にアルファルド様が大好きなのね)
ミラの微笑ましい反応に、緊張していた心がどんどん癒されていく。 お給料がもらえなくても、ミラの可愛らしい姿を見られるだけで満足できそうだ。
それに、この家は誰も来られないように結界を張っているとアルファルドは言っていた。 つまり、ここにいれば、あの人に捕まらずに済むということだ。最高の職場ではないだろうか。
「ミラ、案内してくれてありがとう! そうしたら、ごはんの時間まで一緒に遊びましょうか」
「うん! 僕、積み木でおうちを作りたいな」
「いいわね。積み木をいっぱい使って大きなおうちを作りましょう」
「わあ〜! 面白そう!」
「でしょう? じゃあさっそく作りにいきましょ」
「うん、早く作ろう!」
楽しそうにはしゃぐミラに腕を引かれ、エステルは「ミラの遊び場」の部屋へと連れていかれるのだった。
◇◇◇
積み木あそびは思いのほか楽しく、おうちを作ったり、文字の形を作ったりしているうちに、あっという間に時間が経ってしまった。 ミラも二人で協力して作るのが新鮮で楽しかったらしく、ご満悦の様子だ。
「すごいのが作れたね!」
「そうね。ミラは積み木を積むのが上手で驚いたわ」
「えへへ。また一緒に積み木しようね」
「ええ、今度はもっと大きいのを作りましょ」
「うん!」
ミラの元気な返事と笑顔にキュンとして、その小さな頭をそっと撫でる。 さらさらで柔らかな手触りに、またエステルの心が癒されていく。
(は〜……ずっとこうやって撫でてたいわ……)
ついそのままミラの頭を撫で続けていたエステルは、けれど「エステル……?」と恥ずかしそうなミラの呼びかけで我に返った。
「ご、ごめんなさい! あの、ちょっと寝癖がついてたみたいだから直そうと思って……!」
本当は寝癖なんて一つもなかったが、つい嘘の言い訳が口をついて出る。
だって、「ミラの頭の撫で心地がよくて撫でるのをやめられなかった」だなんて事実はとても言えない。 もしアルファルドに知られたら、警戒されて追い出されてしまうかもしれない。
一文なしで森に捨てられる想像をしてぶるりと震えていると、ミラが恥ずかしそうに頬を染めた。
「僕、寝癖がついてたの? 恥ずかしいな……。直してくれてありがとう、エステル」
「いいのよ! 全然気にしないで!」
幼子に嘘をついた罪悪感で胸が痛い。
(これから距離感には気をつけないと……!)
いくらミラが愛くるしくても、まだ今日は初対面なのだ。 いきなり馴れ馴れしくし過ぎるのはよくない。
深呼吸して心を落ち着けていると、ミラが「あ、アルファルド!」と声を上げるので、エステルは思わず「ひっ!」と変な声が出た。
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