第一章
第二話 闇が咲いた夜
暗 い
重 い
苦 し い 、
寂 し 、い
冷 、 た い ?
嗅ぎ慣れた消毒液の匂いが
鼻腔をくすぐる
「 此処、は 」
窓からは月の光が射していて
とても綺麗だと思った
「 医務室ですよ 」
聞き慣れた声なのに、何故か身体が強ばってしまう
濡れたタオルが額からずるりと落ちる
それはもう温くなっていて、自分の身体が普段より熱いことを知らせた
「 御気分はどうですか、お嬢様 」
「 最悪よ 」
それなのに私は平気なフリをして笑うの
その時、私と変わらない大きさの手が
額を撫でた
「 熱、未だ有りますね 」
其の手は冷たく、優しい
思わず其れをはらいたくなった
「 弒 す な ら 早 く し て 」
一瞬、時が止まった
底の無い黒が私を見つめる
「 弒 さ な い よ 」
その言葉に何故か泣きたくなる
だって、そんなの可笑しいから
「 どう 、して 」
「 逆に何でこの状況で弒されると思う訳? 」
「 流石の僕も理解不能なんだけど 」
何故、そんなに怒っているのだろう
彼の顔は見るからに不機嫌そうで、年相応の少年に見える
普段の彼からは想像も出来ない
「 だって、可笑しいじゃない 」
「 何が 」
「 医師は、 」
「 森さんは、っ 」
「 私を、弒す為に貴方を 、… 」
しどろもどろに成っている自覚は有った
それでも尚、彼に疑問を投げ掛けずにはいられなかった
この良すぎる頭の中での妄想を
嘘だと言って欲しかったから
永すぎる沈黙を終わらせたのは
彼がついた同じく長すぎた溜息だった
「 君は本当に馬鹿だ 」
そう言いベッドの隅に腰掛け
私の長い髪を耳にかけた
「 僕のこと怖い? 」
「 そ、ゆ訳じゃ 」
「 ふーん 」
あ、今見下された
「 君さ 」
「 本当にタヒにたいわけ? 」
「 は 、 」
「 お嬢様は何方かと云うと 生 に執着してると思うよ 」
凡てお見通し、とでも言いたいのだろうか。
彼の顔を見るのがとても恐ろしい
堪らなくなって目を逸らす
「 ぃ … た ゎよ 」
「 何? 」
「 生きたいわよッ! 」
寝台の敷布に皺が付く
太宰はお嬢様を見つめている
「 でも っ 、 」
「 そんなの、叶わないじゃない 」
” ポートマフィア首領の孫娘 ”
そんなくだらない肩書きを今迄も、これからも一生背負って生きていく
「 この境遇に生まれてしまった私は 」
「 生きる事を望まれない 」
お祖父様の部下、敵対組織は勿論
私の存在を利用しようとする者は必ず現れる
外に出ようものなら、命を狙われるのは当たり前、誘拐だってありふれた話し
「 生きた心地がしないのよ 」
「 何処にいても、何をしていても 」
漠然とした恐怖と不安に押し潰されそうになる
そんな日々を過ごしていくぐらいなら
「 だから誰かに弒される前に、タヒんでしまおうと思った 」
唯 其れだけだった
「 痛いのも、怖いのも、苦しいのも 」
「 全部大っ嫌い 」
本当に、其れだけ
私が タヒ に執着する理由なんて、他に無い
「 其れだけ? 」
太宰は首を傾げた
表情はさっきと変わっていない
私の凡てを見透かしているような
そんな顔
「 其れだけよ 」
「 本当に? 」
「 執拗い 」
「 本当の事言ってくれたらもう聞かないよ 」
何時からこの男はこんなに執拗い奴になったのか
「 ねぇ、知ってる? 」
氷のような手が私の頬に触れた
息の仕方を忘れる
此処だけ刻が止まっているのだろうか
「 君は僕が手を伸ばすと、何時も救われたような顔をするんだよ 」
彼の云った言葉が理解できなかった
「 何を云っているのか理解できないという顔だね 」
じゃあ、教えてあげよう。
寝台がギジリと聲をあげる
気づけば太宰の顔は自分の顔の数センチ先
驚いて身を引くと、そのまま寝台へと押し倒される
彼の背景が淡い光で照らされた
「 っ 、ぁ 」
嗚呼、本当に君は酷い
「 君さ、入水する時 」
「 何時も仰向けで飛び込むよね 」
「 どうしてか、わかる? 」
仰向けに沈めば君が手を伸ばすあの瞬間を
この目に焼きつけることが出来るから
なんて、
馬 鹿 馬 鹿 し い
「 生きてていいと云われてる様な気がしたの 」
だって君は、何時も助けてくれるから
例えそれが
お祖父様の命であっても
唯の同情だったとしても
も う ど う で も 良 か っ た の
ね ぇ 、 誰 か
「 生きて良いって云って 」
頬を伝う雫と共に
叶うはずのないそんな夢を口にした
太宰 side
最初の頃は其れはもう面倒だった
ある町の闇医者に拾われ
ポートマフィア首領孫娘の護衛役なんて
大層な役目を与えられた日には
今日中に自弒してやると心に誓った
それなのに
その孫娘とやらはどうも自弒が好きらしく
少し目を離せば部屋で首吊りをするわ、薬を大量摂取するわで其れはもう大変だった
いっその事そのまま放置しようかと思った日もあったが
そんな事があれば自分の首が飛ぶ
タヒねるのは本望だが、痛いのは嫌だ
嫌気が差して初めて文句を云った日には
自殺愛好家に云われたくはないと即答された
隣で笑う森さんに下剤を盛ったのは確かその日だ
自弒をしていない日は
何処をどう見てもそこら辺にいる”普通の女の子”だった
彼女は人当たりが良く、何時でも感謝と礼儀を忘れなかった
森さんにも手当をしてもらった後は必ず一言御礼を云う
それどころか自分の世話役である広津さんにまで敬語を使う始末
よくあの首領からこんな娘が生まれたと森さんが感心していた
学校に行けない分、勉強は自主的に行っているらしく、部屋には参考書や単語帳が綺麗に整頓されて並べられていた
お嬢様は
不思議なくらい優しく、タヒに急ぐ人だった
其れがお嬢様でないと知ったのは
九月上旬
まだ夏の暑さが残る季節の事
何を思ったのか
散歩をしている途中で川に仰向けで飛び込んだ
お嬢様が入水自弒を試みたのはこれが初めてだった
溜め息をついて仕方なく川に飛び込んだ
水中は冷たく透き通っている
水を吸った服が酷く重くて邪魔くさい
目の前で沈んでいくお嬢様の手を掴もうと
手を伸ばした
その瞳は美しかった
硝子のように透き通ったソレは
確かに僕を見つめている
そして安堵したように笑った、
でも、 泣き出しそうな笑顔だと思った
「 け ゛ホ ッ 、ゴ ほ ッ 」
お嬢様を川岸に運んで
その場にしゃがみ込んだ
身体が酸素を求めているのが分かる
そして人ひとり運べる体力が自分にあったのかと感心する
「 ケ ホ ッ 、 … はは、 」
「 又失敗かぁ 」
今にも泣き出しそうな顔をして
お嬢様は呟いた
彼女の頬を伝うのは
あの透き通った川水か
それとも _
「 生きて良いって云って 」
_ 嗚呼、又泣いた
本当に苛つく。
あの日、お嬢様が本当は タヒにたがり ではなく生きたがり だと知った
生きたいけど自分にはその資格はないと諦め、誰かに弑されるぐらいなら自弒してしまおうと云う
哀 れ な 女 の 子
そ ん な 彼 女 が 僕 は 大 嫌 い だ
でも
生 にしがみつくお嬢様は
唯々美しいと思った
「 良いよ 」
あの日
白黒の世界に
ほんの少しだけ光を見た
たった其れだけの事
それでも初めて
この酸化する世界の中で
君だけが唯一
美しいと想えたから
「 お嬢様がタヒぬのは嫌だから 」
歪んだ嗚咽も、震える肩も、溢れ落ちる涙も、 か弱い心も、温い体温も
全部僕だけが知ってればいいよ
寶もう
僕が大嫌いな君に成らないで
𝐍𝐞𝐱𝐭
第三話
然して、人は生きて逝く
コメント
6件
最初のどんどん現実が見えてくる様な表現が大好物で好きです
生きてたよこんばんわ