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バーの静寂を後にし、夜明け前の薄灰色の空気の中へ足を踏み出した。
肺に流れ込む空気は冷たく、湿っている。
アルベルトの存在が、今の私には唯一の酸素だ。
彼と交わした残酷な秘密が、首筋に残る彼の指の冷たさが、毒婦として生きる私の輪郭をかろうじて繋ぎ止めている。
彼との間に流れる「共犯」という名の絆こそが、今の私のすべてだった。
だが、その安寧は一瞬にして切り裂かれた。
私たちの前に、一台の豪奢な
しかし嫌悪感を催すほど見慣れた紋章の馬車が、逃げ道を塞ぐように立ち塞がった。
漆黒の塗装に金色の茨の紋章。ローゼンタール家の象徴だ。
扉が開き、そこからゆっくりと降りてきた男の姿を見た瞬間
私の指先が微かに、けれど明確に強張った。
「…朝帰りか、エカテリーナ」
「……お、お父さま。奇遇ですわね」
冷たい声を絞り出す。
そこに立っていたのは、私の人生を毒で塗りつぶした張本人。
実の父親だった。
彼は贅沢な毛皮のコートを揺らし、獲物を嬲るような、あの卑俗な薄笑いを浮かべてこちらへ歩み寄ってくる。
その瞳は、実の娘を見るものではなく
自分の所有する「よく出来た道具」に新たな傷や汚れがついていないかを確認するような、冷酷で不躾な光を放っていた。
「また男遊びか?……ああ、悪い。新しい『婚約者』だったな。お前があまりに熱心に男を乗り換えるものだから、つい勘違いしてしまったよ」
鼓膜を汚すような、粘りつくような嫌味。
彼はアルベルトを一度だけ、値踏みするように、品定めするように一瞥した。
だが、すぐに興味を失ったかのように私へと視線を戻す。
その態度は、単なる私の行きずりの火遊び相手だと決めつけているかのようだった。
「お前のその毒に、これほど早く中てられる男がいるとは。ローゼンタール家の教育も、いよいよ完成を見たと見える。どうだ、その公爵殿は満足させてくれているのか?」
「……あいにく、彼は貴方の想像するような柔な男ではありませんわ。それより、わざわざ私を待ち伏せてまで仰りたいのは、そんな下世話な感想だけかしら?」
私は扇を優雅に、かつ鋭く広げ、父との間に物理的な境界を作る。
父の吐息がかかるだけで、母が恍惚とした笑みを浮かべ、血を吐いて死んだあの日の匂いが蘇りそうになる。
私の喉を焼くこの不快感は、先ほど地下室で流した汚い血よりもずっと汚らわしく、胸がむかつくものだった。
「相変わらず可愛げのない娘だ。お前が殺した母親に、性格まで似てこなくて本当に良かったよ。あの女は最期まで、愛などという役に立たない幻想に縋って死んでいったからな」
父はわざとらしく溜息をつき、私の耳元に顔を寄せた。