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「……あれ? ここは?」
わたくしの目の前に、見た事の無い天井が―――
「ティエラ様!」
「お気付きになられましたか!」
次いで、カバーンとセオレムの顔が
飛び込んできた。
上半身を起こし周囲に目をやる。
どうやらここは、どこかの一室のようだが……
「あ、起きましたか」
そこであの『万能冒険者』の存在に気付く。
「いやー、びっくりしたよー」
「急に倒れるとは思わなんだ」
「ピュー」
さらに―――
長さが違えど、同じ黒髪をした彼の妻である
女性二人……
そしてドラゴンの子供も。
「そ、そうです。
わたくしはあのクラーケンの料理を食べて……」
「はい。
倒れた後、ここへご主人を運び入れて
もらったので」
「ここはギルド本部の一室です」
わたくしの従者である二人が、状況を
説明してくれ―――
ようやく身の安全と、今いる場所を認識した。
「なるほど。
あなた方は各地を回っている商人で……
今回、ウィンベル王国に立ち寄ったと」
私の言葉の後に、アジアンチックな顔立ちの妻、
メルが、
「まあ確かに―――
今はこの国が一番商売しやすいかもね」
「話題にも事欠かぬしのう」
次いで、欧州・白人ふうの顔とプロポーションを
持つアルテリーゼが話に入る。
そしてラッチはというと……
「ドラゴンの赤ちゃんですか!
すっごく可愛いですね!」
パープルの長髪に、前髪を横一直線に
切りそろえた女商人は―――
ラッチを抱いたまま表情がとろけきっていた。
やはり動物の子供は破壊力が違う。
彼女の話によると、彼らは商人の一団で、
ティエラさんがトップ、リーダーとの事。
赤髪の初老の男性、カバーンさんと、
ボサボサしたブラウンの短髪をしたセオレムさん、
二人を部下兼護衛として、商売のタネを探して
旅をしていたという。
「いやしかし、申し訳ありません。
もしかしてクラーケンは、宗教上の理由で
ダメだったとか……」
地球でもイカやタコはNGという宗教もあるし、
それで卒倒したのでは、と思っていると、
「わざわざ禁止にしなくても……」
「口にする機会自体、無いと思いますが」
呆れたような諦めたような、半々の口調で
アラフィフとアラフォーの従者が告げる。
「ま、まあ―――
クラーケンを食べた事がある、というだけでも
話のタネになりますので」
ティエラさんがフォローするように、彼らの後で
言葉を継ぐ。
宗教とか教義とかは本当に拗れると拗れまくる
からなあ……
とにかくそれが理由では無かった事に安心する。
そんなシンとは対照的に、ティエラの心は
混乱と困惑の極みにあった。
「(あのクラーケンを、美味しく料理する
方法を知っている……
そして食べてはいけない理由として、
『宗教』を持ち出した。
という事は、食べられる機会があっても
断る人間がいる事を想定している。
つまり、わたくしたちから見た
『伝説の海の魔物』とは―――
その程度の存在である、という事……!)」
チラ、とカバーンとセオレムの方を見ると、
両者とも目で返してくる。
「(わかっています、お嬢)」
「(新作料理というからには、この『万能冒険者』
限定なのでしょうが……
少なくともこの男だけは、敵に回しては
なりません)」
無言で意思疎通を行うと、そこへノックの音が
響き―――
「おっ、気付いたようだな姉ちゃん」
あの食堂にいた、白髪交じり灰色の髪をした
四十代くらいの男性が入ってきた。
「なるほど。
そりゃまあ驚くわな。
食った後に言われたら」
ライさんは苦笑いしながら、ティエラさんたちから
事情を聞いていた。
「だが、シン。
お前さんの方はいいのか?
公都『ヤマト』への土産もあるんだろ?」
ふと彼から、食材にしたクラーケンの事を
心配されるも、
「確かに一部と言えば一部なんですけど、
元が大きいですからね、アレ。
まだ40kgくらいはありますから」
今回、クラーケンの『一部』を五十キロほど
氷漬けにして持ってきており―――
つまり、ギルド本部の食堂で振る舞ったのは
十キロ程度に過ぎないのだ。
パック夫妻には五キロほども渡せば問題無い
だろうし、残りは公都に到着してから振舞う分。
ここと同じように一切れずつにすれば、
大体行き渡るだろう。
「すぐ帰るのか?」
「肉の運搬もありますので、一泊してから
戻ろうと思っています」
「そうか。
じゃあいつものように一室を貸してやる」
と、私とのやり取りを終えた後―――
本部長は彼女たちに向き直り、
「お前さんたちは、ちょっとこれから付き合って
くれねえか。
別室で話したい事がある」
「え? な、何か不審な点でも……」
三人が戸惑っていると、ライさんは手を振って、
「あー、違う違う。
ただお前さんたちは冒険者じゃないから、
いろいろと面倒なだけだ。
だってこのギルド本部内で倒れちまったんだろ?
それが暴力沙汰とか、あと食中毒じゃないとか
それを証明して欲しいってだけよ」
ガシガシと頭をかく彼に、ティエラさんたちは
ホッとした表情を見せ―――
私たちは苦笑しながら、部屋を後にした。
「大変ご迷惑をおかけしました」
本部長室へと通されたわたくしは―――
まず彼に頭を下げた。
続いてカバーンとセオレムも一礼する。
「食材に驚いて失神……と」
「ウチは料理の評判も良いので、
結構こういう事は気にするんです。
まあお体も大丈夫そうですし、
ヘンな噂が流れる事もないでしょう」
同性のわたくしから見ても、綺麗な金色の長髪の
女性と―――
眼鏡をかけた知的な雰囲気の美人が対応する。
「一応、貼り紙でも貼っておくか。
『人が倒れた事がありましたが事故です』とか」
ライオネル、と名乗った本部長が笑うと、
つられてこちらも笑顔になってしまう。
「ああ、ところで―――」
「はい、何でしょうか?」
まだ何かあるのだろうか?
わたくしが姿勢を正すと、
「俺には、『危機判定』という魔法が
あるんだが―――
何者だい、お前さんたち?」
それを聞いて、両隣りに座っていた二人が
身構えるが、
「よしなさい、カバーン、セオレム。
その気になればこちらは、わたくしが倒れている
間にどうとでも出来たでしょう」
「…………」
無言で彼らは座り直す。
「そう怖い顔をしなさんな。
そんで見たところ、あんたどこかの王族だろ?
俺もそうだから、どこかしらわかるんだよな。
雰囲気というか背負っているものというか」
『あんたら』ではなく『あんた』という事は、
わたくし一人に絞って話しているのだろう。
「……俺も、と仰いましたが、王族がどうして
このような酔狂な真似を?」
「そりゃあお互い様じゃねぇかなあ。
ま、いろいろあんのよ。
で、『危機判定』が引っ掛かってはいるんだが、
完全に敵、というワケでもなさそうだ。
良ければ、この国に来た事情を聞いても?」
ちら、とカバーンとセオレムに視線を送ると、
「ティエラ様の御心のままに」
「ここに来てジタバタしても仕方ないでしょう。
それに、この御仁もなかなかの者です」
恐らく、二人は目の前の人物の実力を見抜き……
その上で『切り抜けられない』、と言っている。
それにセオレムの言う通り、この期に及んで
騒ぐのもみっともないだろう。
「―――偵察、です。
理由は、ランドルフ帝国の王族の一員として、
戦争回避のために。
また、公聖女教の信者として、亜人や人外と
融合しているといわれる地……
それをこの目で見届けたいと思ったからです。
個人的には、後者の方が真の理由ですが」
わたくしの話を、眼前の男は両腕を組みながら
ふむふむと聞き続け、
「やっぱりあちらさんは、やる気満々なのかい」
「お恥ずかしい話―――
こちらの大陸から、アストル・ムラトという男が
亡命してきてからというもの、軍部がやや暴走の
様相を呈してきています。
彼の作る兵器は想像すら出来なかったものが
多く、それでどこと戦っても勝てると考えて
いるようですので」
それを聞いて、彼は鼻でフー、と大きく息をつく。
「公聖女教というのは?
ランドルフ帝国の宗教か?」
その問いには両隣りの二人が先に口を開き、
「国教ともいうべきものです。
かつて、魔族と人間の争いを止めるために
その身を捧げた―――
公聖女・ミレーレ様を信仰しております」
「僕たちもその一信者です。
彼女の教義、『全ての生き物に慈悲と愛を』、
その体現をしている地があると聞いて、
偵察任務と称して来た次第」
ふむふむ、と本部長はうなずき……
座っているソファの後ろに控える女性たちに
振り向くと、
「とゆーわけだが……
どう思う?
サシャ、ジェレミエル」
「まあ、どうもこうも―――」
「ご自分の目で見て頂くのが一番なのでは?」
あっさりと返され、彼はまたこちらへと向き直り、
「そういや、名乗るのが遅れたな。
俺はライオネル・ウィンベル―――
前国王の兄だ。
ギルドにいる時はライオットと名乗って
いるがね」
「ティエラ・ランドルフです。
帝国の王族です。末端ではありますが。
以後、お見知りおきを……」
わたくしの言葉に、彼の後ろにいた女性二人は
深々と頭を下げる。
「カバールです。
姫様の幼き頃より、護衛を務めております」
「セオレムです。
同じく、姫様の護衛です」
わたくしの名乗りの後、素直に二人も続く。
「それで、まあ……
姫様から見て、この国はどのように見えた?」
王族にして本部長の問いに、わたくしはコホン、と
咳払いして、
「信じらない、といったところでしょうか。
食事は元よりお風呂にトイレと―――
数日滞在しただけで、貴国の豊かさを
実感しました」
話の途中で一息つき、
「そしてドラゴンの子供をこの目で見ました。
半人半蛇の亜人も―――
ドラゴンやワイバーンが人の姿に、というのも
事実なのでしょう。
さらに人と対等に接し、結婚までしている。
まさに公聖女・ミレーレ様が唱えていた
世界です。
この事を我が国が知れば、戦争を回避する考えの
者が、少しは増えるかも知れません」
そう語るわたくしの前で、ライオネル様は
苦笑する。
わかっている。そんな簡単に戦を取りやめる
連中ばかりではない。
何しろ必勝の技術が自分たちの側にあると思って
いるのだ。
結局は軍事的技術の優位性―――
『手を出したらこちらの方が被害が大きい』、
それを知らしめる何かがないと。
「なあお姫様。
もっとこの国の事を知りたいというのなら、
公都に行くのが一番だぜ?」
言っている意味がわからない。
ここはウィンベル王国の王都のはず。
ならば一番栄え、発展しているのはここでは
ないかと―――
そんなわたくしの心境を見透かしたかのように、
彼はニッ、と笑い、
「シンに頼んでおいてやるから、『乗客箱』で
向かえばいい。
そして帰って来た時、あなたが一番知りたい
情報を教えよう」
先ほど―――
『ご自分の目で見て頂くのが一番なのでは?』
と言った彼女たちが、微笑みながらこちらを
見ている。
「……わかりました。
わたくしたちが、ランドルフ帝国の者だと
いう事は、どうかご内密に」
そう答えると、ライオネル様も何か
思い出したかのように、
「あ、そうだ!
俺がギルド本部長をしている事―――
『危機判定』を持っている事は、
王族の中でも秘中の秘だから。
それもご内密にしてもらえると助かる」
両の手の平を合わせ、拝むように頼む彼を前に、
わたくしもカバーンもセオレムも、その頬を
緩ませた。
「へえ、それで本部長に紹介されたんですか」
「はい。
そちらへ行けばもっと面白い物があると
言われまして……」
翌日―――
アルテリーゼが運ぶ『乗客箱』の中で、
あの三人の同乗をライさんから頼まれた。
行きの、アイゼン王国へ献上するための荷物が
無くなった分、肉を買い込んでもまだ余裕があり、
それを快諾。
ティエラさん、カバーンさん、セオレムさんの
三人と一緒に空へと旅立ったのである。
(メギ公爵様とレジーナさんは王都で別れた)
「まあ、料理とか新技術は、あっちが本家みたいな
モンだしね」
『確かに、公都『ヤマト』を知らずして―――
ウィンベル王国を知った事にはならぬであろう』
「ピュイ!」
メルと、伝声管を通してアルテリーゼも同意の
言葉を伝えてくる。
それを聞き、戸惑いの表情を見せる三人。
「でも今回、アタシたちは何の役にも
立たなかったような」
「そ、それは仕方ないですよエイミ姉さま」
落ち込むような声を上げるラミア族の少女に、
抱き着いたままの少年が慰めの言葉をかける。
「事前情報と違いましたから、そこは……
でも、エイミさんとアーロン君の姿は、
ある意味、人間族との関係の一例として
見てもらえたと思いますよ」
「アレを聞いた時、全員の目の色が
変わったもんねえ」
私がフォローに入ると、もう一人のラミア族も
苦笑しながら同意し、
「人魚族にラミア族、ですか」
「公都に行けば、まだまだ亜人や人外がいるという
お話でしたが」
カーバンさんとセオレムさんが、未だに
半信半疑の表情で聞いてくる。
「そうですね。
今、公都で暮らしているのは……
亜人は獣人族にラミア族、ハーピー、アルラウネ、
それに半人半蜘蛛のアラクネが、この前加わり
ました。
人の姿になれるのは―――
魔狼にドラゴン、ワイバーン、それと
チエゴ国にですがフェンリルがおります。
魔狼は人間との間に子供が産まれていますし、
あと小さいゴーレムや精霊様も、子供たちに
交じって遊んでいますので。
あと……」
そこで私は一息ついて、
「……失礼ですが、みなさんは魔族について、
どのような認識でいるでしょうか」
三人は目を白黒させていたが、ティエラさんが
一番先に気を取り直して、
「は、はあ……
三百年以上前に、人間の国々と争ったと聞いては
おりますが。
でもそれはおとぎ話では?」
「いえ、タブーとか敵意とか悪感情がなければ、
それでいいんですけど」
すると他の二人が戸惑いながら、
「いや、敵意も何も」
「実在するかどうかもわからないものに、
これといった感情はありませんよ」
そこで私はホッとして、
「そうですか。
いえ、実は魔族の方々は今、こちらの人間と
友好的な関係を結んでおります。
特にお酒や各種調味料は、彼らの技術と協力
無しでは、回らないくらいですから」
私の説明を聞いて、ポカンとする三人を
乗せたまま―――
『乗客箱』は公都へと飛び続けた。
「戻りました」
「おう、お疲れさん」
冒険者ギルド支部の支部長室で、部屋の主が
労いの挨拶を返す。
「しかし人魚族ッスか。そりゃあまた」
「でも水中なら、ラミア族と勘違いしても
仕方ないかも」
褐色肌の青年と、丸眼鏡の女性職員―――
レイド君とミリアさんも会話に入って来る。
大方の報告は定期のワイバーン便で入っている
だろうが、やはり当事者から話を聞くのとでは
違うのだろう。
「で? その3人は?」
私は報告のためにギルド支部へと来たのだが、
家族とラミア族の女性、その専属奴隷の少年は
同行しなかった。
メルとアルテリーゼは、宿屋『クラン』へ
クラーケンの一部を、
エイミさんとタースィーさん、アーロン君は、
パック夫妻の元へクラーケンの残りを届けに
向かわせていて、
ティエラさん・カーバンさん・セオレムさんは、
一応、ライさんからの紹介でもあるので、
実質この公都のトップである、ジャンさんに
顔合わせさせるために来てもらっていた。
「各地を流れ歩いている商人さんです。
ティエラさんが主人で、カーバンさん、
セオレムさんはその従者との事で。
商売のタネを探していたところ―――
ウィンベル王国の王都・フォルロワの
冒険者ギルド本部で出会いました。
そこでまあ、いろいろと」
クラーケンを食べて失神した、というのを
説明して良いものかどうか悩んでいると、
「この手紙にゃそこの姉ちゃんが、
クラーケン食ってブッ倒れたって
書いてあるけどよ。
アレ、食えたのか」
ライさーん!!!
と心の中で叫ぶがどうにもならず、
「そういや、シンさんがアイゼン王国で、
倒したとか言ってたッスよね」
「大部分は人魚族に渡したって話でしたけど」
赤面しているティエラさんをフォローしようと
してか、レイド夫妻が会話をつなぐ。
「あれ、実は公都にお土産として一部を
持ち帰ってきているんです。
宿屋『クラン』に卸しましたから、
後で食べに行ってください。
多分、1人1切れか2切れくらいは食べられると
思いますので」
「やったッス!!」
「クラーケンかあ~。
どんな味なんだろう」
ギルドメンバーで盛り上がっているところへ、
「て、天ぷらとフライで頂きましたが、
非常に美味でした。
それであの、わたくしたちについては……」
ティエラさんの質問に、ギルド長は白髪交じりの
頭をかいて、
「それについちゃ、特に何も書かれていねぇな。
まあウィンベル王国は初めてだって話だし―――
適当に過ごしてくれ」
「わかりました。
ありがとうございます」
そこでいったん解散となり、私は家族が
待っているであろう、宿屋『クラン』へと
向かった。
「どう思いますか、カバーン、セオレム」
ある場所で、彼らは目の前の光景に見入っていた。
『亜人や人外に思うところが無いってんなら、
児童預かり所へ行ってみな』
そう帰り際にギルド長に言われた三人は、
勧めに従って、その場所を訪れた。
そして目が釘付けとなった。
彼らは子供たちと戯れ、笑い、そして疲れ……
一息ついていたが、
その目にはある種の充実が宿っていた。
「言うまでもなく」
「蜂までいたのには少々驚きましたが」
彼らが児童預かり所に来て最初に目にした
光景は―――
ハニー・ホーネットという蜂の魔物が、
糸をU字のように垂らし、
それに子供たちがイスのように乗っかって、
飛び回る姿だった。
それを皮切りに、魔狼に馬のように乗る男の子や、
ラミア族の女性にシッポで巻かれて眠る女の子。
人と全く区別のつかない姿のワイバーンの少年と、
彼と手を繋ぎ歩く貴族の少女。
そしてそれを冷やかす、精霊と思われる
ふよふよと飛んでいる女の子。
また施設に預けられた赤ん坊をあやす、
小さなメイド服姿のゴーレムもいた。
「ここに来るまでにも、街中で……
肩を組んで共に酔っ払う獣人族と人間を
見ました」
ティエラは、街中での様子を頭の中で
思い返す。
「職員たちの話では、農業をやっている地区へ
行けば、土精霊様やアルラウネに会えるとか」
「アラクネは、糸を提供するため―――
『ガッコウ』というところにいるそうです」
二人が、それぞれ手に入れた情報を語る。
それを聞きながらティエラは、満足感に
浸っていた。
「(人の姿になったドラゴンやワイバーン、そして
ラミア族を見た時に抱いたわたくしの想像の、
その遥か先を行っていた。
ここは本当に……
共存しているのだ。
『受け入れよう』、『寛容になろう』―――
そんな事を言っている人はいない。
なぜなら、それが当たり前なのだから……)」
少し感傷的になった彼女は、思わず信仰対象の
名が口から漏れ出る。
「もし、ミレーレ様が……
このような光景を見れば、どんなに喜ばれるか」
「ミレーレ……?」
名前を聞き返したのは、カバーンでも
セオレムでもなく―――
振り返るとそこには、まだ五・六才と思われる
巻き毛の少年が立っていて、
「あ、何かな、僕?」
ティエラは年相応の対応を彼に向けるも、
「い、いや……!
それより今確かにミレーレ、と言ったか!?
その名について教えてくれ!」
大人びた口調の少年に戸惑うが、年齢が年齢だし
護衛の二人も警戒はせず、
「ええと、おじさんたちはいろいろなところに
商売で行った事があるんだけど」
「そこで聞いた話だが、海の向こうの国で、
公聖女としてミレーレ様を信仰している宗教が
あるというんだ」
優しく子供向けに説明するように話す彼らに、
少年はさらにぐいぐいと迫り、
「それはどのような宗教なのだ!?
か、彼女はどのように語られている!?」
そこでティエラがしゃがんで、彼と同じ
目線になって、
「ミレーレ様っていうのは、かつて人間と魔族が
戦争していた時、それを止めるために力を
つくしたという女性なの。
その後、海の向こうへ渡って―――
『全ての生き物に慈悲と愛を』という
教えを残したと言われているわ。
だからこの公都を見て、つい思い出して
しまったのよ」
それを聞くと、少年はポロポロと大粒の涙を流し、
「変わって……いなかったのだな。
貴女は、最後まで『聖女』であったのだな」
いきなり泣き出した彼を前に、三人はオロオロと
していると、
「マギア様ー!」
「あ、あそこに……
って、えっ!?
き、貴様らマギア様に何を!?」
殺気を放って駆け付けてくる女性二人に、
慌てたティエラたちは思わず身構えるが、
「ま、待て2人とも!
違うのだ、余は聖女様について聞いて
いたのだ!」
そこで外ハネのパープルの髪の女性と、
ダークエルフのような外見の同性は、直前で
ピタリと足を止めた。
「お見苦しいところをお見せした、すまない」
児童預かり所の応接室で、少年は三人に頭を
下げていた。
「では、あなたたちが魔族であり―――
あなたがかつての魔王・マギア……様であると」
彼の座るソファに後ろに立つ、イスティールと
オルディラを見ながら彼女は確認する。
「『霧』のイスティール……」
「『腐敗』のオルディラです。
どうぞお見知りおきを」
伝説とも言える魔族を実際に目の前にして、
ティエラたちは固まっていたが、
「そういえば、ここに来て『ニホンシュ』はもう
飲まれたかな?」
いきなり何の話かと彼らは戸惑ったが、
すぐに少年の話に思い当たり、
「あの透明なお酒ですか?
ええ、王都にいた時に」
「酒精がとても強かったですが、
あれは大変美味しかったです」
カバーンとセオレムが答えると、マギアは
満足そうにうなずき、
「あれは魔族の技術によって出来たお酒なのだ。
口に合ったのなら嬉しい。
もともとの作り方はシン殿に教えて頂いたが」
「シン―――
あの『万能冒険者』の人、ですか?」
忘れもしない、自分にクラーケン料理を振る舞った
人物の名を聞いて、ティエラは聞き返す。
「あなた方が新しいと感じたものは、
ほぼあの方の発案と見て間違いないでしょう」
「それでそれで!
あの、納豆はいかがでしむぐ!?」
と言いかけたオルディラの口を、隣りにいた
イスティールがふさぐ。
「まあ、それより……
聖女ミレーレ様について、知る限りの事を
教えてくれ。
その代わり―――
こちらとしても、出来る限りの事は答えよう」
こうして三対三で、人間と魔族の情報交換が
行われた。
「……何でこんな事に」
数日後、私は―――
冒険者ギルド支部の訓練場にして、即席の
会場となった舞台に立っていた。
「では、これより獣人族の『神前戦闘』を
始める前に……
急遽組まれた一戦!
冒険者ギルド支部の『模擬戦』―――
我がギルドのシルバークラス、シンと、
ティエラとの試合を始めます!」
「なお、シンは対戦相手としてティエラ選手が
指名したもの!
その腕前にはよほどの自信が見られます!」
会場の最上段でレイド夫妻が拡声器を使い、
選手の紹介を行う。
「申し訳ありません。
ですが、『万能冒険者』のお噂を聞いて、
一手お願いしたいと思い……
よろしくお願いします」
ティエラさんがペコリと頭を下げる。
私自身、聞いたのは昨日。
いきなりギルド長から、模擬戦に出るよう
言われたのだ。
聞くところによると―――
相手となるティエラさんはそれなりの実力者で、
魔法に関しては護衛であるカバーンさん・
セオレムさんを上回るという。
商人として各地を旅してきた、というだけあり、
それだけの強さがあっての事なのだろう。
「おー、久しぶりじゃないか?
シンが戦うのは」
「あのティエラって女も、ここに出て来る
くらいだから強いんだろうが」
「だが、シンの敵じゃあるまいよ」
早くも観客席では、相手の値踏みが行われ―――
「シンー、頑張ってー!」
「しかしあのティエラとやら……
魔力は相当ぞ?」
「ピュウ」
家族もまた、近くの客席から私たちを見守る。
「ティエラ様!」
「客席を巻き込まないよう、お願いしますぞ」
彼女の後ろでセコンドについた二人が、何やら
ぶっそうな事を話す。
「わかっています」
そこで彼女が片腕を上げ、それが合図で
あるかのように客席が沸き起こり―――
「……な!?」
「なんだありゃ!?
風魔法!?」
彼女を中心に、対角線に四つの竜巻が出現した。
「(ランドルフ帝国の末端ではありますが、
その力、千の敵に匹敵するといわれた、
『暴風姫』―――
『万能冒険者』よ、わたくしにその力の一端を
見せてください!)」
彼女は王族の一端として、任務遂行のために
この対戦を考えたのである。
相手はどれだけ帝国に対抗出来るだけの力が
あるのか……
名高い『万能冒険者』の実力を知る事が出来れば、
それは大きな情報となる。
そして、戦争抑止に多大な影響力と説得力を
持たせられるとの思惑があった。
「(戦った、という実績だけでも―――
軍はそれをもとに戦力を計算しなければ
ならないはず。
わたくしが少しでもてこずるような相手で
あれば―――
考え直す者も出てくるでしょう……)」
そう『期待』しての相手ではあったが、
当の本人は竜巻を見上げ、
「おお、これはすごい。
『マルズ国の風雷』と言われる、
『風神』ナッシュさんか、それ以上かも」
ティエラを含め、カバーンもセオレムも―――
そんなシンの姿を見て動揺していた。
驚いているのは確かだろう。だが……
それは脅威や恐怖を感じての事ではない。
初めて見る、もしくは意外な何かが起きた―――
その程度の『驚き』なのだ。
一方でシンは考えていた。
「(ん~……
無効化も、今では結構ごまかせて
いるんですよねえ。
この世界、魔法としての『抵抗魔法』は
あるので、相手の魔法が強力であれば
あるほど―――
それを打ち消した時の、『抵抗魔法』の
説得力は大きい。
問題はパッとしないで盛り上がらない
事ですが……)」
そこで私は一計を案じる。
片手を挙げ、手の平を上にして―――
くいくいと手招きするように動かす。
「4つ同時に、どうぞ。
私はここから動きませんから」
「……ッ、なめないで頂きたい!!」
挑発にあっさりと乗っかり、彼女は両腕を
交差させるように構えると―――
四つあった竜巻が重なり、合体し……
ティエラさんの前で一つの大きな竜巻と化した。
観客席がどよめく中、
「どうぞ」
私がもう一言発すると、彼女も応じ、
「てっ、てやああぁあああーーー!!」
叫びのような大声と同時に、竜巻が向かってくる。
同時に私は、すでに思考の中にいて、
風についての条件を思い出す。
竜巻でも台風でも―――
風というのは気圧の変化によって起こるもの。
「温度変化や補助的な道具、外部要因の力……
それらも無しに風を作るなど、
・・・・・
あり得ない」
彼女とは対照的に小声でつぶやく。
すると―――
「えっ?」
「は?」
「……ん?」
瞬時にして巨大な竜巻が消え去った事で、
対戦相手とその従者は、驚きとも疑問ともつかない
声を上げ、
「……そん、な……」
ぺたりと、その場にティエラさんが
座り込み―――
同時に、それが勝負の決着を告げた。