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ゲームの内容は単純なものだった。
トレジャーミュージアムという美術館の中をお宝やレアものを探してすすむというダンジョンゲーム。
RPGのように随所に敵が待ち受けていて、パーティーを組み戦いながら進んでいくというゲームだ。
チュートリアルが終われば、メインクエストをこなすのが主にゲームの主軸となるが、たまにオンラインの全体イベントも発生し、ユーザー同士の戦いもある。
そして宝をゲットした人にはビッグボーナスが入る。
特性によって戦いに勝利するゲームセンスと、課金による装備の二つのスキルが求められる。
前者はゲーム経験が多い若者が有利。後者はある程度時間と金を自由にできる中高年が有利。
つまりは圧勝もなければボロ負けもない。
(上手くできてるもんだ……)
システムとしてはうまくできたサイドビジネスだと思う。
しかしーーー。
「質問があります」
「……どうぞ、市川さん」
手を上げた輝馬に留守が頷いた。
「オンラインカジノは合法なんですか」
その質問に皆がこちらを振り返る。
留守は目を細めると、口の端を引き上げた。
◆◆◆◆
「グレーゾーンね……」
生涯学習センターを出ると、輝馬は頭の後ろで手を組んだ。
留守の説明では、現在の日本に、オンラインカジノに対しての明確な法律は存在しないということだった。
そして事実として、日本で賭博は禁止されているものの、その利用者を取り締まることはなく、また、合法的なオンラインカジノは政府の公認を受けて運営しているため、法律で裁くことができないということだった。
「でもそれもいつまで続くか……」
輝馬が顔をしかめると、首藤はベレー帽の陰からこちらを上目づかいに見つめた。
「だから今がチャンスなんじゃないの?」
「チャンス?」
「そうだよ。前に留守さんが教えてくれたんだけどさ、もし、これが違法になったらもちろんこのビジネス自体ができなくなっちゃうじゃん。だけど逆に合法になってもダメなんだって」
「ダメって?」
意味が分からず眉を寄せると、彼女は人差し指を立てながら言った。
「だから、もし合法になっちゃったら、還元率が下がるだろうって話。
今、政府でオンラインカジノが問題視されないことの要因の一つに間違いなく還元率の高さがあるんだって。もし低くなったら利用者に不満がたまって逆恨みされたり、社会問題になったりするでしょう?
利用者に満足させるため、還元率はぎりぎりなところまで上げてる。だからもしこれが手放しで合法化されちゃったら一気にパチンコ程度まで下がるだろうって話よ」
なるほど。
それは一理あるかもしれない。
気軽に楽しめてリスクが少ないゲーム感覚のギャンブル。
だからこそ、政府も目を瞑っているのだ。
「オンラインカジノはこれからまだまだ広がるはずだって留守さんも言ってた」
ーー確かに、そうかもしれない。
輝馬は一つ息をつくと、留守からもらった城咲や首藤からもらったものと同じ名刺を見下ろした。
「あれ?」
その時首藤が輝馬の手の中を見つめた。
「市川君、お花は?」
「……あ」
入口の所にラッピングして置いてあったのに忘れてきてしまった。
「忘れた」
「え、戻る?」
自分のは左手に抱えている首藤は足を止めた。
「……いいや。めんどいから。男の一人暮らしで花を飾る場所もないし」
輝馬は苦笑いをした。
「明日、生涯学習センターに電話して、いらなければ捨ててくださいって言うわ」
「えー、お花がかわいそう」
首藤は眉を寄せた。
「あーでもさ?市川君」
「ん?」
「見てみたいな。男の一人暮らし」
「……え」
「だめ?」
首藤は長い髪を耳にかけた。
その毛先が、大きくVの字に開いたブラウスの胸元を撫でる。
「…………」
輝馬は口内の唾液を、ゴクンと飲み込んだ。
◆◆◆◆
輝馬はシャワーを浴び終わると、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、喉を鳴らして飲み干した。
あまりにボトルの角度をつけすぎたため、唇から水がこぼれ落ち、履いたばかりのボクサーパンツを濡らした。
「……冷てっ!」
思わず濡れたパンツを摘まむと、隙間から自分の陰茎が見えた。
「……勿体なかったかな」
冷たさに縮み上がったそれに、輝馬は話しかけた。
その時、
Prrrrrrrrr
Prrrrrrrrr
ソファの前のローテーブルに置いてあったスマートフォンが鳴り出した。
ため息をつきながら出ると、電話口に出たのは留守だった。
『すみません。首藤さんに電話番号を教えてもらっちゃいました。少しだけ大丈夫ですか?』
がっついてないふりしておきながら、出会ったその日に電話をかけてくるとは。
安全かつ合理的な団体だと、おおむね入会を考えていたのだが、やはり考え直すべきだろうか。
「ええ、構いませんよ」
輝馬は内心身構えながら言った。
『フラワーアレンジメント、お忘れじゃないですか?』
「あ、ああ……」
輝馬はホッとすると同時に、疑い身構えたことを恥じた。
「もうしわけありません、忘れてしまいました。明日から仕事も忙しく取りに行くのも難しいので、誰かに贈呈するか、いっそのこと廃棄してもらってもいいですか?」
『廃棄……ですか?』
留守は残念そうな声で言った。
『わかりました。ではその用にさせていただきますね』
「ああ、すんません。あと今日の勉強会、とてもためになりました。入会するかのお返事はもう少し考えさせてください」
『わかりました。ゆっくりでいいですからね』
入会の有無に関しては、やはり寛容らしい。
ぶっちゃけ、人数はもう足りているのだろうか。
それとも黙っていても自分から入会してくるだろうという確固たる自信があるのか。
後者――な気がする。
ここで入会しないという理由が思いつかない。
ペットボトルを持ったままソファに座り、ため息をつきながら背もたれに頭まで凭れた。
一方で………。
結局、首藤の誘いは断ってしまった。
明確な理由があったわけではない。
もちろん明日も休みだし、綺麗な女性が誘っているのに答えないなんて甲斐性のない男ではないと思っている。
それでも、だ。
今さら昔の首藤の影がチラついているわけではない。
ましてや「佐藤に悪い」などという感情が沸き起こるわけもない。
かえって本命がいる女の方が気楽に抱けるくらいだ。
しかしーーー。
何かが自分に警鈴を鳴らす。
なんだろう。
何が引っかかっているのだろう。
それとも自分は女を抱くことにそこまで執着心がなくなってしまったのか。
『――女の匂いがする』
「!!」
脳裏に晴子の顔が浮かび、輝馬は慌てて瞼を開けた。
「……はあ……はぁッ…」
肩で呼吸を繰り返す。
そうだ。上杉や栗原のことがあってから、少し慎重になっているのかもしれない。
現にもし首藤を抱いたとして、首藤がもし昔のように輝馬を追いかけまわすようになったら、佐藤ならそのことに気が付くはずだ。
彼女に事情を聞いたとして、そこに恋愛感情があろうがなかろうが悪者にされるのはこっちだ。
それが万が一にでも峰岸の耳に入ったとしたら――。
地獄絵図でしかない。
やはりここで踏みとどまらないと、誰も幸せになれない。
「悪いな。もう少しの辛抱だ」
輝馬はお預けを食らった上に冷水で縮み上がったそこを慰めるように揉みしだいた。
************
「お聞きの通りです……」
留守はスピーカーにしていたスマートフォンをポケットに入れると、振り返った。
「もし城咲さんさえよければ、私の家に飾らせてもらいますけど」
「いいえ、それには及びません」
城咲はにこやかに留守に笑うと、ポツンと残されたフラワーアレンジメントの前にしゃがみこんだ。
「彼もまた、花を愛する心は持っていませんでしたねぇ」
つぶやく城咲に、何と言っていいのかわからない留守は黙った。
「それで、彼はなんて?入会すると言ってましたか?」
視線だけ上げた城咲を、留守は見つめ返した。
「あ、いえ、もう少し考えさせてほしいと」
留守が苦笑しながら言うと、城咲は微笑んだまま言った。
「ふうん、そうですか。意外と慎重ですね」
「面目ない」
「いえいえ。遅かれ早かれ、彼は入会するとは思いますよ。でも……」
彼は小さく息を吐くと立ち上がり生涯学習センターの出入り口を振り返った。
「時間もありませんし。ちょっとだけ揺さぶりをかけてみますか。ねえ?」
城咲にそう言われた女はギュッと拳を胸の前で握ると、小さく頷いた。