第12話:リングレスの少女
放課後の駅ビル。
人の波のなかを、**少女・メイ(17)**は静かに歩いていた。
ロングスカートに薄灰のパーカー。
艶のない肩までの髪は結ばず、目線はいつも少し下を向いている。
彼女の両手――そのどの指にもリングははまっていなかった。
それは、この都市でめずらしい光景だった。
今の社会では、魔法リングは「持っていて当然」の道具。
通学には移動補助リング。
家庭では家事補助リング。
連絡、記録、体調管理、気分の安定すらも――
リングひとつで“日常が整う”のが当たり前だった。
だからこそ、彼女は目立つ。
「ねえ、あの人……リングないよ」
「手ぶらって、どうやって生活してんの?」
すれ違う人々のささやき。
けれどメイは、何も聞こえないふりをしていた。
かつて、メイもリングを持っていた。
小学校4年の時、風属性の初期モデル。
その指輪が光った瞬間、心が躍った。
“わたしにも風がある”と感じた。
けれど、中学2年のとき。
ある日突然、彼女はリングを外し、それきり戻さなかった。
理由は、誰にも語っていない。
「ごめん、メイ。今日のグループ課題、指輪なしだとちょっと……」
放課後の図書室で、同級生にそう言われた。
グループワークには属性バランスが必要とされる。
リングがなければ、「役に立たない人間」として扱われることもある。
メイは、静かに首を振った。
「ううん、わたし、ひとりでやるから大丈夫」
そんな彼女を気にかけていたのが、**生徒会副会長のハルキ(18)**だった。
ベージュのカーディガンに、グレーのスラックス。
明るめの栗色の髪と、やわらかい目元が印象的。
彼のリングは音属性で、細い銀線のようなデザイン。
「話す」「伝える」ことに特化した魔法だ。
ハルキはある日、メイの机にそっとメモを置いた。
「リングなしでも、話はできるから。 よかったら屋上にきて」
その文字だけで、メイの心の奥に、小さく風が吹いた気がした。
夕方、校舎の屋上。
吹き抜ける風の中で、ハルキは柵に寄りかかりながら言った。
「リングってさ、“自分を示すもの”だと思ってたけど……
メイを見てたら、“持たないことで示す強さ”もあるんだって思った」
メイは驚いたように、顔を上げた。
「……わたし、こわいだけだよ。
魔法が、気持ちをつないでくれるって思ってたのに、
いつの間にか、魔法“がないと”話せない人ばっかりになってて……」
ハルキは頷いた。
「だから、君のまま話してくれるのが、うれしいんだよ。
俺、音の魔法があるけど、“聞いてくれる人”がいないと響かないから」
その言葉に、メイはようやく笑った。
ほんのすこし、顔を上げた。
その夜。
メイは机の引き出しの奥から、昔の風属性リングを取り出した。
けれど、指にははめなかった。
代わりに、ノートに文字を綴った。
「わたしは、まだ風の音がこわい。 でも、誰かの声なら聞いてみたいと思った。」
魔法は、人と人をつなぐもの。
でもそれがすべてではない。
“何も持たない”選択が、誰かにとっての最初の魔法になることもある。
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