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「あ、市川君。こっちこっち!」
駅から徒歩10分。
市の生涯学習プラザの前で首藤灯莉は細い手を上げた。
「悪い遅れて。待った?」
「ううん。でも迷ってるんじゃないかって心配した」
輝馬が駆け寄ると、朝日を浴びた彼女はニコニコと微笑んだ。
今日は白地にブラウンのドッド柄のブラウスにヒップのラインを強調したジーンズ。
Vネックがやけに深く、美しい鎖骨はもちろん、うっすらと胸の谷間が見える。
長い髪の毛を今日は綺麗に巻いていて、頭にはキャラメル色のベレー帽をかぶっている。
先日みたいに男に媚びた格好ではない。
それなのに不思議と妖艶に見える服装だ。
「こんなに早く連絡貰えると思わなかったー」
彼女は垂れた横髪を耳にかけながら輝馬を見上げた。
「ああ。実はちょっと前から興味あったから」
「サイドビジネスに?」
首藤は大きなガラス戸を両手で押し開けながら、大きな目で輝馬を見上げた。
「うん、っていうか……」
輝馬はドアを開けるのを手伝いつつ、首藤を見下ろした。
「カジノってやつ?」
「カジノっていうと響きが悪いかもしれないけど、オンラインカジノゲームね」
首藤は慌てて言い直すと、生涯学習プラザの中に入っていった。
「でも実際に金をかけるんだろ?」
「そりゃ、ね。でもそんなの課金ゲームとおんなじだよ?」
首藤はそう言うと、慣れた様子で階段を上がり始めた。
(ただの課金ゲームなんかで、そんな体中ブランド品が買えるかよ)
輝馬はその後ろ姿に向かって心のなかで毒づいた。
先日、首藤の口から出た言葉「オンラインカジノ」。
それは短くかつ簡潔で、それゆえに謎が多く暗い印象を与えた。
「別に危ないゲームじゃないよ。だったら私もやんないし」
踊り場で振り返った首藤は階段を上がりながら話を続けた。
「好きな時に好きなだけできるし。もちろん時間を合わせてやらなきゃいけないライブカジノもあるけどさ。基本的にはやるのは自宅で一人で、だから」
「自宅で一人で、ね。ところで選べるゲームの数って何種類くらいあるの?」
再び振り返った首藤はニコッと笑った。
「それはコースによるかな」
「コース?」
「そういうところの詳しい説明もちゃんとしてくれるから大丈夫だよ」
彼女は2階に踏み出すと、今度は振り返らずにスタスタと歩いて行った。
廊下の突き当たり。
南側にある部屋から太陽の光が漏れている。
彼女が思い切りドアを開け放つと、中から花の香りが溢れでてきた。
「おっはようございます!」
元気な声で言った首藤に、皆が、
「おはよう!」
「今日はゆっくりだったな」
温かく迎え入れる。
「なんだぁ?今日は彼氏連れか?」
小言まで飛び出し、「違いますよ、もう……!」首藤が膨れて見せる。
その顔に一瞬見惚れそうになる。
しかし輝馬は頭を軽く振った。
(相手はあの首藤灯莉だぞ。いくら今の彼女がかわいいからといって、過去がなくなるわけじゃない。仲良くする分にはいいが、恋愛感情を持たれないように気を付けないと……)
お愛想程度にぺこりと頭を下げると、真ん中にいた眼鏡をかけた男がこちらに向けて歩いてきた。
「はじめまして、こんにちは。僕はこのグループのホストをしてます、留守と書いてトメモリと言います。よろしくお願いします」
彼はそう言うと、日本の生涯学習プラザの会議室で、気軽に右手を出してきた。
ホスト。
ということは彼が首藤も属しているこの団体の代表。いわゆるボスだ。
オンラインカジノとは、その名の通り、金をかけてギャンブルをするネットサービスだ。
バカラ、ブラックジャック、ルーレットやスロットやカードゲームなど、カジノで遊べる代表的なゲームのほとんどはオンラインでもプレイができる。
そのゲームを媒体として、宣伝と勧誘があり、その団体を細かく分けていて、その代表がホストだったはずだ。
スマートフォンで検索すれば様々なサイトの宣伝があり誘導があり、しかしそれと同じかもっと大量に、「詐欺」「危険」という文字も並んでいた。
「ああ、ええと。私はまだ……」
しかたなく握り返すと、彼は眼鏡の奥にある糸のように細い目の両端を下げた。
「名乗らなくてもいいですよ。僕たちの説明を聞いて、僕らのビジネスに同意してもらったときに名前を聞くので」
彼はそう言いながら首藤を見下ろし、また輝馬に微笑んだ。
(……なんだ。こういうグレーゾーンの商売ってもっと勧誘もえげつないのかと思ってた)
留守の余裕な笑みに、輝馬が多少面喰っていると、
「じゃあ、輝馬さんにはこの花を」
「!?」
たった数秒前、名乗るのを拒否したばかりなのに、その名前をさらりと口にした聞き覚えのある声が、背後から響いた。
「……あんた……!」
「スイートピーです」
エプロンをかけた城咲は、輝馬の胸にピンクの花を押し付けてきた。
「ほら、花弁がちょうど蝶々が羽ばたく瞬間のようでしょう。だから花言葉も『門出』です。何か新しいことを始めようとしている輝馬さんにはぴったりな花ですね」
彼はわざとらしくもう一度名前を口にすると、嫌味のない笑顔でにっこりと微笑んだ。
◆◆◆◆
「それでは、時間になりましたので、フラワーアレンジメントサロンを始めさせていただきます!」
留守が談笑していた皆に向かっていった。
「今日は、お二人の新しい方をお迎えしています。青山さんです」
留守の横にいた30代くらいの男がペコリと頭を下げる。
「ええと、そして……」
城咲から名前を聞いてしまった留守が少しバツが悪そうな顔で困っている。
「ーー市川輝馬です」
輝馬はヤケクソで名乗ると、大衆に向かって軽く会釈をした。
「……はい!よろしくお願いします」
留守は申し訳なさそうに手を叩く。
(まあいいか。名前を知られたところで無理やり勧誘なんてされないわけだし)
隣で笑いをこらえている首藤に目を細めてみせると、彼女はますます肩を震わせた。
「講師はいつもの通り、ブルーバード、城咲さんにお願いしています。それでは城咲さん、よろしくお願いします」
当の城咲本人は全く悪びれることなく前に進み出ると、様々な花が乗った台に両手をついた。
「今日は元気のいい春の草花を取り揃えております。気張らず気軽に、花と触れ合って楽しみましょう!」
「スポンジにたっぷり水を染みこませたら、まず主役の花を決めましょう。
すべての花を主役にしようとすると、うまくまとめることができません。フラワーアレンジメントにおいては、『主役』『脇役』『モブ』『直線』この4種類の役割を意識して花を決めていくといいですよ。ではまず主役を……」
そう言いながら城咲が手に取ったのはカラーだった。
「個性的で目立つ花がいいと思います」
それを真ん中にブスッと刺す。
「次に脇役。薔薇やカーネーション、ダリアなど、たくさんの花弁で出来た丸い花を選びましょう。主役に花を添える、まさにその役目です」
そういうと彼は薔薇を何本か選び、主役の脇に刺した。
「モブ。隙間を埋める花です。カスミソウやレースフラワーなどの小さな花がおすすめです。主張が強い主役や脇役を和らげる効果もあります」
そう言いながらカスミソウを間に刺していく。
「そして最後に直線の花。スイートピーなどの直線状に咲く花がおすすめです。アレンジメントのアクセントになります」
そう言うと城咲は先ほど輝馬に押し付けたスイートピーを手から奪うと、『主役』の後ろに突き刺した。
「と、こんな感じです!」
城咲があっという間に彩られた花器を持ち上げると、会場からは溢れんばかりの拍手が巻き起こった。
「さあ、やってみましょう。まずは主役を決めてください」
輝馬はテーブルに置かれた色とりどりの花を見下ろし、軽くため息をついた。
◇◇◇◇
「花は嫌いですか?」
何となく目立つピンク色のユリを手にしたところで、つい先ほどまで皆の前に立っていたはずの城咲がすぐ後ろに立っていた。
「いえ、そんなことは。母が花好きなので、普通の男子よりは植物に親しんで育った方かなとは思いますけど。ここに並んでる花の名前なら全部言えますよ」
「へえ、意外」
隣にいた首藤がのぞき込む。
「あとは実家のマンションが結構ガーデニングに力を入れているらしくて、季節の花々がマンション内外に植えられているので、それで眺めることも多いですかね」
「ふふ。それは嬉しいな」
城咲は微笑んだ。
「あのマンションは以前から僕が植木を任されているので」
「え」
輝馬は自分よりもほんの少し長身の城咲を見上げた。
「もしかしたら、お隣になるもっと以前に、僕たちは出会っていたかもしれないですね」
城咲はそう言うと、輝馬の手からユリを取った。
「ユリを選ぶとはお目が高い。キリスト教の伝統には欠かせない花です」
「別に俺、宗教は……」
眉を顰めると、城咲はこちらを見下ろしてまた微笑んだ。
「それだけ高貴な花ということですよ。豪華な花束や壇上花の主役にもなる花だ」
そう言いながら城咲は同系色の薔薇を手にして、そのユリを囲むようにして手で持った。
「例えばこんな風に、脇役を決めて、モブを入れます」
カスミソウを間に差し込んでいく。
「最後に直線の花を」
水色のスイートピーを合わせると、たちまち彼の手の中で素敵なアレンジメントが完成した。
「すごーい」
首藤が見上げ、城咲は笑顔を返した。
「とはいっても一番は、感じるままに楽しく、です。自由な発想でやってみてくださいね」
城咲はそう言うと、その花束を輝馬に渡し、別のテーブルに歩いて行ってしまった。
「城咲さんとお隣さんだなんて、知らなかった」
首藤がこちらをのぞき込んでくる。
「ああ。実家の方ね。引っ越してきたのは最近らしいだけど」
輝馬は綺麗に切りそろえられた彼の横髪を横目で見ながら言った。
「勉強会にはいつも城咲さんが来るのか?」
首藤を見下ろす。
「フラワーアレンジメントのときには、そうだね」
「あの人も会員?」
「そうなんじゃない?いい車に乗ってるし」
「……………」
判断基準がそこなのであれば、やはり彼女たちがやっているオンラインカジノはうまくやれば稼ぐことが可能なビジネスだということだ。
今日は何としてでもその秘密を探って帰らなければ。
輝馬は他のメンバーと談笑している城咲の後頭部を睨んだ。
◆◆◆◆
フラワーアレンジメントが終わり、「ラッピングしときます」と城咲がそれをもって別室に消えると、「勉強会」は始まった。
輝馬は何年かぶりに引っ張り出してきた眼鏡をかけ、モニターに流れるチュートリアルを見ながら、「なるほど」と小さくうなった。
つまり、この団体のビジネスとしては、オンラインカジノの広告を各SNSに貼り付けることによるアフィリエイト収益。
その広告から入った誰かが会員になった時点でその入会金のおよそ20%が個人に入る。
それにプラスして、自分の広告から登録した会員が、ゲームで金を落とせば、そのマージンも一部自分のもとに入ってくる。
もちろんオンラインカジノを自分でプレイして利益を得ることも可能。
その還元率も、97%と高い。
一般的なパチンコが85%、競馬や競輪が70%、宝くじが46%であるのと比べると良心的な数字だと思えないこともない。
つまりは損しにくい気軽なギャンブル。
しかもパチンコ屋と違って、24時間営業。
だからこそハマってしまうユーザーが多いのだという。
(……なるほど。そういう仕組みか)
ユーザーがどんどんサイトに金を落とす。
広告を貼った自分に金が入る。
輝馬は腕を組んでホワイトボードを見つめた。
そのシステムなら可能だ。介護職をしながらでも。
そのシステムならあり得る。パート職でベンツに乗ることも。
だがしかし、何かが引っかかる。
システムとしては単純明快。
これ以上にはないほどわかりやすくシンプルな仕組み。
それならなぜ、勉強する必要がある?
青山と輝馬を覗いたメンバーはすでに会員のはずで、すでにこのシステムを利用しているはずなのだが、彼らは真剣なまなざしでモニターを眺めている。
「はい、ここまではいつものDVDを観ていただきました」
留守がモニターを停止させると、今度は何人かの手伝いを頼み、資料を配りだした。
「続いて、新しいスキルゲームの説明に入ります」
彼がそう言った瞬間、
カチッ。
カチカチッ。
カチッ。
会議室には一斉にペンやシャーペンの芯を出す音が響いた。
「その名もトレジャーミュージアム!」
留守は檀卓にダンッと両手をついた。
「さあ!お宝ゲットと行きましょう!!」