コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
蓮がこうやって過去の話を持ち出してくる時は、たいてい俺をからかいたい時だ。
さっきの説教の腹いせのつもりか?いちいち真に受けてやるかよ。
「ああそうだったな。けど今は、ついてきてやってるんだけどな」
「そ、それはあんたが勝手にそうしてるだけじゃない」
「ああそ。じゃナンパも断らないほうがよかった?」
「そ、そんなこと言ってないじゃない…」
と、絡めていた指の爪で、俺の手の甲に爪をたてる蓮。
ああ痛い痛い。
「ね、覚えてる?」
「なに」
「町内会の企画で肝だめしがあった時のこと。あんたと一緒に回ることになったんだけど、その時も『蓮ちゃん待って』って。でもその時は私も怯えてたから余裕がなくて…ついつい『ついて来ないでよ!』って言っちゃったら、あんた泣いちゃって…。ひどいことしちゃった…」
「……」
思わず閉口する。
さすがに、この話は…。
あの時、泣いたのは俺しかいなくて…それで付けられてしまったのが『へなちょこ蒼ちゃん』だなんて不名誉なあだ名だった。
はっきり言って、トラウマだ
なのに持ち出すとは。ほんと、無神経なやつ。
それは遥か遠い昔の話だろ。今持ち出して、なんになるってんだよ。
俺は蓮に振り替えると、冷ややかに見つめた。
「そうだな。おまえの言う通り、俺はへなちょこだったな。いつもおまえにバカにされてた」
「…別に、バカになんかしてなかったよ?そりゃ、きついこと言ったりしたかもしれないけど…。今だから言うけどね、蒼のこと、本当に心の底から大切に…家族のように思ってたんだよ?」
家族、ね…。
「へぇ、そうなんだ。あんがと。蓮がそんな風に俺のこと思ってたなんて知らなかったなぁ」
「……」
皮肉めいた口調のまま、俺は薄く笑みを浮かべて続けた。
「じゃあさ、俺も教えよっか。なんでバスケ始めたか」
「え?それは流行ってて…友達がみんな始めたから…」
「ちがう。それは表向き。本当は、そうやっておまえにへなちょこ扱いされるのが…世話のかかる『家族』みたいに思われるのが、嫌だったから…」
ぐいっ
と俺は握っていた蓮の手を引いた。
そして、抱き寄せるように、耳元まで唇を近づけた。
「おまえに『男』として見てもらいたかったからだよ」
低く強くささやいた声に怯えたのか、
蓮は咄嗟に身を仰け反らせて、俺から離れようとした。
けど、
ぐいっ、とさらに強く引っ張って、電柱に押し付け、細い顎に指を当てて上を向かせる。
まっすぐ俺を見つめるように。
「…ほら、よく見てみろよ。おかげで、もうすっかり大きくなったろ」
いい加減、ムカつくんだよ。
俺はいつだっておまえだけを見てきたのに、おまえはいつまでも昔の俺しか見ていない。
いい加減、認めろよ。
もう昔の俺はいないって。
今の俺だけを、見ろよ。
街頭の下、俺の影に閉じ込められながら、蓮は俺を凝視していた。
ああまた。胸がカラカラする。
好き過ぎてたまんないって、胸が悲鳴を上げている。
顔を真っ赤にさせながらも、勝気な黒目は俺をにらんでくる。
「こんなことして、楽しい?小さい頃の仕返しのつもりなの?」
「は?」
「生意気よ。蒼のくせに生意気…!」
蓮は俺の腕の下から、するりと逃げだした。
そして、踵を返すとひとりでスタスタと家に向かっていってしまう。
振り向いた拍子に揺れたポニーテールに頬を張られたような気になりながら、俺は立ち尽くした。
なんだよ今の。
仕返し?
生意気って、なんだよ…!
ブン…
とそこで、スマホのバイブが鳴った。
誰から電話だ?と思って、おもむろに見てみるとーーー。
『芦名美保』の表示。
蓮の母親からだった。
なんで俺に…。
けど今は九時近い時間だ。なにか緊急の連絡かもしれない。
いぶかしみながら出てみると、おばさんは慌ただしく話しだした。
『あ、もしもし?蒼くん?よかったー出てくれて!お久しぶりですー美保ですっ。急にかけてごめんね!もー蓮のおバカったら、何度かけても出ないからさー』
「ああ…きっとバタバタしてたから、スマホ部屋に置きっぱなしなんだと思います」
『もう肝心な時にあの子は~。まぁよかった、蒼くんが出てくれたから!』
おばさんはまだ会社にいるんだろうか。
それにしても、後ろが騒がしい。
ガヤガヤ人の声や、時折アナウンスまで聞こえる…。
「なにかあったんですか?ずいぶん遅いから、蓮が心配してましたけど」
『それがね、実は急用ができてしまって…。発車の時間が近いから、手短に話すけど…実は仕事で急にねーーー』
神様。
もしいるんだとしたら、これは感謝すべき、なんすか。
報われない片思いに苦しんでいる俺を憐れんで与えてくれたチャンスって考えて、いいんですよね…。
『…向こうについたらもう一回かけるつもりだけど、一応蓮に伝えといてくれるかな?』
「はい」
『急で本当に悪いんだけど…でも蒼君がいるから大丈夫よね!』
「はい、大丈夫です」
『蒼君もすっかり大人になったから頼もしいわ。じゃあ、蓮のことよろしくお願いするね』
「おばさんも、無理しないでお仕事してください」
『ありがとう。じゃ、また二、三時間したらかけるねーーー』
通話を終えた俺は、突然与えられた絶好の機会のありがたさに、高ぶる気持ちを静めた。
蓮。
ほら、おばさんだって『大人になった』って認めてくれた。
だから、おまえにも、認めさせてやるよ。
俺が変わったってこと。
『幼なじみ』は今夜で終わりにしてやるよ。