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——消えた公安部捜査官たち。同じ公安部の人間が、秘密組織の情報を漏洩した。彼らが目撃したのは、月原が想像だにしなかった、法をねじ曲げる真の闇の顔。—— 月原は、倉庫街を駆け抜ける。奪われたデータへの焦燥、公安部という同じ組織内部の裏切り者への憤怒、そして何よりも、「ゼロの執行室」の精鋭である河口柚月と内宇利茅羽馟の安否不明という最悪の状況が、彼の心を苛む。タクティカルスーツのままパトカーに乗り込み、アクセルを荒々しく踏み込んだ。
「水科!河口と内宇利の最終発信位置を特定しろ!GPSが途切れる直前で構わない。全力で急ぐ!」
インカムから水科彩の震える声が響く。「主任!最終発信位置を特定しました。真のターゲットの隠匿ルートとは別の、市外の廃工場です。しかし……そこは、通常の公安捜査では絶対にアクセスしないような、完全に空白の地域です」
(思考)「空白の地域だと?真のターゲットの護衛ルートを離れて、なぜそんな場所へ……?何かがおかしい。公安部の人間が、なぜこの情報に関わっている?」
月原の脳裏に、偽装ターゲットの倉庫街で対峙した男の言葉がよぎる。「お前が追っているのは、殺人犯の影じゃない!『法と正義』の執行者というお前の仮面を剥がすのが目的だ!」
廃工場に到着した月原は、車両を降りるなり、周囲の異常な静けさに息を呑んだ。人気がないのは当然だが、動物の気配すら感じられない。まるで、この空間から生命が根こそぎ排除されたかのような、不気味な沈黙が支配している。
工場内部へと慎重に足を踏み入れる。埃と錆の匂いが混じり合い、朽ちた機械の残骸が不規則に並んでいる。その中で、月原の目は、地面に残された引きずられたような跡を捉えた。
「水科。現地の状況は最悪だ。戦闘痕跡はない。しかし、何かが持ち去られた痕跡がある」
月原はさらに奥へと進む。ひときわ大きな機械の影に、血痕を見つけた。それは、新しいものだった。
「血痕……!」
月原は心臓を掴まれたような衝撃に襲われる。だが、それは予想された事態でもあった。重要なのは、誰の血か、そして、彼らの命はまだ繋がっているのかどうかだ。
さらに進むと、壁に立てかけられた古い作業台の上に、河口と内宇利が使用していたと思われる小型の盗聴器が置かれているのを発見した。月原は慎重にそれを手に取る。再生ボタンを押すと、ノイズ混じりの音声が流れ出した。
『——くそ、なぜこんな場所に……』
それは、紛れもなく河口柚月の声だった。
『……!内宇利、伏せろ!』
銃声とも違う、金属が弾けるような異音が響く。
『来るぞ……!なんだ、あれは……人間じゃねえ!』
内宇利茅羽馟の悲鳴に近い声。そして、異様なうめき声のようなものが続く。それは、まるで獣のような、それでいてどこか人間的な響きを帯びた、不快な音だった。
『データ……データが……奪われる!』
河口の声が途切れがちに響き、やがて、何かが地面に落ちるような鈍い音がして、音声は途絶えた。
月原は、盗聴器を握りしめる手が震えるのを感じた。「人間じゃねえ」という内宇利の言葉が、脳裏を反響する。
(思考)「化け物……?まさか、この殺人組織の背後には、ただの人間ではない存在がいるのか?公安が直面する、未知の脅威……そして、同じ公安部内の人間が、この情報をリークしたというのか!?」
彼のプロファイリングの常識が、根底から揺らぎ始める。
「主任!吾妻からの緊急報告です!内部の裏切り者の身元を特定しました!公安部の荻野原日真惢(おぎのはら・ひまこ)29歳です!現在、彼女の行方は掴めません!」
水科の報告が、月原を更なる絶望の淵へと突き落とした。同じ公安部、しかも「ゼロの執行室」のメンバーではない荻野原日真惢。月原自身、公安内部の彼女とは協力捜査で何度か顔を合わせていた。彼女が、裏切り者だったのか。なぜ、彼女が「ゼロの執行室」の極秘作戦に直接関与し、情報を漏洩させたのか。
(思考)「荻野原……あの女が……!俺を**『法と正義の執行者』**と呼んだ男の言葉を、なぜ同じ公安部の荻野原が知っていた!?そして、なぜ彼女は、我々『ゼロの執行室』の秘密情報を知り得た!?これは、公安内部の深い闇だ……!」
公安部という同じ組織内での裏切り。それは今回の事件が単なる殺人事件ではなく、国家の根幹を揺るがすような政治的な思惑、あるいは公安部内の深い亀裂が絡んでいることを明確に示唆していた。荻野原の言葉の意味が、今、月原の中で再構築される。彼らは、月原が信じる「法」の限界を突きつけようとしている。そして、河口と内宇利は、その「法」の裏側にある、真の闇に触れてしまった。
月原は、盗聴器をオフにし、静かにポケットにしまった。彼の胸には、奪われた真のターゲットの情報、裏切り者の荻野原日真惢への憎悪、そして「人間じゃない何か」という理解不能な敵の存在がのしかかる。
「水科。この廃工場一帯を、厳重に封鎖しろ。そして、警視総監へ緊急連絡。公安部の荻野原日真惢の逮捕は、最優先事項だ。彼女は、河口と内宇利の運命、そして『44』の謎を知っている」
月原は、再び孤独な戦場に立たされていた。彼の使命は、もはや「法」を守ることだけではない。「人間じゃない何か」によって失われた、河口と内宇利の運命の真相を暴き、そして、同じ公安部に属する荻野原日真惢が示す「法と正義の執行者」という仮面の、その裏に隠された真の顔を見つけること。
彼の「贖罪」は、更なる深淵へと引きずり込まれていく。