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刺客を追い払ってから数日が過ぎた。
屋敷の防衛結界は盤石だが、物理的な食糧や消耗品の備蓄は
俺とルナの二人分となると意外に早く底をつく。
俺は気分転換を兼ねて、ルナを連れて麓の街『リステア』へと向かうことにした。
この街は、俺がかつて所属していたギルド『聖域』の本部からも遠く離れている。
俺の顔を覚えているような面倒な連中も少ないはずだ。
隠居生活の買い出しには、これ以上なくあつらえ向きの場所だった。
「いいか、ルナ。街ではなるべく目立たないようにしろよ。お前は……その、なんだ。美人だからな。変な奴に絡まれると、対処する俺のほうが面倒なんだ」
馬車を降りる際、俺が照れ隠しを込めて彼女の頭をポンと叩くと
ルナは一瞬だけ呆けた顔をした後、顔を林檎のように真っ赤にしてコクコクと激しく頷いた。
だが、俺のそんな忠告は、街に入ってから数分もしないうちに半分も意味をなさなくなった。
石畳の街並みを歩けば、道ゆく人々が次々と足を止め、吸い寄せられるように視線を向けてくる。
艶やかな光沢を放つ銀糸のような髪、深海のように静謐でいて鮮烈な青い瞳。
そして何より、その胸元で気品高く輝く
俺の贈った青薔薇の髪飾りが、彼女の神秘的な美しさをより一層際立たせていた。
泥を啜り、ボロボロの布を纏っていた奴隷の頃の面影は、もうどこにもない。
今の彼女は、どこか遠い異国の貴公女だと言われても誰も疑わないほどの、完成された美少女へと変貌を遂げていた。
「おい、見ろよあの娘……。とんでもねえ美人だぞ。妖精か何かか?」
「隣の男は誰だ? 父親か? それにしては若すぎるが……執事かなんかか?」
周囲の無遠慮なさざめきが耳に届くが、俺はそれを無視して歩を進めた。
すると、広場の噴水前で見覚えのある人影がこちらを振り返った。
「あら? ゼノンさんじゃない! お買い物?」
明るく快活な声の主は、この街のギルド出張所で受付嬢をしているミラだった。
以前、俺が気まぐれにこの街の結界の綻びを直してやって以来、何かと俺を頼りにしてくれていた裏表のない女性だ。
「ああ、ミラか。消耗品の買い出しだ。……相変わらず騒がしいな」
「ふふ、相変わらず無愛想ね。……ところで、その隣の可愛いお嬢さんは? もしかして、ゼノンさんの隠し子だったりして!」
ミラが冗談めかして笑いながら、ルナの素顔を覗き込もうと、ぐいっと距離を詰めてきた。
その瞬間
周囲の温度が、物理的に数度下がったのを俺の肌が敏感に察知した。
「…………ッ」
ルナの瞳から光が消える。
彼女は流れるような動作で一歩前に出ると、俺の右腕を両手でギュッと抱きしめ
ミラを明確に「排除すべき敵」として認識したような、冷徹極まりない視線で射抜いた。
足元の影が不気味に蠢き、蛇のようにうねりながらミラの足首に絡みつこうと伸びていく。
「お、おいルナ! 落ち着け。殺すな。この人はただの知り合いだ、害はない」
俺が慌ててルナの頭に手を置くと、ピタリと影の動きが止まった。