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Side黄
彼が指定した店は、飲み屋街のはずれにあるバーだった。
普通の居酒屋を想像していた俺は、着いてみて驚いた。隠れ家的な場所で、詳しく聞いていないとわからないようなところだ。
ドアをくぐると、間接照明がお洒落な店内を見渡す。
カウンターの奥のほうの席で、大我は座っていた。
「お待たせ。合ってるかわかんなくてビビったよ」
そっか、と笑う。
「ここは親父と何回か来たことがある店でさ。お酒も料理も美味いんだよ」
なるほど、と理解した。確かに京本家なら御用達でもおかしくない。
「でも…なんで俺と?」
ずっと訊きたかったことを口にした。期待はしないでおこうと思った。
「何となく。だって樹とかジェシーはダメだったもん。仕事らしくて。高地なら空いてそうだし」
やっぱりか、と肩を落とす。
「樹とは家上がらせてもらって飲んでるし」
その言葉に衝撃を受ける。いや、関係性を考えれば妥当だろう。
「ほんとに? 適当に俺って決めたの?」
「うん。なんか誰かと飲みたい気分でさ。めっちゃ久しぶりだわ」
その「誰か」で俺を選んでくれたことだけでも嬉しかった。
「何にする?」
大我に問われ、「俺は…じゃあジンライム。大我は?」
「リキュールにしようかな。カシスとか」
それぞれバーテンダーに注文する。
あまり意識しすぎたらまた心拍数が上がりそうで、うつむいた。なるべくメンバーとして接しよう。
それでも少しだけ見たくて、左の大我にちらりと顔を向ける。
薄暗い中、頭上のライトに照らされて綺麗な色白の肌と茶髪が浮かび上がる。
目の前でボトルを振るバーテンダーを見つめているからか、俺の視線には気づかない。
しかしいつの間にか見とれていた。大我がふとこちらを向き、「ん?」と眉を上げる。
何でもない、とつぶやく。耳が赤くなるのが自分でもわかった。
やがて、俺のジンライムと大我のカシスソーダがカウンターに置かれる。一口含むと、爽やかで軽い柑橘の香りが広がった。
隣の彼の表情も緩む。「どう?」
美味しい、と答えた。率直な感想だった。
「良かった。また樹も連れてこよう」
その言葉にドキリとなる。大我は何気なく言ってるだろうけど、また心が痛んだ。その痛みで胸が張り裂けそうだ。
それを無理やりお酒で流す。
そのあと運ばれてきた、彼がおすすめした料理もまた美味しくて、純粋にこの場を楽しんでいた。
「なあ高地ー、一緒に来てくんね?」
午後11時を過ぎて店を出て、タクシーに2人で乗り込んだときのことだった。
酔って少し間延びした口調で、大我は言った。その言葉の俺にとっての重大性をたぶん考えずに。
「っ……。わかった」
その瞬間から、落ち着いていた心拍がまた暴れだす。
しかし冷静に考える。「家に入って」なんて一言もいっていない。玄関先で見送る、ただそれだけだ。
大我に俺の気持ちを伝えていないということを思い出したのは、彼の家に着く直前だった。
続く