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その勢いと圧に、用意していた台詞が吹き飛んだ。
「その……上位種族との……食事で……人族は、床でって……」
なぜだか自分が悪いことをしているような気持ちになり、ごにょごにょと呟く。
「誰ですか、そんなことを言ったのは!? もしかしてエルリカ?」
「ち、が」
前世のヴィクトルの幼馴染──そう喉元まで言葉が出てきたが、下唇を噛んで飲み込んだ。
どうしてこんなにルティ様が怒り狂うのだろう。
いや普通ならテーブルを使うことを許さずに床で食べるように言うなど、奴隷と変わらない。前世の私はそんなことに気づく心の余裕もなかったし、上位種族の掟とか作法と言われてしまえば黙るしかなかった。
「…………じゃあ、誰がそんな嘘を?」
「──っ」
声を出そうとするが、喉に何か詰まったかのように上手く言葉が出ない。
(前世の記憶があると正直に言う? ありえない。この世界が前世と同じだったとしたら、あの悪夢と同じになるかもしれない。十九年で掟や作法が簡単に変わるとは思わないし、パラレルワールドだったとしても、全く違うとは限らない。片翼、番の上位種族を信用しない。復讐することが私の目的なのだから、本当のことは絶対に言わない。なにか言い訳を──)
ぐるぐると思考を巡らせて返答を考える。
「くう」と四足獣は私の焦りが伝わったのか、すり寄ってきた。モフモフに包まれて癒される。さすが悪夢を消し去っただけはある。
(悪夢を──あ)
「シズク。私には、話せないことですか」
ちょっと、私の袖を掴んでいるルティ様はポロポロと泣いていた。大人が泣いている姿を間近で見てしまった。この人は涙もろいらしい。
どこまでも私の知っている上位種族とは違う。
傲慢で、気位が高くて、下級種族を見下し、「人族など道具だ」と言い捨てた人たちが、前世の私の知る上位種族の天狐族たちだ。
またしても意図せず、ルティ様を絶望させていた。そう簡単に絶望されると良心が痛いので止めていただきたいのだけれど。
グッと勇気を出してみる。
「……信じてもらえるか、わかりませんが」
「信じます。他の誰でもないシズクの言葉ですからね」
ルティ様は私と同じ目線で、真っ直ぐに私を見る、私を見てくれる。それだけでヴィクトルとは違う。まったく同じ外見なのに、雰囲気は一ミリも似ていない。だから、少しだけ勇気を出してほんのちょっぴり本当のことを口にする。
「ゆめ……」
「え」
「怖い夢……を見るの。上位種族の人たちが、それがルールだって、種族が違えば、一緒のテーブルでは食べないって……」
そう言ったのだ。
何度も何度も。
夫婦で食べることなどあり得ない、と。片翼であっても《比翼連理の片翼》であっても、人族は下級種族。本来は言葉を交わすことすら許されない、と。
「──っ、そんなルール、掟も作法もありませんよ。《比翼連理の片翼》とは神々の祝福を受けた特別な魂。その魂同士は吉兆であり、種族の繁栄を約束するほど素晴らしいこと。その片割れを貶めることなど、断じて、あってはならない。それは自らの種族を絶滅に追いやるほど追いやる愚行なのです」
ルティ様は拳をグッと強く握り、あまりにも強い力だったのか爪が皮膚に食い込んで床に血がしたたり落ちたことで気づいた。
「ルティ様! 手……!」
拳を握るのを止めさせようとしたら、ルティ様に抱き寄せられた。
「シズク。……すみません」
(どうして謝るの? それじゃあまるで、私の前世にあったことをルティ様が知っていて、悔いているように聞こえるわ)
もしルティ様がヴィクトルだったら、あるいは彼の前世がヴィクトルだったら大いに悔いてほしい。謝罪はいらない。
悔いて、後悔して──絶望すれば良い。
(特に義弟と、あの幼馴染は!)
絶望してやっと公平になると思うから。それに本当の復讐はもっと先、信頼し切って、安心して油断した時に消えることだ。
まだこの目的は私の中で生きている。
(それまでは悪夢に怯える子どもとして、ルティ様との距離を詰めていく感じにしよう)
抱きしめられる温もりが心地よいことに、気づかないフリをしてそっと背中に手を回す。
「泣かないで」
「すみません……っ」
ルティ様を宥めて、食事は種族関係なく同じテーブルで食べることだと教わり、少し冷めてしまった朝食を口にする。
ルティ様ばかりを見ていたせいか「くう!」と、四足獣は私の頬を舐める。人懐っこい。この子は思った以上に、かまってちゃんのようだ。できるだけ視界に入りたいのだろう。
「はい、あーん」
「くう!」
食事中なので抱きつくのは憚れる。その代わりにオムレツを一口食べさせてみた。
「── っ、なんて羨ましい」
「あ。ルティ様、この子にオムレツを食べさせて、だいじょーぶ?」
「ええ。ものすごく羨ましい……」
なぜかモフモフを親の仇のような目で睨んでいるが、モフモフの四足獣はムシャムシャと呑気だ。
「ルティ様はこの子を知ってます?」
「ん?あー、ええっと、私の眷族のようなものです。今後、薬草採取や仕事で家を空けることが増えるかもしれませんから、シズクを守る存在が必要でしょう」
「眷族?」
前世でもそんな存在はいなかった。やはりこの世界の種族について早急に調べる必要がある。前回はエルリカのせいで外に出るが危険かもしれないと、ルティ様が過保護モードを発動して延期になってしまったのだ。
それから二カ月が経つのだ。そろそろ過保護も落ち着く頃だろう。落ち着いて貰わないと困る、というのが正しいけれど。
朝食中、ルティ様はソワソワしっぱなしだった。一緒のテーブルで食べることに抵抗があるのか、あるいは私が何か粗相をしたのかは不明だけれど、罪悪感を持っている今こそ畳み掛けるべきだろう。
「ルティ様。今日は本がほしいので、お外に行きたいです」
「シズク。しかし…… シズクが可愛すぎて、求婚者か拐かしにあったら大変です」
そんなことを言ったら、私は一生外に出られないのではないだろうか。でも一緒に暮らすようになってから、ルティ様の扱いは慣れてきている。
「ルティ様は、私とデートはしたくないのですか?」
「!?」
ここぞとばかりにルティ様を見上げて、目を潤ませてみる。私だってあざとい技ができるのだ。
「で、で、でででデェト!?」
「手を繋いで、一緒に街を見て歩くのは、嫌ですか?」
もう一押しと小首を傾げてみたら、ルティ様は真っ赤な顔をして「行きたいです」と陥落した。
私の完全勝利だった。
***
今日は日用品の買い物も含まれている。それは数日前、ルフィ様のマグカップをわざと割ったからだ。復讐の一つとして、ルティ様の大事にしている物を壊して、傷つけようと考えた。
嫌がらせだ。
私が前世でされたことを、そっくりそのままする。陰湿で、低レベルな仕返しかもしれないが、やった方はいつだってやられた側の気持ちなんて憶えていない。
どんな気分だったのか、どんな思いで絶望していったのか味わってもらいたい。一番の味方だった人が裏切り、敵だった瞬間を──。
本当は義弟や彼らの幼馴染に復讐したいが、どこにいるか分からない以上、同じ片翼、番を特別だという者に、思い知らせてやると決めたのだ。
進捗は芳しくない。
(…………怒ると思ったのにな)
怒って手を上げて、追い出されることだって覚悟した。十六歳になった時の復讐を知るためにも、良い子で従順であったほうがいい。
でも幼児化したせいか、今すぐ復讐したい感情に駆られて動いてしまう。その結果、矛盾を内包したまま、癇癪を起こす子どものようだ。
ルティ様のマグカップを割ったのに、彼は真っ先に私に駆け寄って怪我がないか心配してくれた。説教はされたけれど、怒っているとは違った。
(……理不尽に怒ってくれたら、楽だったのになぁ)
#悪役令嬢
#ドアマットヒロイン