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あの日、あの時間に、あの瞬間。
私は私を見失ってしまった。
私はあの日のことを
夢だったら良かったと、何度も願った。
絶望してすがった。
きっともがいていた。
運命にじゃない。
小さな幸せがあったあの頃に。
忘れようとしても、忘れられないあの光景に_。
私は昔、ある神社に変なお願い事をしたことがある。
まだ幼くて記憶はあいまいだが、私はその日双子の兄にお気に入りのおもちゃを取られてもの凄く怒っていた。
怒りのあまりに家を飛び出し森で迷ってしまった。その時だ。昔からこの島に伝わるお願い事が叶う神社。私は願った。「なにもかも消えちゃえばいいのにね」幼いながらにその言葉を放った時から、不思議な夢を見始めた。
幸せだった。
これ以上ないほどの幸せを感じていた。
私は知らなかった、幸せが、いとも簡単に奪われてしまうことを。
_ブーブーブー。
頭の上でスマホのアラームが鳴った。
ゆっくりと起こした身体は、まるで鉛がついているかのように重かった。
昨夜は三時までお気に入りの小説を読んでいて、寝るのが遅くなった。
そのせいか、身体が重い……寝不足のせいかな。
急いでパジャマから制服に着替えた私は一階のリビングへと向かった。
すでに朝ごはんのいい香りが漂っていた。
遅くなってしまったと思い、急いでドアを開ける。
_ガチャッ。
ダイニングテーブルに座っていた三人と目が合い、私は小さく「おはよ〜…」と呟いた。
「お、羽沙おはよう」
新聞片手に満面の笑みを浮かべている人は、この家の大黒柱でもある私のお父さん。
お人好しで、いざとなったらかっこいいけれど、婿養子なので妻である私のお母さんには頭が上がらない。
「羽沙!今何時だと思ってるの!あと、また学校からのプリント私に見せなかったでしょう!?」
湯気が立つお味噌汁を入れながら、お母さんが怒鳴ってくる。
これは毎朝同じ。
「いいじゃん。母さん。同じクラスなんだし、俺が見せたプリントと内容は同じなんだからさ」
物静かな声で喋るこいつは、蓮(はす)という名前。
私の双子の兄であり、成績優秀、頭脳明晰、スポーツ万能。いわゆる天才だ。
心優しい父と、ちょっと口うるさいけど優しい母と、いちいちうるさい兄。
そんなどこにでもいる家族。
「行ってきまーす!」
「行ってきます」
早めに朝ごはんを食べ、洗面所で身支度を整えた後、蓮と一緒に家を出た。
…はぁ。空に向けて吐いた息は冷たい風の中に消えていく。
カレンダーが十月になってからずいぶんんと気温が下がり、冷え性の私は何個もカイロをポケットに入れている。
高校に入学して変わったことといえば、髪の毛を伸ばすようになったことと、体重が二キロ増えたことと……、まだまだある。
変わったと、自分で認めればいくらだって。
「お前さぁ、もういい加減寝坊すんのやめろよ…もう高校二年だろうが」
毎回登校中に聞かされる蓮のお説教。
「はいはい、わかりましたよー」
「絶対わかってないだろ」
「いいじゃん、ちゃんと時間通り登校できてるんだから!蓮もいちいち細かいこと言ってるとそのうちハゲるぞ!」
「あのなぁ、そういうこと言ってるんじゃなくて……」
「あ!コンビニで飲み物買ってくる!」
「あ!おい、羽沙!」
あー、ほんとうるさい。
双子って言ったって、蓮と私は性格は全然似ていない。蓮はクラスの人気者、後輩のファンクラブがあるくらいのね。あいつのどこがいいんだか。
ぼーっとそんなことを考えながらレジに向かった。
「百十六円になります」
通学路の途中にあるコンビニで三〇〇ミリリットルのホットレモンを買うのが最近の日課。
私はお財布から小銭を出してトレーにのせる。はじめのうちはレジ袋の有無を尋ねられたけれど、対応してくれる定員はいつも同じだから最近は聞かれなくなった。
「あ、あの、いつも買いに来ますよね! うまいですよね! ホットレモン!」
「……」
名前は? 年は? 学校はどこ? 聞かれることはいつも同じ。
友達から、私は顔は良いらしい。
母と父も、顔は整っている方なので、蓮と私も顔は整ってる方だ。私も自分の顔は好きだ。でも、声をかけられるのは嫌だ。
「すみません。レジ早くお願いできます?」
「歩夢!」
後ろから助け舟を出してくれたこの背が高い人は、私の彼氏だ。
「なんで歩夢があそこにいたの? 家反対方向でしょ?」
「あ〜、最近羽沙があのコンビニでホットレモン買うのが日課っていうから、見に来てみたらさ。コンビニの前でしかめっ面してる蓮を見つけたわけw 事情聞いたらまた喧嘩したっていうから、中を取り持ってやるか。と思って羽沙を向かいに行ったらナンパされてたってわけ」
「な〜るほどね、焦った?w」
「ん〜? まぁねw」
「あら♡ 私が愛してるのはダーリンだけよ♡」
「俺もだよ、ハニー♡」
「茶番は置いといてー蓮は?」
「蓮なら先行ったよー気を使ったんじゃない? っていうかだべってる暇ねぇよ! 走るぞ!」
_キーンコーンカーンコーン
教室にチャイムが鳴り響くと、騒がしかった生徒たちの声がやみ、みんないっせいに自分の席へと移動する。
「「セーフ!」」
歩夢と二人で教室に滑り込んだ。
「そこの馬鹿カップル、残念だが遅刻だ」
「あはは、もう。このパターン何回目?w」
静かだった教室が一気に明るくなった。
歩夢と二人で顔を合わせて笑った後、席に着いた。
「遅すぎ」
私の前の席は蓮だ。なんで席まで近くなんだよと最初は思ったけど、もう慣れた。
「別にいいでしょ!」
蓮の背中を押して前を向かせる。
「ねぇねぇ、羽沙! 知ってる?最近流れてる噂!」
1時間目が終わり、休憩時間になると。親友の愛奈と真里が私の席に何かを話しに来た。
「噂って、あの神社の?」
ずっと前から、この死来島にある神社がある。死暗神社といって、島に昔からある古い神社だ。
私は昔からあの神社が嫌いだ。そもそも名前からして不気味すぎる。
1番の理由は、昔、私がまだ5歳くらいの頃。私の家族と、歩夢の家族で死暗神社の前に広がる広い野原にピクニックに行ったことがある。
その時私は確かに聞いた。死暗神社から密かに聞こえる不気味な声。
まだ幼かったから聞いた内容までは覚えていない。それからその神社には近付いていない。
あの広場は好きだったのに。
「羽沙? なに1人でしかめっ面してんの?w」
やば、また自分の世界に入ってた。
「羽沙はしょっちゅうだよ、どうせ変なこと考えてぼーっとしてたんでしょ」
「なっ、変なことなんて考えてない!」
「まあまあ、羽沙も蓮もそこまで」
「私何も言ってない!」
歩夢が私をなだめるように、頭を撫でながらさっきの話しに戻る。
「噂って死暗神社のことだろ?」
「うん!」
「死暗神社に観光客で願掛けに行った人がいたんだって、それで、願掛けした後の1週間後、その願いが叶ったの!」
そんなことを楽しそうに話す愛奈、嘘か本当か、それは言われなくてもわかる。
本当に起こったことだ。
死暗神社は昔から願掛けしに来る観光客は珍しく無い。
SNSに上がっていたのだ。
死暗神社で、母親が息子を病気から解放してくださいと、願った。
その一週間後にずっと寝たっきりで、あと一年も生きられないと、余命宣言されていた少年が、奇跡のように回復していって、三日後には退院したという話がSNS上で話題になった。
それから、この島に観光客が増えた。
でも、島の人たちは信じていない。島の人たちはみんな口を揃えて言っていた、「そんなこと願い続けたらだめだ。そんなことが何回も起こったら島が……」
大人達が言っていることは、私達には理解ができなかった。
「でね! 大人達がなんか変なこと言ってたでしょ? それで死暗神社立ち入り禁止になっちゃったんだよ!」
「え、まじ?」
「そういや、父さんも朝そんなこと言ってたな。ね、羽沙」
「は?知らんし」
「ああ、そっか。君は寝坊してたですもんね?」
「おい、蓮。そろそろやめろ。羽沙が爆発するぞ」
いちいちなんでこんな苛々させることしか言えないんだろうかこいつは⁉︎
そんなことを考えて苛々してたら、急に目眩がした。
蓮から目を逸らし、歩夢を見ていた目が。ぐらっと歪んだ。
その瞬間身体が床に倒れた。
「羽沙‼︎」
歩夢の声が聞こえた後、意識が遠のいた。
ここは、どこ? 目の前が見えない。
あたりが真っ暗だ。どこにいるかわからない。怖い。一人は嫌だ…。寂しい。
歩夢に会いたい。
遠くから声が聞こえた。なにか、密かに。
目の中に映像が飛び込んでくるように、視界いっぱいに広がった。
それは私たちが住んでる死来島だった。
でも、違う、周りの風景も、私が知ってるはずがない風景…だけど、知ってるようで知らない風景。地面に不思議な黒い物体が広がっていて、森は赤い煙に包まれていた。
赤い煙に包まれた森から小さな声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。
『しい…な…ごめ…ん…ね』
ほんの密かにしか聞こえなかった。
この声は誰なのか、いったいこの島で何が起きているのか。手を差し伸べることさえもできなかった。
一瞬にして、その映像はぶつんと切れてしまった。
目を開けたら、保健室にいた。
なにか、大切なものを見た気がする。でも思い出すことができなかった。
何が起きたのか上手く考えられないでいると、歩夢の声が聞こえた。
「羽沙! 起きたのか? 大丈夫か? 痛いところない? まだくらくらする?」
久しぶりに歩夢の焦ってる表情を見て、ほっとしたのか笑ってしまった。
「ぷっ、あはははは」
「ちょ、そこ笑う? こっちは真剣に心配したのに。」
歩夢が拗ねたように口をとがらせるので、さらにおかしくなってしまった。
さらに笑う私を見て歩夢は凄く安心した表情で私を見た。
小さい頃はよく目眩で倒れていた。十歳になってから無くなって、身体も健康体だったのだが。
今日は何故か、倒れてしまった。
「本当にもう大丈夫?」
「うん! 結構元気だよ! 私どれくらい寝てた?」
「5時間寝てたね」
「5時間!! そんなに!」
まさか5時間も寝ていたなんて分からなかった。
朝から体調がいまいちだったのには気づいていた。朝起きたら身体がやけに重かったし、寝不足のせいかと思っていたが。
いつも以上に体感温度も下がっていた。
こんなことになるんだったら、正直に言って家で休んでいればよかった。と後悔した。
みんなに迷惑かけてしまったな。と、思っていたら、歩夢が私の頬を引っ張ってきた。
「あゆむゅ〜いはいよ〜」
「羽沙また変な気使ってたでしょ?」
「なんれわはるの?」
「羽沙のことならわかるよ、蓮も、愛奈も真里も、迷惑なんて思ってないから!みんな本当に心配してたよ?」
私が考えてることは全部歩夢にはわかってしまう。
ああ、ものすごく大好きだ。私は歩夢のそばにずっといたい。歩夢だけは絶対に死なせない。
え? 今、私なんでこんなこと思ったんだ?
自分でも自分がわからない?
「羽沙? またなんか考えてたの?」
あ、またぼーっとしてた。
「大丈夫!」
「ならいいけど、無理はすんなよ。あと、今日はもう帰るからな」
「え、もう?」
「当たり前だろ! 俺が家まで送って行くから」
「ありがと…」
「おう」
歩夢が優しいのはいつものことなんだけど、なぜか、ものすごく切なくて愛おしい気持ちになる。
まだちょっとフラフラする身体を起こして、鞄は蓮が持ってきてくれた。
凄く心配そうにしてくれて。申し訳なさと感謝の気持ちが入り混じった。
蓮は委員会とか色々あるから帰れないと謝っていたけれど、自分のことに集中してて欲しい。
愛奈と真里も凄く心配してくれた。私はなんて友人に恵まれてるんだろうと思った。
歩夢に支えられて、家に向かう。
「そういえばお母さんは?」
「ああ、家に電話したらすっごい心配してたよ。俺が送って行くから大丈夫だって言っといた」
「電話までしてくれたんだ、ありがと」
「いーってことよ」
歩夢と他愛もない話をしながら帰り道を歩いていたら。
その時、森の方から赤い煙見たいなのが上がっているのを見つけた。
歩夢と私は立ち止まってその煙を凝視していた。見たこともないのに、なぜかものすごく嫌な予感がした。
その予感が的中したのか、赤い煙が上がっていた所からものすごくでかい爆発音が聞こえて、森の木が吹っ飛ぶのが見えた。空からカケラみたいのが飛んでくる。
その途端歩夢が私を庇うように倒れ込んだ。
「羽沙‼︎ かがめ‼︎」
歩夢が叫んだ途端、二人とも坂を転がり落ちた。
私はどこも痛くなかった。歩夢が庇ってくれたからだ。変な煙のせいで片目が開かない。
周りを見て歩夢の姿を探した。
私より少し上に歩夢の姿を見つけた。どこか怪我をしたのか身体を押さえてるように倒れ込んでいた。
急いで歩夢のそばに行きたくて、でもさっき倒れた身体で動くのは難しかった。
「歩夢‼︎」
嫌だ、歩夢、歩夢のもとに行きたい。
歩夢と叫びながら泣いた。それしかできない自分に嫌気がさした。
私の声に気づいて起きたのか、歩夢が目を覚ました。
歩夢は私を見つけた途端に駆け寄ってきてくれた。
「羽沙! 大丈夫か‼︎」
そう言いながら優しく抱きしめてくれる。
「私は大丈夫、歩夢は? 歩夢は大丈夫?」
「ああ、俺は大丈夫だ。ちょっとしたかすり傷だ」
ああ、良かった。本当に良かった。
二人で何が起きたのかさっきいた場所に戻った。その場所に行っても、さっき見た赤い煙も、爆発したというのに、周りは何ともなかった。
どういうことだろう、さっき見たのは幻だったのだろうか。
いや、幻ではない、二人ともさっきの衝撃で怪我をしてる。幻でもなんでもない。
この目で確かに見たんだ。
「さっきのはいったいなんだったんだ」
歩夢が呟いた。
お互いこの状況がよくわからなかった。
「とにかく、羽沙の家に行こう」
「うん」
「ただいまー」
歩夢と二人で私の家に帰った。
ドアを開けて、呼びかけたが誰も出てこない。お母さんがいるはずと思ったが。
買い物でも行ってるんだろうか。
「誰もいないな」
「うん」
二人で玄関に突っ立っててもおかしいので中に入った。
お互いシャワーで汚れを落として状況を整理する。
「じゃあ、最初から言うと。私が教室で倒れて、家に帰ることになって、歩夢に支えられながら坂を上っていたら、死暗神社がある森の方から不思議な赤い煙が上がっていて。それを二人で見ていたら急に山が爆発した。
それで、二人で坂を転がり落ちて。元いた場所に戻ったら、赤い煙も、爆発した痕跡も、幻かと思うくらいに綺麗に無くなっていた。と こんな感じかな?」
本当によくわからない状況だった。
「そうだね、そんな感じ。いったいあれはなんだったんだろう。」
歩夢も状況が掴めないという表情で話していた。
二人で頭を抱えていると、ドアが開く音がした。
_ガチャッ。
「ただいまー、あれ、羽沙ー? 帰ってるの?」
お母さんだ、お買い物に行っていただろう荷物でリビングに来た。
両手に大きな袋を抱えて。
「お母さん、おかえり 荷物多いね」
「手伝いますよ」
「歩夢君いらっしゃっい! 羽沙を送ってくれてありがとう!」
歩夢は母が持っていた荷物をい受け取り、冷蔵庫に入れて行く。
「ありがとう、歩夢君!」
「いえいえ、これくらい任せてください!」
「頼もしいわね! そう言えば、羽沙もう身体は大丈夫なの? 久しぶりに倒れたって連絡きたから、本当にびっくりしたのよ」
「ごめんね、心配かけて。もう身体は大丈夫だよ!」
「大丈夫なら良かった! 歩夢君は夕飯食べてくでしょ」
「え、いいんですか? ではお言葉に甘えて!」
歩夢はうちの家族公認だ。非の打ち所がない歩夢はみんなに好かれている。
そういえば、お母さんは今までお買い物に行ってたってことは、爆発の音を聞いたはず。
さっきのことをお母さんに聞いてみることにした。
「ねぇ、お母さん さっき、お買い物してる時とか爆発音聞こえなかった?」
「え、爆発音? 何言ってるの羽沙〜 そんな爆発なんてあったら、大ニュースになってるわよ」
歩夢も今の会話を聞いていた、私も歩夢もお互い目を合わせて不思議に思う。
お母さんの言ってることも頷ける。
あんなでっかい爆発音があって、だれも聞こえなかったなんておかしい。
やっぱり、確信はないけど何かが起きてる。
夕方になって蓮が帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりー」
「おかえり、蓮」
「あ、歩夢来てたんだね、もしかしてずっと羽沙といたの? おつかれ」
「好きで一緒にいるんだから、疲れないよ」
「まあ、ラブラブで」
「あら♡ それほどでもなくてよ♡」
蓮が帰ってきてすぐに嫌味ったらしく歩夢に言うので、頭に来て、私も嫌味で返した。
「もう身体はいいの? 羽沙」
「うん、大丈夫、ありがと」
普通に素直になれば、イケメンなのにねぇ。残念なイケメンキャラってやつか?
蓮は、爆発には気づかなかったのだろうか。
「あれ? 歩夢怪我したん? 大丈夫か?」
「あぁ、うん、平気、ただのかすり傷だよ」
蓮は不思議そうに尋ねていた。
「羽沙ー蓮ー歩夢くーん! もうご飯できるから手洗っておいでー」
「「はーい」」
三人で洗面所に向かって手を洗う。
歩夢の後に、手を洗った後、急に家の電気が消えた。あたりが真っ暗になって、凄く怖くなった「羽沙」耳元で歩夢が私の名前を呼んでくれて、手を繋いでくれた。
それだけで心が落ち着く。
蓮がスマホのライトで照らしてくれて、少しは周りが明るくなった。
「歩夢、羽沙、大丈夫?」
「「うん」」
「とりあえず、母さんの所行こう。ブレーカーが落ちたのかもしれない」
歩夢と二人で頷く。
お母さん大丈夫かな。暗いところ苦手なのはお母さんもだ。
三人で急いでキッチンに向かう。
「母さん、大丈夫?」
「蓮、大丈夫よ」
お母さんはひとまず無事みたいだ。良かった。
蓮がブレーカーを上げたが。
電気はつかない。どうやらブレーカーが落ちたわけじゃなさそうだ。
暗闇の中一人一人が行動するのは危ないのでみんなでリビングにいることにした。
お父さんは今残業中なので、まだ帰ってこない。一応お父さんに電話すべきか迷った。
次々起こり不思議なこと、いったいなにが起きているんだろう。
守りたい。強烈にそう思った。多くとは言わない。せめて自分の大切な人だけでも守りたい。
自分に何ができるだろう。今の自分にできること。それはなにか、そのためにどうすべきか…。
まただ、またなにかわからないことが頭に飛び込んできた。
自分じゃないだれかが。いや、私だけど、私じゃないみたい。
その瞬間また何かが起きた。玄関の外から悲鳴が聞こえた。四人とも身体を硬直して怖がっている。歩夢は私と繋いでる手を必死に握りしめてくれた。
でも、よくその声を聞いてみると。
「「お父さんだ‼︎」」
ものすごい恐怖が私の身体に襲いかかってきた。身体が拒否反応を起こしている。
お父さんの叫び声、玄関先に走る蓮、なにが起こっているのか状況がわからなくて涙する母、必死に私を守ろうとしてくれる歩夢。
私はその時、何もできなかった。蓮を追いかけることも、母を連れて逃げることも。なにも…、できなかった。その時、
「蓮‼︎ ドアを開けるな‼︎」
「なんでだよ‼︎ 父さんの悲鳴が聞こえたんだぞ‼︎」
「だからだ! 外の状況が掴めない、いったん窓から外を確認してみよう。羽沙はお母さんと一緒にここにいな」
「で、でも」
嫌だ。離れないで欲しい。
さっきから嫌な感じがずっとする。誰かがいなくなる、消えてしまう。そんな感覚がずっと私の中を支配する。だめだ。動かなきゃ、誰かを亡くす前に。
歩夢が蓮と一緒にリビングの方に向かう。私もお母さんを連れて後を追う。
動揺してるお母さんをソファに座らせて私は歩夢のそばに行った。
いったい本当に何が起きているのか、知りたい、だけど知りたくない。矛盾した気持ちが私の中で渦巻く。
蓮がカーテンを開けて玄関先を真っ青な顔で見つめていた
なに? いったい外に何が起こってるの?
歩夢と一緒に、蓮が凝視してる先を見る。
え……。
頭が真っ白になった。ただただ今目にしてる光景が現実なのかすらもわからなかった。
玄関先には人みたいな形の不思議な黒い物体が、倒れてるお父さんを囲んで立っていた。
「なに…あれ。おとう…さん?」
私が呟いた途端、黒い物体が振り向いた。真っ赤な目と目が合ってしまった。心臓を突かれる感覚だった。何もかもが身体から抜き取られるような、そんな感覚が身体に走った。怖い。目を逸らさなきゃ。でも身体が、視線が、あの血みたいな目から離れない。
「真人‼︎」
お母さんが大声をあげて玄関に走って行った。
「お母さん‼︎ だめ‼︎」
私の声も届かず、歩夢と蓮も追いかけたが間に合わず。お母さんは玄関の扉を開けてしまった。
私は窓からその光景を見てしまった……。黒い物体が大きく広がって、倒れ込んでるお父さんと。お父さんに駆け寄るお母さんを飲み込むように、黒い物体の中へと吸い込めれて行った。その瞬間黒い物体は大きく膨れ上がった。
声が出なかった。身体全体が力をなくしてそこに座り込むように。ただただ泣くことしかできなくて。
悲しさ、無力、怒り、絶望。色々な感情が私の身体を支配した。
黒い物体はカラスに変化して真っ暗な闇に消えていった。気づけば子供のように泣きわめいていた。歩夢と蓮が私のそばに来て強く、優しく。抱きしめてくれる。蓮も、歩夢も、なによりも辛いはず、私が泣いてる場合じゃない。自分にそう言っても涙は止まってはくれなかった。
人間とは不思議だ、どんな辛いことがあっても。どんなに感情がぐちゃぐちゃになっても、お腹は空くし、身体に疲れが溜まっていると眠くなる。三人ともお互いを支え合うようにして眠りについた。
カーテンの隙間から眩しすぎる太陽の光が目に当たる。
ああ、どんな夜でも必ず朝は来るものなんだな……。よろける身体で立ち上がりカーテンを開けて外を見る。
昨日の事が夢だったかのように思わせる、怖いほど晴れた空。本当に夢であって欲しかった。
何もかもが夢でお父さんとお母さんが「おはよ」って笑いかけてくれる。そんな朝が訪れてほしかった。
あの時、私がお母さんのそばにいれば。あの時、異変に気づいて。お父さんに電話しとけば。次々
思う後悔。後悔したってもう遅い。そんなのわかっている。時間は決して戻ることはない。でも、でも、後悔せずにはいられなかった。
どうしようもなく苦しくなる。また、涙が目からこぼれ落ちる。私が泣いていることに気づいて歩夢が起きてしまった。
歩夢は優しく抱きしめてくれた。あまりにも歩夢の優しさが伝わってくるので、さらに涙が溢れてしまった。
私は、小説に出てくるある言葉が嫌いだった。『どんなに辛い事があっても立ち止まってはいけない。時間は一緒に悲しんで泣いてはくれない。どんな結果になろうと未来を信じて真っ直ぐ前に進みなさい』なぜ、悲しんではいけないのだろう。人間だって生き物だ。普通に笑ったりするし、泣きたい時は泣く、それが生き物だ。時間は止まってはくれないだろう。だけど、悲しむこと、泣くことは自由だ。
いっときだけ立ち止まっても罰は当たらない。ずっと、そう思っていた。だけど、今ならその言葉の意味がわかる。
どんなに辛い出来事が起きても、立ち止まっていたらどんどん沈んでそこから動けなくなってしまう。時間は私を置いて進んでいく。泣いてる時間を戻すことはできない。どんな未来が待っていようと、信じて進むしかないんだ。私は今それを実感した。
また、誰かを失う前に私たちは進まなきゃ。