その瞬間、腐った花の香水と、隠しきれない権力欲の腐臭が鼻をつく。
「いいか、エカテリーナ。お前が誰と寝ようが、どんな怪物を連れ歩こうが構わん。だが、私の利権を損なうような真似はするな。お前は私と同じ、愛を葬り去る側の人間……私が創り上げた、私だけの最高傑作の所有物だ。そのことを忘れて、分不相応な夢を見るなよ」
その瞬間、私の背後にいたアルベルトが、音もなく一歩前へ出た。
彼の纏う空気が、地下室で迷いなく肉を断っていたときの「怪物」のそれへと、瞬時に変貌する。
温度が数度下がったかのような錯覚さえ覚えるほどの、圧倒的な威圧感。
「……失礼。ローゼンタール伯爵」
アルベルトの声は驚くほど低く、地を這うような重厚な威圧感を孕んでいた。
彼は私の肩に、所有権を強く主張するように、ゆっくりと、けれど逃がさないという意志を込めて手を置く。
その手の冷たさが、父の毒気に冒され
過去の闇に引きずり込まれそうだった私の意識を、強引に「今、ここ」へ引き戻した。
「彼女は今、私の管理下にあります。たとえ肉親であっても、私の『許可』なく彼女の耳を汚すことは……私の庭に土足で踏み入るのと同じことだ。次はないと思ってもらいたい」
アルベルトの漆黒の瞳が、至近距離で父を射抜く。
そこにあるのは、燃え盛るような怒りではない。
ただ、目の前の邪魔なノイズを合理的に排除しようとする、無機質で、絶対的な殺意だ。
それは「人間」が「人間」に向ける感情ではなく、「兵器」が「標的」に向ける視線だった。
父の顔から、余裕たっぷりの卑俗な笑みが消えた。
頬が微かに引き攣り、困惑と、そして抗いようのない本能的な恐怖がその表情に混じる。
伯爵として数多の人間を従えてきた父でさえ
アルベルトの放つ「本物の死の予感」には抗えなかったのだ。
私はその光景を、最高に愉悦を感じる観客のような心地で眺めていた。
「ふふ……お父様、お聞きになった? 彼は私以上に『短気』なの。せっかくの朝のひとときを台無しにされたくないでしょう? これ以上、私の夜を邪魔しないでくださるかしら」
私は硬直した父の横を、優雅に、そして軽蔑を込めて通り過ぎる。
アルベルトの差し出した手を取り、その頼もしい強さに身を委ねる。
父の背後に残る、どろりとした憎悪と、屈辱にまみれた視線を背中に感じながらも
私は一度も、一分たりとも振り返らなかった。
「……あの方殺しますか? エカテリーナ」
彼の問いは、今日の朝食のメニューを尋ねるかのように淡々としていた。
それがジョークではないことを、私は痛いほど知っている。
私は目を閉じ、あの日、父の背後で見た母の最期の笑顔を思い出す。






