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気分転換に、非常階段に出てみる。


煙草を吸う趣味はない。健康によくないと分かっているから。


でも、いまのわたしは……。


「有香子ちゃん。……行き詰まってるでしょう?」


後ろから声がした。振り返ればそこには、


「広岡課長……」


滅多に吸わない煙草を吸う才我さんの姿があった。


ああ。今日もイケメン……。


いや、そんなことを考えているわけではなくって。後ろ手で手すりを掴み、わたしは、ため息を吐いた。


「なんか、……くさくさしてしまって。


みどりさんのお陰で分かったのはいいんですけれど。……だからといって、どうしたらいいのか、分からなくなってしまって。自分が、強大な敵を相手にしている気がしてすごい閉塞感で……」


「職場のひとが友達や親戚と繋がっていると知ったらそりゃびっくりするよね。


でも。


有香子は、このままでいいの?」


一步、才我さんは踏み込む。わたしが目を背けている領域に。


「自分の留守中に、□□さんや〜〜さんが好きなように、泥棒みたいに忍び込んでやりたいようにやっている。……許せないよ」


「実は。……感情がもう、麻痺してきてしまって。

広岡さんにも、みどりさんにも、水萌にも……協力して貰っているのに、張本人がこんなこと言っちゃいけないって頭では分かっているんですけれど。


もう。限界で……」


「有香子ちゃん」わたしに近寄り、頭をぽんぽんしてくれる才我さん。連絡を取ろうと思えば取れるはずなのに、敢えて、黙っていてくれたのだろう。「すこし、……休むといいよ……きみは充分に戦った……怖い目にも遭ってきたんだ……気持ちを落ち着かせて、休ませる時間も人間、必要だよ……」


「いえ」顔をあげた。知らず……胸に炎が再び宿った。「タイムリミットが決まっている以上、立ち止まるわけには行かないんです。新居もまだ決まっていないですし、することが……まだまだあるので」


「その話なんだけど」とわたしの頭に手を添えたまま才我さんは、「うちに、一時的に来るのは駄目かな?」


「えっと。嬉しいご提案ではあるんですが。離婚が成立するのは最短でもイヴなので。その状態では……そもそも広岡さん、一人暮らしですよね?」

「だけど。戸建てに住んでるから、きみたちが住む余裕はあると思うよ? うち、両親が海外に移住したもんで。いっぺんぼくは実家を出たけれども、両親の移住がきっかけで戻ってきたんだ。S区だと都心に出やすくてなにかと便利だし」


困った気持ちよりも嬉しさのほうが勝りつい、わたしは、「倫理的にどうかなという問題が……」


「じゃあこうしよう」と彼は、指を一本立てて、「ぼくの知り合いに、マンションを借りてて、そこを余らせてるやつがいるから、きみと詠史くんは一旦そこに引っ越そう。それから落ち着いてから……ぼくとのことを考えてみて欲しい……離婚成立後なら、問題はないだろう?」


まぁ、確かに。「イヴ当日には離婚届をその場で夫に書かせてなるはやで役所には出すつもりなんですけど。最悪、翌日には」


それにしてもなんというクリスマスプレゼント。わたしは自由を手に入れ、あのひとは孤独を。わたしからの最後の、あのひとへのプレゼントだ。

「申し訳ないですが、……じゃあ、あまえさせて頂きます」とわたしは頭を下げた。「クリスマスプレゼントは、新居に用意しておかないと。毎年、詠史が、サンタさんからのプレゼントを楽しみにしているので……」


「そっか。……有香子ちゃん。なにか、吹っ切れた顔をしているね」


「ええ」これでこそわたしだ。悩みが吹っ飛び、自分がなにをするのかが明確になる。助けてくれたのは才我さんだ。


わたしは才我さんの眼差しを受けて微笑むと、


「ハロウィンは、うちでパーティーを開こうかと。


山崎さんや中島さん、それに、大学時代の友達や子どもたちも呼んで、……うちの夫や彼女たちがどんな反応をするのか。この目で確かめてやります」


しぼんでいたはずの情熱が蘇る。戦え。いまやらなければ、いつやるんだ。


やられっぱなしで終わってたまるか。……すこしでも。


彼女たちや夫との繋がりが分かる糸口を、掴んでやる。

腹の底で決意が蠢いていた。わたしの知らないところでわたしを裏切り、危ない目に遭わせた女たちを許してたまるか。申し訳ないですが、わたしは、あなたたちのことが許せません。情熱に駆られる自分が、頭の中で、するべき準備の段取りを組み立て始めていた。


* * *

「ちょっとここ掃除するからどいてくれる?」


ていうか自分も掃除しろよ。


だらだらとソファーでスマホをいじり倒す夫を見ていると苛々がこみ上げる。なんだよ、と夫は言い、


「ハロウィンがどうのとかおまえが勝手に決めたんだろ。そんなのおれ知らねえし」


はいはいそうなんですけども。……事前に言ったとて、あなた、どうせなんにもしないでしょう?


「詠史くらいの年頃の子どもたちにとってハロウィンは特別なイベントなの。うちで思い出を作るんだもん、いいじゃない」


「……の割にはクソ散らかってるがな」


「そこに積み上げられた雑誌は誰が買ってきた物だと思う?」とわたしが真顔で、リビングの隅に天井近くまで積み上げられた雑誌を指させば、夫は、ばつの悪い顔をして、それでも、知らねえよ、とぼやく。


「だいたいおれひとりが読むのなら駅で捨てて帰ってきたっていいんだぜ。誰がこの家で読むと思って重たいのに持って帰ってきてやってると思ってんだっ」


……まぁ、そうですけどね。ジャンプはわたしも読んでるし。

といっても、ソファーでだらだらスマホをいじりながら漫画も読む姿を散々見てきましたけどねえ。……もう、このひとになにを言っても無駄。無駄なのだ。期待することは止めよう。


いまわたしに出来ることは。散らかりまくった部屋を片付けてお掃除をすること。脱ぎ散らかされた夫の服に関しては、古いものはこっそり処分しておこう。男の人って本当、物捨てないよね? なんなの?? 断捨離って言葉を知らんのかよ。


掃除は平日にすこしずつ。土日にはたくさん。二週間かけてなんとか、ひとさまを呼べるレベルになったかな、という状態にまで持ってこれた。詠史には自分の部屋を片付けさせた。


――かつ、その間。わたしは、あるお方と対面することになっていた。


その方の名前は――。


* * *


「長谷川《はせがわ》祐《たすく》と言います。初めまして鷹取有香子さん。


このマンションの部屋に関しては、まぁ……ぼくは基本的には畑中《はたなか》在住なのですが、東京で仕事をすることもあり、投資も兼ねて、いくつかマンションを保有しているのですよ」

驚いたことに、この十一階建てのタワーマンションをまるごと一棟保有しているという。ひええ。金持ちのすることってスケールが違う。


スーツを着ていても分かる、筋肉質のからだ。頬は削げており、黒の銀縁眼鏡の奥で瞳がやさしく光っている。……改めて見ると祐さんってイケメンだな(祐さんに下の名で呼んでくださいと言われている)。


祐さんはビジネス界隈では知られた存在で、ファザプロという、蒔田一臣が広告塔を務めているプロジェクトの立役者とも言われている。つまり、長谷川祐の存在なくして蒔田一臣の芸能界入りは叶わなかったという。……ほんと、いいところ目ぇつけてくださったよね、祐さん。


「この部屋は特に使う予定はないのですが。……期限を切りましょうか。二月十三日までお貸しします。それが条件です。家賃も不要ですし、水光熱費はこちらが負担します」


百平米を超えるマンションの最上階に案内され、こっちは、気が遠くなりそうだわ。どこのセレブですかあーた。


しかも、家具がついており、それはそのまま使ってよい、とのこと。……で、うちの家具に関しては、

「クリスマスに運び出しをして、ここの近くの倉庫に一旦入れておきましょう」と提案してくれる。が、気になったことをひとつ問うてみた。


「……あの。期日まで二ヶ月弱ですが、引っ越し業者なんて空いていないんじゃ……」


「ツテがありますので」さらりと、祐さんは答える。「そこもご心配なく」


はひー。祐さんのあまりのセレブっぷりに呆然とするわたしはさておき、「室内を案内しますね」とお部屋の案内までしてくれた。シャワールームがだ、大理石……玄関も大理石で気になっていたのだけれど。


「夜景が綺麗ですから、是非、才我くんと楽しんでください」


祐さんはにっこり笑って、鍵を――渡してくれた。


* * *


友人知人職場の方も集まるイベントだから。みんな子連れで参加するからと言い、サッカーの予定が入っていない土曜日にした。


夫を同席させて、山崎さんや真由佳と会わせたときの反応を見るのだ。……もしかしたら、パーティーを抜け出してイチャコラなんてしてくれるかもしれない。いや、期待したくないけれど。


正直、夫の寝室に仕掛けた動画を見ると、病む。辛いものがある。

金髪の女ともつれ合うようにベッドに倒れ込む、そこで動画を停止させ、早送りする。だからろくに、露骨な場面を見ていない。ゆえに危機感が足らないのかもしれない。一応プライバシーというものはあって然るべきなので、みどりさんや才我さんが見られるクラウドにアップするときも、最中の動画はカットしている。


いくら夫から浮気の気配がしても。この目で直に見るまではまだ、ピンと来なかった。信じ切れない自分がいたのだ。あんなにも長い間、裏切られ続けてきたのかと。なにも知らずにお洗濯や、みんなの掃除とか整理整頓までして。


妻って結局便利な家政婦以下の存在に成り下がってしまうのかな。あーあ。……つまらない……。


才我さんと一緒になれたら、また違った未来が待っていると信じている自分もいるけれど。……彼。自分のことは自分できちんとするひとだから。


夫は駄目だ。もう、鷹取の実家で散々あまやかされて育って、家事もなにも出来ない。


わたしだって、一人暮らしを始めた当初はなにも出来なかった。虫が出て、夜中にバルサン炊いて、ファミレスに逃げ込んだことさえあった。

米の研ぎ方を知らなかった。包丁の使い方も分からなかった。変な男に追っかけられて逃げたことだってあった。――ましてや、子を宿し、育てるなんて……。


女子会で会ったみんなはみな、四十代の主婦の顔をしていた。生活がなんたるかを知る女の顔。繰り返される、飽きてしまいそうなルーティーンのなかに生きていて、なんとか、役目を果たせている。


真由佳の旦那さんと介護の件は気にかかるがひとまず、保留。今日は、ケータリングでお料理を用意して頂き――これも祐さんの提案で、才我くんには借りがありますので、と費用は彼が負担してくれるという――カクテルパーティー的なあれをやるのだ。気分はバチェロレッテ。


や、主役は子どもたちなんですけれども。分かっていますよええ。


とか言いつつ、十年以上前に着た、紺のサテン素材のドレスを着る辺り、気合入ってんなぁと自分でも思う。髪は珍しくもアップスタイル。


インターホンの音が聞こえ、開錠すると、わたしは、先ず、一人目のお客様を出迎えた。


「いらっしゃい。山崎さん、まあらくん、カルマくん。……山崎さん、わざわざお越しくださり、ありがとうございます」

「いえ。こちら、つまらないものですが。……まあら、カルマ。最初に手を洗ってうがいをしなさい。……鷹取さん。洗面所をお借りしていいですか」


「勿論。ご案内しますね」


子どもたちはばたばたと玄関をあがると廊下を抜けて詠史を探しに行く。こつん、と拳を合わせると早速遊びそうになっているが、こらこら、と母親である山崎さんがふたりをいなす。「手洗いとうがいが先だよ。まあら。カルマ」


「はぁーい」


「うっせえわ」


「……最後に言ったの、誰?」腕組みをし、にらみつける山崎さんは母親の顔をしている。その顔を見たときにああ……自分はなにも知らなかったんだな、と思う。


山崎さんが左利きであるということは昨日、職場で後ろを通りがかったときに気づいた。飲み会でもなかなか一緒のグループになることがなく、知らなかった。


肝心の夫は遅れて奥から出てきた。どうせ、ゲームをやっていたのだろう。「ああ……いらっしゃい……」


「山崎と申します。お邪魔しております」社会人らしく挨拶をする山崎さん。「お休みの日にすみません」


「いえ。ぼくは、サッカーやゲームしかやることがないので全然」

ふたりで会話をする様子を見定める。……うぅん……甘酸っぱい空気皆無、なんだけどな。山崎さんが金髪の女その二だとすると、なんか、分かりやすく目くばせするとかなんかあるだろうに……わたしの視線に気づいているのか……どことなく、よそよそしい。


それともこれは、なにかの茶番? ……なにが悲しくて、夫の浮気相手を自分ちにご招待しなきゃなんないのよ。


なお、今回は、汐音さんご一家は呼んでいない。夫と汐音さんの関係は大体分かっているし、浮気相手とは考えにくいからだ。


みんなを案内したり、挨拶させたり、子どもたちにお約束事を説明しているうちに全員が揃い、パーティーが始まった。


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