コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
2
蓮Side
「はぁあああ…」
蒼をおいて家に帰ると、私は長く深く息を吐いた。
さっきからずっと火照りっぱなしの頬に、ぱんと両手を当てる。
緊張しまくって反対に冷え切った指先は、ひんやりとして心地よかった。
なんなのよもう…あいつ…。
度重なる蒼の色気攻撃に、私のHPはもう枯渇状態だった。
やたら世話焼いて来るかと思えば、ヘンなこと言ってきたり…
しまいには…最後のあれ、なんなのよ…・。
強引に顎を上を向かせる力強い指先。
その感覚が、今もありありと残っている。
思いつめたように見つめてきたあの色っぽい目を思い出しただけで、
今も息が止まりそうになって。
そして、かすれた声で言ってきた言葉が、耳に焼き付いて離れない。
『…ほら、よく見てみろよ。おかげで、もうすっかり大きくなったろ』
確かに蒼は変わっていた。
見上げるほどに高くなった背も、大きな体も、それに負けないくらいの自信や余裕を感じさせる、落ち着いた性格も。
ぜんぶ、昔の蒼にはなかったものだ…。
でも、そう感じるたびに、私の胸はじりじりとわだかまりを覚える。
くやしい…って。
落ち着け、蓮。
ふぅうと大きく深呼吸して、自分に言い聞かせた。
落ち着くのよ、蓮。どんなに外見が変わったって、することが大胆になったからって、蒼は蒼よ。
『幼なじみ』に、変わりないんだから。
少し落ち着いてきて、リビングの時計を見たら、もう九時になろうとしていた。
それにしても、美保ちゃん遅いなぁ…。
どうしたんだろう。電話してみよっかなぁ…。
うーんでもすごく忙しかったら悪いし…。
とりあえず、夕飯作ろっか…。
と、流し台に向き合った、その時だった。
「腹減ったー」
とん、と右肩に重みを感じたかと思うと、
まだ耳に残っているあの低い声が、耳元に響いてきた。
「きゃ…っ」
咄嗟に振り向こうとしたけど、とどまる。
だって、肩の重みはそこに顎を乗せた蒼の重みで、
その腕がぎゅうと私を抱き締めてきたから…!
「蒼…っ!?な、なにしてんのよっ」
「腹減って…。もう倒れそうだから」
と、もたれ掛るように抱き締める力を強くする。
突如の奇襲にパニックになりそうになりながら、私は続けた。
「すぐできるから待っててよっ…!これじゃあ、作れないじゃないっ」
最後は悲鳴みたいに言うと、蒼はゆっくりと腕を離した。
「じゃ、なんか手伝う」
「いいよ…っ」
またなにかして来たら困る。
食器の準備だけ命じると、私は蒼をさっさとリビングに追いやった。
い、今のでHP完全にゼロになったかも…。
私が怒って先に帰ったと思って、ご機嫌伺いでもしたわけ…?
ああ、もういい。
いちいち振り回されてたら身が持たない。
とにかく夕飯を…。
から揚げを揚げている間に魚料理も一緒に作っちゃって、サラダも野菜を切っただけで済ませて、ご飯は朝炊いたのでいいし、汁物はインスタントでいいや。
と、頭の中で手順を整理すると、大きな鍋でから揚げを一気に揚げて、手際よく準備して、さっさと夕食を作った。
「はいおまたせ」
「おおおー揚げたてうまそう!」
お待ちかねのから揚げが出てくると、蒼は破顔してそのまま、さくっと一口頬張った。
「どう?」
「ちょー美味い」
コンビに行っている間に下味がよく浸み込んだみたいだ。
率直な感想をもらって、私も思わず顔がほころばせながら、魚料理に口をつけた。
「蓮はから揚げ食べないの?」
「こんな時間に揚げ物なんて、太っちゃうもん」
「ふぅん。まぁ確かに丸くなってきたもんな」
「え…!ほんとに?どこが?」
「あちこち」
って…私は次の瞬間、顔中が火照るのを感じる。
さっき、抱きしめた時しっかり確認したのかな?
蒼のすけべ…!…そんなに太ったかなぁ?
部活もやってないし…油断してた…?
今夜は魚料理も作っておいて正解だったな…。
鮭ときのこの和風炒め。
あっさり仕上げの料理。
こんな時間に食べるには申し分ないよ…なんて、しみじみ口に運んでいると、
「…なによ」
蒼が物欲しそうに、じっとこっちを見つめていた。
「人が食ってるのって、どうして美味そうに見えるんだろうな」
「そ…蒼の分は無いわよ。いらないって言ったの誰よ」
「じゃ蓮のちょっとちょうだい」
「ええー。もう仕方ないなぁ」
コンビニで私のこといやしいって言ったの、撤回してよね!
と、皿を差し出した。
けど、蒼は手を付けないで、口を大きく広げた。
おこちゃま!?
鮭ときのこを放り込んでやると、蒼はもぐもぐと咀嚼し、
チラ
とあの切れ長の目でにらむように見るなり、親指でグーサインを出した。
美味すぎて言葉も出ない、という感想だ。
ああ、相当味覚にマッチしたみたい。
考えてみれば、蒼は和風好みだったな。