「おいおい……砦が壊されるぞ。お前たちやっぱり戻った方がいいんじゃないか?」
走り続ける3人の兵士たちにそんな声が投げつけられる。
後ろから……一体誰が、と振り返ったときにはもう3人の視界は天も地もなく回転していて、それが首が落ちたことによるものだと知ることは無かった。
砦は崩れた。既に中には誰も残っていなかったため、それによる死者はない。
今のところはビッグボアの目的がずっと壁と砦だったことから、巻き込まれたりしたものの死者はいない。
しかしここからこの魔獣たちがどう動くのかわからない。執拗に砦ばかり狙った動きは普通ではない。
ここの砦とそれを守る外に向けた壁はいずれも長く続くものではない。ただ王都の方へ走り抜けるだけならば障害物のないところを行けばいいのに。
だが魔獣はここだけを狙っていた。
「もういいよ。おうちへお帰り」
そんな声が聞こえて、魔獣たちは静かに回れ右をしてトコトコと帰っていった。
虎の獣人が呆気に取られて声のした方を見やると、
「ごめんね。もう少し早く助けてあげたかったんだけど、僕ではスマートなやり方は出来なくて」
そこには崩れた外壁に座り足をプラつかせているホビットの男の子が申し訳なさそうに釈明をしている。
「一体……いや、何故魔獣は帰って行った?」
「それはエミールのスキルで操っていたからな」
いきなり虎獣人の後ろからフードの男が現れ代わりに答えた。
「うおおっ⁉︎ なんだあんたは⁉︎」
「キスミさん。やってくれたんだね。ありがとう」
エミールとキスミ。その2人は突然ここに現れ、この事態を引き起こしたのだと言う。
「ここにはもう貴族関係はいないのだな?」
虎の驚きなど構わずキスミは問いかける。
「あ? ああ……奴らは3人とも先に逃げ出したさ。残ったのは俺たちだけだ」
そこにいる獣人たちは程度の違いこそあれ、無傷な者はいない。
「分かった。では……大いなる癒しを」
そう言ってキスミはいつの間にか手にしていた杖を持ち上げ緑に輝く液体を作り出したかと思うとそれは高く打ち上がり、雨のように降り注いだ。
奴隷も貧民もここに残らされた皆が癒しを与えられる。
傷は癒え、折れた腕や脚も治る。潰れた目も治り「目が見えるっ!」と歓喜に震える声が聞こえる。
「キスミさんはやっぱり凄いなぁ」
凄いなんて言葉で済むことではない。治癒と分類される魔術は昔の英雄たちしか使えない秘術とされているのに、それをここにいる全員に施すなど。
「キスミって言ったか? 済まない、礼を言う」
虎獣人はそう言って頭を下げる。
キスミはその虎獣人の手を取り何かを手渡す。
「これは……?」
「何だ、見たことないのか? それが今の今までお前たちを隷属させていたものだ」
虎獣人はハッとしてまじまじと手のひらの中にあるものを見る。
そこには菱形の石があるのだが、その中に刻まれた文字はニホン語で支配と刻まれている。
「その魔道具の石は本来奴隷の手に渡ることはない。それを手にした奴隷はその時をもって解放されるからだ。あと2つある。順番に回していけ」
再び砦には歓喜の声が響き渡る。もはやここには奴隷などいない。
「──あれってやっぱり昔の英雄達が作ったものだよね」
「この世界の者には作れんよ。あれには違う法則が働いている」
そう言ってキスミは霧のようになって消えてしまった。
「はぁ……この世界の、か。キスミさんのいた世界ってどんなだったんだろうな」
取り残されたエミールはこの後のここの連中への対応を自分1人ですることに気がつき溜め息をついた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!